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そばにいさせて

ままならない恋~年下彼氏~28部「無言の里帰り」と合わせてご覧ください。

 外で待ってるから、と綾乃さんに告げ、彼女が着替えをしに更衣室に入っている間に、俺も上着を取って来る。

 まだざわつくスタッフの中からカズを探すとすぐに目が合った。


「カズ、」


「お前の穴はこっちで埋めておくから。行って来い」

 

 俺の意図を的確に読み取り、肩をドンっと叩かれた。離れた所で山下さんもうんうんと頷いてくれる。

 俺と綾乃さんが別れたことだけはカズに伝えていた。ただし、山下さんは知らなかった様で、でもうまくいってないのは最近さらに細くなった綾乃さんを見て薄々気づいていたらしい。俺は感謝の気持ちを目に含ませて、力強く頷いた。


 事務所の出口に向かおうとすると、ぐいっと上着の裾を掴まれた。

はっとして振りかえると、そこに森口さんが立っていた。


 今にも泣きそうな目。

行かないで、声には出さずにそう訴えかけていた。


「……ごめん」


 それしか、言えなかった。

だって、すでに彼女は気付いてる。

俺が無意識に綾乃さんを選んでしまったことを。

 

 綾乃さんと出会っていなかったら。もしくは、ここを辞めて多くの時間を一緒に過ごしたなら。

いつの日か俺は森口さんと付き合っていたのかもしれない。


 ……だけど。

あんな状況の綾乃さんを放っておくなんて俺には出来ない。


 森口さんは俺の小さな呟きを聞いて、眉をきゅっと寄せて涙を堪えた。

そして、諦めたように俺の裾を掴む手を下に落とした。

 ごめん。本当にごめん。

何度謝っても足りないだろう。

 ごめん。やっぱり俺、綾乃さんが好きなんだ。

例え、綾乃さんが俺のことをもう好きじゃなくても。




 待ってよ、そう言いながらも、綾乃さんは俺について来た。何故だか綾乃さんはお父さんの元へ行きたくないようだ。……うまく行っていないんだろか?

 そういえば、彼女の家庭の話を聞いたことがほとんどないことに思い至った。俺に遠慮してかと思ったが、もしかするとそれだけでは無かったのかもしれない。


「とりあえず、新宿……いや、東京駅に出ます。そこで乗り換えです」


 俺は綾乃さんの顔を見ずにそう告げると、考える間を与えないように再び早歩きで歩き出す。

彼女が冷静になれば、俺が一緒に行くのはおかしいと気付くだろう。

 本来ならあの男(竹島)に支えてもらうなり、一緒に行って貰うのがスジだ。俺が同行するなんていう選択肢は、彼女の中には無かっただろう。

 俺は後ろめたさを誤魔化すように更に足を速めた。


「あっ」


 振りかえると綾乃さんが転んでいた。助け起こそうとすると、綾乃さんは頭を振って拒絶した。それに怯みそうになる自分を叱りつけ、彼女の手を強引に取った。


 綾乃さん……震えている。


 心の中で、自分自身に舌うちする。

さっきから俺は、自分のことばかりじゃないか。

綾乃さんが不安を抱えているというのに……。


 俺は彼女の無事を確認すると、その手を掴んだまま無言で歩き出した。

大丈夫。大丈夫だから。

何が大丈夫なのかは分からないけど、その想いを込めて強く握る。

手を通して彼女に安心を与えてあげたかった。


 ただ単に、久々に感じる彼女の感触から、俺が離れられなかったのかもしれないけど。


 それ以降は一言も会話を交わすことの無いまま、目的の駅に着いた。

病院の詳しい場所が分からず、タクシーの運転手に確認し、二人でタクシーに乗り込む。

 その頃には綾乃さんは何故俺が付いて来るのかというよりお父さんは大丈夫なのかという想いが勝っているようで、戸惑いは消え去り、体中が強張って手が冷たくなっていた。


 頼む、無事でいてくれ。せめて、綾乃さんが到着するまでは……。


 俺は天に祈る。

神様、この間は恨むなんて言ってごめん。いくらでも謝るから、綾乃さんを悲しませないで。


 ……俺の、大事な人なんだ。


 焦れるような気持ちを押さえ、ようやく病院に着く。

どちらともなく繋いだ手が離された。外気に晒されて温もりが消えていくのが分かる。


「……行きたくない」


「え?」


「行けない。……会いたくない……」


 病院の前で頑なにそう言った綾乃さんは、まるで子供のようだった。

いつものしっかりしてでもちょっとドジな彼女はどこにも居なかった。

小さくて、脆くて。


 その時俺は気付いた。彼女の心にも、深い傷があることに。



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