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過去との決別

年下彼氏の32部あたりのお話です!

 孝太郎さんに病院を追い出された後、俺は綾乃さんのお気に入りの場所だという公園へやって来た。

 俺の中にある公園のイメージは、住宅地に中にあるブランコやすべり台があるシンプルなものだったけど、その公園は違った。一言でいえば、THE・デートスポット、という感じ。


 実際、夜になると街やベイブリッジにイルミネーションが灯り、カップルが多く訪れる場所だと言う。俺も綾乃さんと夜に来たいなぁ、なんて妄想が朝から溢れ出しそうになった。


 しばらく黙って景色を眺めていると、綾乃さんがポツリと言った。


「どうして……ついて来てくれたの?」


 とうとう来たか、と思った。

そんなの、好きだからに決まってる。


 綾乃さんはズルイよ。分かってるくせに俺に言わせようとするんだね。

いいよ、あなたがそれを望むなら、言ってあげる。

俺の気持ちを信じてくれるまで何度でも。


 そして綾乃さんはすべてを俺に打ち明けてくれた。

両親に裏切られて、人を愛することが怖くなったこと。

そして、新しい家族の輪に入って行けなかったこと。

だから、俺との関係に一歩引いていたことを。


 それを聞きながら、俺は沸き上がる喜びを噛みしめていた。

だって、綾乃さんの言葉は、まんま俺への告白に聞こえたから。


 いつか俺が離れて行くんじゃないかという不安は、離れて行って欲しくないという想い。

永遠なんてこの世には無いという絶望は、永遠に一緒にいたいという願望。


 ポジティブに考えすぎだと思う?

でも、綾乃さんは、全身で俺のことが好きだって叫んでる。

幸せになっちゃいけないの、と言いながら幸せになることを望んでいる。


 綾乃さんは人を愛せないんじゃない。

誰よりも愛情深くて、だからこそ拒絶された時のショックが大きかっただけ。

だから、頷いて。俺の気持ちに、応えてよ。


 ねぇ。俺のこと、好きだよね……?


「好き。大好き。徹くんのことが……好きなの」


 ようやく与えられた綾乃さんの気持ちに、俺は身震いするほどの幸せが込み上げた。その言葉さえあれば、俺はどこまでだって飛んで行ける。 


 俺は痛いぐらいの強さで綾乃さんを抱きしめた。


 子供の頃の俺が、彼女の肩越しに見える。一瞬だけ俺と目が合うと、すぐにその姿を消してしまったけれど。よかったね……って笑ってくれたような気がした。


 俺は瞼を閉じて彼に返事を返す。

大丈夫だよ。俺はもう、一人じゃないから。孤独に打ち震える日々は終わりを告げたんだ。―――今まで俺を守ってくれてありがとう。


 彼と二度と会うことは無いだろう。

綾乃さんを愛することで、俺も救われたんだ……。




「それで?」


「え?」


 俺が尋ねると、綾乃さんは何のことか分からない、という表情で俺を見上げた。


「竹島さんと何があったか、聞かせてもらおうか?」


 そう言った瞬間、彼女の表情が凍りついた。

極力何でもない風を装ったけど、どうやら失敗したみたいだ。

 肩を揺さぶって聞きだしたい気持ちを押さえて、優しい笑顔を浮かべてみさえしたのに、綾乃さんはまるで悪魔を見たかのような形相だった。


「え……と……」


「怒らないから言って。早く」


 もう頬笑みを浮かべる余裕も無く問い詰めると、綾乃さんは先生に叱られた小学生みたいに首をすくめて白状した。


 あのバレンタイン前の夜に、あの男(竹島)とキスをしたことを。


「……本当に、それだけ? 付き合ったりしてないの?」


「付き合ってない。付き合ってたら徹くんとこうなってないもの」


 一瞬だけ、彼女の瞳が揺らいだのは、俺の気のせいに違いない。

もちろん綾乃さんが二股をかけるなんて器用なことが出来るとは思っていないけれど。


 だけど、大の大人同士がキスだけなんてことがありえる?

26歳の女と、29歳の男だよ?

 俺にとっては朗報なのに、何かしっくりこない。

てゆーか、アイツ、なにやってんだよ? もしかして、もう枯れちゃってんの?

俺なら……いや、妄想は止めておこう。


 真実を探るつもりで綾乃さんに顔を近づけると、彼女は何? という顔をして頬を染めた。うーん、この照れ具合から察すると、どうやら本当に彼女の言う通り、最後までは行ってない……みたい?

 あいつ、命拾いしたな。

もし最後まで行ってたら、あの手この手で破滅させてやろうと思ったのに。

まあ、キスだけでも腸が煮えくりかえるほどムカつくけどさ。

 綾乃さんの唇は俺がたんと消毒しとかなきゃな。

アイツの感触を忘れるくらいに、さ。

その光景を想像して悦に入っていると、綾乃さんが怯えた様子で俺を見た。


 あー楽しい。



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