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明けの明星

ままならない恋~年下彼氏~の第29~30部あたりのお話です。

「私ね、……お父さんの事が大っ嫌いなんだ」


 そんな言葉で始まった彼女の〝告白〟。


 幼い頃の、両親の離婚。

それは、父親の仕事中毒から始まった。

すれ違う二人、そして父親の浮気。

喧嘩を繰り返す両親の声を聞いて、どれだけ不安な夜を過ごしただろう。

シャワーの音で泣き声を誤魔化す母親を見て、どれだけ自分の無力さを感じただろう。


 何度も声を震わせて話す綾乃さんに、俺は何度「もう話さなくていいよ」と言いそうになったか分からない。抱きしめて、唇を塞いで、俺のこと以外は何も考えられなくしてやりたかった。

 だけど、ここで止めるのが優しさではないことぐらいは俺にも分かったから。

だから、俺は黙って聞いていた。

すべてを聞くことが、俺が彼女に出来る唯一のこと。彼女を守る(すべ)だった。


 そして俺は知ったんだ。美鈴さんが父親の浮気相手だったことを。

大好きな母親と離れ離れになっただけじゃなく、その原因となった女性を家に入れる。そんな仕打ちをされた小さな綾乃さんは、どんな思いがしただろう。


 あれは、6月の終わりのことだっただろうか。俺と綾乃さんの運命の歯車が動き出した日は。

 営業終了後の店にかかってきた、クレームの電話。

そして綾乃さんを襲った忌まわしい事件。

ほんの少しのお酒に酔った彼女を家まで送って行った時、俺の服を掴んで言った言葉。


「帰っちゃやだ……一人にしないで……」


 最初は目を覚ましたのかと思ったけれど、それは寝言のようだった。


「どうして皆、私を置いてくの……?」


 そう言って涙を流した綾乃さんの悲しそうな顔が脳裏に甦る。


 ……綾乃さんの傷がようやく見えた。

それには薄いかさぶたで覆われていて、でもふとしたことで剥がれて血を流す。

綾乃さんは何度も自ら傷を抉って、その存在を忘れないよう確かめている。

表面上は何でもない振りをして取り繕って、その下で傷は化膿し続ける。永遠に。


 俺のは穴だ。

別に、両親がいないヤツなんてごまんと居るし、自分の不幸に酔ってるわけでもない。俺には時子さんもいたし、施設に預けられることも無く、衣食住の心配は何もなかった。どちらかというと、幸せな方だったんだろう。

 

 だけど、俺には埋められない穴がある。傷じゃない。穴だ。

そこにはただ、暗くて深い穴があるだけ。

傷じゃないから、治ることもない。

けれど、それ以上深くなることも無い。


 俺は、遠い記憶に思いを馳せた。

思い出の中の両親は、いつも笑っていた。そりゃケンカすることもあったけど、いつも長くは続かなくて、最後には必ず仲直りしていた。

 綾乃さんには、そんな記憶は無いんだろうか。


 ……俺がそばにいたら。


 もちろん、その時俺はまだ赤ん坊に近い子供だったってことは分かってる。

だからこそ、そばにいれなかったことが悔しい。

そう悔んでいると、「……それは違うわ、綾乃ちゃん」という言葉とともに美鈴さんがエレベーターホールへと続く廊下の角から現れた。


 そして、俺達は、思ってもみない真実を聞かされることになる。


 綾乃さんの両親の離婚は、母親の浮気が決定打だったこと。

そのせいで母親が家を出て行ったこと。


 そして、綾乃さんは知ったんだ。

自分が、父親に、そして美鈴さんに愛されていた事を。

 抱き合う二人は、まるで本当の親子のようだった。

家族って、血が繋がっていなくても家族なんだよな。

二人の姿を見ながら思った。

お互いを慈しむ気持ちが、絆を作って行く。


 綾乃さん、良かったね。


 傷は、いつか治るだろう。

血は止まり、肉が盛り上がり、皮膚を再生して。

完全には治らずに、傷痕は残るかもしれないけれど。


 綾乃さんなら大丈夫。

暗く長い夜は、ようやく終わりを告げたんだから。



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