目に見えない幸せ
ままならない恋~年下彼氏~の30~31部にかけてのお話です。
「ごめんね、付き合わせちゃって……」
涙を拭いながら、綾乃さんは少しだけ微笑んだ。謝った後で、ありがとう、と呟く。
謝らないで。勝手に付いて来たのは俺なんだから。
だから、そんな抱きしめたくなるような顔でありがとう、なんて言わないでよ。
「綾乃さん……良かったね」
「うん……」
俺は言うことを聞かなくなりそうな自分の腕を何とか押さえ、彼女の手から車のキーを受け取って駐車場へと歩き出した。
彼女の実家は、病院からさほど離れていない住宅地にあった。横浜ってベイエリアのイメージが強かったけど、そこから少し離れるとその辺の街とあまり変わらないんだな。
屋根付きのカーポートに車を停めると、西洋風の洒落た家には電気が付いていた。
「あれ? 誰かいるの?」
「あぁ、きっと弟の啓太だと思う」
彼女の答えに、俺は驚いた。漠然と俺と同じ一人っ子だと思っていたから。
そして玄関のドアから出て来た弟は、俺に目を留めると「ねーちゃんが男を連れて来た!」とはしゃぎはじめた。
綾乃さんの弟は名前を啓太といい、目元がどことなく綾乃さんに似ていた。彼の気取らない態度のおかげで、俺達はすぐに仲良くなった。
「徹ッ! ゲームしよーぜっ」
「うん、いいよ」
久々に温かな家庭料理を味わった後、お風呂を借りる。タオルで頭を拭きながら出てくると、さっそく啓太に捕まった。
啓太の意外と片付いている部屋に連れて行かれ、すぐにコントローラーを渡される。少し前に発売されたばかりの対戦型のゲームだった。
カズが俺の家に持ち込んでさんざん相手させられたヤツだ。そのおかげでいつの間にか腕が上がってたんだろう、ほどなく俺は啓太のキャラを倒した。
「げっ、マジで? ありえねーっ! ぜってー勝てると思ったのに!」
「このゲームはやりこんでるからね」
俺が得意げに言うと、啓太は悔しそうにコントローラーを放り出し、座っていたソファに大の字で仰向けになった。頭がソファの向こうへ行ったまま、啓太が問う。
「なぁ、徹。徹はねーちゃんのこと好きだよな?」
「……うん。好きだよ」
ここまで来ておいて、好きじゃないと答える方が変だ。
だから、俺は正直に答えた。
「だよなっ? ったく、ねーちゃんときたら彼氏はいない、とか嘘付きやがって……」
「え?」
彼氏が、いない? どうして? だって……アイツは?
もしかして、二人は付き合ってないのか? いや、そんなはずは……。
頭の中がグルグルする。啓太はそんな俺にお構いなしに話を続ける。
「俺さ、ねーちゃんと半分しか血が繋がってないんだよ。そのせいか、ねーちゃんは何でも俺に譲ってくれたんだ。俺の好きな食べ物を寄こしたり、お互いの授業参観の時間がかぶった時は俺のとこに行けって言ったりさ。自分はいつも一歩引いた所に居て、そんでいつも何かを諦めたような顔、してた。俺、それがたまらなかったんだよなぁ……」
「……」
やっぱり、啓太は美鈴さんが産んだ子供ということか。綾乃さんと啓太の年齢差から薄々気付いたことが啓太の言葉で裏付けられた。啓太は身を起して俺の目を見つめた。
「だから、久々にねーちゃん見て驚いた。表情がさ、もう全然違げーの。徹、ありがとな」
「俺は何もしてないよ」
「でも、徹だろ? ここまで連れて来てくれたの。ねーちゃんが自分から来るはずないし。だから、ありがと。ねーちゃんを変えてくれて」
そう言って啓太は俺に深々と頭を下げた。
そんなお礼を言われるようなことをした覚えがないから、俺は何だか居心地が悪かった。彼女のおかげで変われたのは、俺の方なのに。
「よしっ、ゲームの続きしよーぜっ」
啓太は懲りてないようで、その後俺がもう勘弁してくれとギブアップするまでゲームは続いた。
床に客用の布団を敷くと、啓太は話もそこそこにベッドへ倒れこんだ。
綾乃さんはもう寝たのかな。
さんざん付き合せておいて、先に寝入った啓太に毛布を掛けながら、同じ屋根の下にいる彼女を想う。
おやすみ、綾乃さん。いい夢を。




