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動き出した時間

「も~、どうして来てないの、徹くん? 私気付かなくて知らない人に話しかけちゃったじゃない!」


 俺が立ち止っていることに気付かず、先に進んでいた森口さんが拗ねながら戻って来た。そしてすぐに二人の存在に目を止めた。


「あれ、榊さんじゃないですか~。あっ、竹島さんまで! もしかしてデートですか?」


「あ……いや……」


「私たちもデートなんですっ! お互いに内緒ってことでっ」

 

 まるで空気を読まないかのような明るい調子の森口さんにつられて、やっと俺は我に返った。


「……デートじゃないです」


「え~? 彼氏と別れたらデートしてくれるって言ったじゃんっ!」


「言ってないですよ」


「まぁまぁそう言わずに。あさっては手作りのチョコあげるからぁ」


「いりません。……すみません、失礼します」


 森口さんと軽口を叩きながら、俺たちは二人を残して歩き出した。


 もう、その場には一分一秒たりとも……居たくなかった。


 雨足がひどくなり、俺達はすでに閉店した店の軒下に避難した。どうせすぐ濡れるのに、畳んだ傘を振って雫を落とす。


「徹くんのモトカノって……榊さんだったんだね」


 森口さんのその言葉に、俺は言葉を無くした。


「……何で?」


「あれで分からないと思ってるの? それって、私のこと馬鹿にしてる」


「……ごめん」


「別にいいよ。私の方こそ、分かった上で分からない振りしたから」


 さっきのデート発言のことか。

 綾乃さんに対する牽制なのか、もう新しい男を作られた俺に対する同情なのか、森口さんは俺の彼女候補役を買って出てくれたわけだ。


「徹くん、いつも私の告白をスルーするよね。まぁ、冗談っぽく言ってた私も悪いんだけど」


「……」


「だけど、私は本気だから。確かに最初はそうじゃなかった。かっこいい年下の男の子が入って来たから、少し遊んでやろうと思った。だけど、今は本気だから」


「森口さん……けっこう言いますね」


「だって、猫被ってたら徹くんに全然響かないんだもん」


「猫、被ってたんだ」


「女は誰だって被るよ。相手に少しでも良く思われたいから。メイクだって、ファッションだって、頑張るのはそのため。自分のためでもあるけど」


 俺は頷き、彼女を見つめる。

 ケバくならない様に丁寧に施された化粧、ゆるくセットされた髪、まるで雑誌から出て来たような服装。

 そうか、元々持っていた部分もあるんだろうけど、森口さんは努力を重ねて今の自分を作り上げたんだ。好きな人に少しでも良い自分を見てもらいたいと思って。

 森口さんを見る目が変わった。努力家の女の人は、嫌いじゃない。


「幻滅した?」


「いや……むしろ、猫被ってる時よりこっちの方が俺はいいと思うよ。話しやすい」


「あ、敬語取れてる!」


「……ほんとだ」


 俺と森口さんは目を合わせて、ほぼ同時に吹き出した。


 ひとしきり笑い合った後、森口さんは言った。


「こうなったらもう言っちゃうけど、私、すっぴんはひどいの」


「えぇ?」


 そんな馬鹿な。彼女にわざわざ会いにくる客がいるほどなのに? 俺はあまり自他ともに顔の造作には頓着しない方だけど、彼女が美人と評されているのは知っている。


「ほんとほんと。素顔じゃ誰にも私って気付かれないかもってくらい。毎日、出掛ける前はもう準備大変なんだから」


「そうなんだ」


 何て返せばいいのか分からずに、俺は少し抜けた返事をしてしまう。


「あーあ、バラしちゃった! 私の最大の秘密!」


 言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうに笑う。本当の彼女はこういう人だったんだ。

話し方や表情まで、前の彼女とは違って見える。少し鼻にかかったような甘えた口調はどこかへ消えてしまった。


 誰にも言わないよ、と言うと、分かってるって、と言ってまた笑った。そして、微笑んだまま俺を見つめて()った。


「お願い。私と付き合って。……好きなの」


 それは今までと違う、本心からの言葉だという事が分かった。

そして森口さんは俺の袖を掴むと、少し背伸びをしてキスをして来た。


 俺は、避けなかった。


 ふわりと香る、甘い匂い。

綾乃さんとは違うその唇の感触。そこから彼女の緊張(本気)が伝わる。


 ―――店を辞めよう。

自然とその考えが浮かんできた。

俺はゆっくりと目を閉じた。



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