表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/53

忘れたい、忘れられない

 正月明け、久々に見た綾乃さんは目に見えて痩せ細っていた。顔色も悪い。

それが俺のせいかもしれない―――そう思うと少しだけ小気味いいと思うのは、俺の性格が悪いせいだろうか。最も、俺の方も似たようなものだったけど。

 あれ以来、食欲が湧かなくなってしまった。必要最低限の食事はとっていても何を食べてもおいしいと思わなくなって、まるで砂を食べているような気分だった。


「徹くん、メールでも言ったけど、明けましておめでとう!」


 レジの近くにある小さな倉庫で研磨の準備をしていると、森口さんが周りを気にしながらこそこそと耳打ちしてきた。


「あ、明けましておめでとうございます」


「今年もよろしくねー」


「はい。こちらこそ」


 俺は傷の入ったDVDのディスクを研磨機にセットする。

このでっかい機械で研磨するとディスク表面の傷が取れて画像不良のディスクが見れるようになるんだ。

 ディスクってのは案外デリケートに出来ていて、ちょっとしたキズや汚れで見れなくなる。それが客からの大きなクレームに繋がることも多々あることだ。

 最も、プレーヤーの中に溜まった小さなゴミでもアウトになるから、そっちも定期的にクリーナーで掃除してもらわないといけないんだけどね。

 うちの店ではDVDクリーナーも無料でレンタルしてるから、クレームが頻発するお客様にはそれも一緒に貸し出したりするんだ。

 でも、特にアニメは子供が触ることが多いのか、致命的な傷だらけの状態でDVDが返却されることが多い。そうなったらもう処分するしかない。レンタルのDVDは著作権使用料が上乗せされるから普通にDVDを買うより高額なんだって綾乃さんに聞いたことがある。

俺が払うわけじゃ無いけど、できれば親御さんに扱ってもらいたいよね、全く。


 俺は研磨剤の残量をチェックし、スタートボタンを押した。


「で、映画いつ行く?」


 とっくに立ち去ったと思っていた森口さんが、俺の作業が終わったのを見計らってウキウキした様子で話しかけて来た。


「は?」


「映画。彼氏と別れたら一緒に行くって約束したよね?」


「……しましたっけ」


「したの! 今度の土曜日、空けといてね」


「はぁ……」


 言いたいことだけ言うと、俺が了承する前に彼女はいらっしゃいませーと声出ししながら返却された商品の棚へ戻しに行ってしまった。

 あれ、これはもう約束してしまったということだろうか。まぁどうせ予定も無いし映画くらいはいいんだけど。……いいのか? まぁいいか、深く考えるのは止めよう……。




「映画、面白かったね!」


 そう言ってくるりと回った彼女のスカートがふわりと揺れる。

花柄のそれは太ももの辺りまで露わになり、俺は少し目を伏せた。


「この後、何か予定ある?」


「いや、別に……」


 正直に答えてしまった。


「じゃあさ、夕飯食べに行こうよ。この近所に新しくお店が出来てて、行ってみたいと思ってたんだよね~」


「別に、いいですけど」


 よし、決まり~! と森口さんは喜び、ブーツの踵を鳴らして少し跳ねた。


 こうやって、人は誰かを忘れていくのかな。

誰かの居ない毎日を過ごして、途中何度もフラッシュバックさせながら、居ないことに慣れていって。

二人の記憶を『思い出』に、そして『過去』にしながら。


 あと、どのくらいの時間を過ごせばそう出来るんだろう。

この職場を離れない限り、忘れられそうにもない。

でも、俺にこのバイトを辞めるなんてこと出来るんだろうか。唯一の接点であるこの職場を。


 忘れたいと思うのに離れたくないとも思う、この矛盾。

その矛盾が心地よいと思った時期もあったけれど、今ではこんなにも始末が悪い。

どうして感情も数学のようにはっきりとした答えが出ないんだろう。


 あの人に出会うまではこんな自分知らなかった。


 知らなかったんだ……。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ