広がる波紋
ままならない恋~年下彼氏~第18部「涙は覚悟の恋」読後に見てください。
「お願い、徹くん。助けて!」
再び綾乃さんからSOSが発令されたのは12月の初めのことだった。
嬉しかった。
夏のあの変態ヤロー事件の時。彼女は「大丈夫だから」と言って俺の関与を断った。そんな他人に頼ることが出来ない彼女が、他でもない俺に助けを求めてくれたことが。
バス、タクシー……いや、渋滞を避けて電車の方が早く着くだろうな。俺は駅に向かいながら逸る気持ちを抑えられなかった。
「と……坂木くん、ごめんね、迷惑かけて……」
俺が本社に着くと、彼女は明らかに安堵した表情を見せた。いつも通り名前で呼びそうになって、綾乃さんは慌てて俺の名字を呼んだ。そこまで気にしなくていいと思うんだけど、こういうとこで真面目な彼女は、俺に対して必要以上に他人の振りをする。そのせいか、店では「綾乃さんって、徹くんに冷たくない?」なんて言われたりもするくらいだ。もう真面目を通り越して要領が悪いっていうか、不器用っていうか。
今日は綾乃さんは休みだ。彼女の居ない店はいつもと全く違って色褪せて見える。
昨日、夕飯でも食べに行かないかと誘ってみたけど、風邪気味だからと断られた。
大学が早めに終わったので16時頃に出勤すると、本部から竹島(こいつは綾乃さんに言い寄ったやつだからさん付けしてやらない)が来ていた。年末年始は繁忙期なので少し早めに巡回に来たようだ。
「少し話がある。出て来れないか」
竹島はすれ違いざまに、俺にしか聞き取れない声で言った。
「話って何ですか」
非常階段で、竹島は無言のまま煙草を吸い始めたから、俺の方から切りだした。
「まあ、そう焦るなよ」
そう言って大きく煙を吐き出すと、竹島は信じられないことを言いだした。
「隠しておくのは性に合わないから言うけど、俺、この間榊さんにプロポーズしたから」
「……?」
あまりの驚きで声も出なかった。今、こいつは何て言った?
「聞こえなかったか?この前、俺は榊さん……あぁ、君も坂木というんだったか……榊綾乃さんにプロポーズしたから」
相手の言っている言葉の内容より、こいつが綾乃さんのことを名前で呼んだことにムカついた。その後に内容を把握する。けど頭が追いつかない。何だって? ……プロポーズ?
「……どうして」
結局、俺の口から出たのはそれだけ。どうして、俺達の関係を知っている? いや、どうして、綾乃さんにプロポーズしたんだ?
「俺の方が、彼女を幸せに出来ると思ったから。君は彼女と結婚する気はまだないだろう?」
竹島は左手をスーツのポケットに入れて手すりに体重を預けた。俺達の関係を知った上で話しているようだ。どうやら誤魔化しはききそうにない。
「……いつかはしたいと思ってます」
「いつかって、いつ?」
「それは……大学を卒業して、就職して、一人前になってからです」
俺は少しだけ口ごもった。まだ大学に入ったばかりで、卒業も就職も、ましてや結婚なんて、まだまだ先のことのように感じた。それを、竹島は見透かしていた。
「日本人男性の初婚年齢は平均30歳だ。……それまで彼女を待たせるのはとても酷だと思わない?」
「それは……」
何かを言いかけて、だけど何を言えばいいのか分からずに、結局俺は言葉を飲み込んだ。
「結婚まで行きつけばまだいい。だけど、途中で二人の関係が壊れてしまったらどうする?君はまだ若いからやり直しがいくらでもきく。だけど彼女の方は? ……俺は彼女が悲しむのを見たくない」
「壊れません。絶対に!」
俺は竹島の言葉にかぶせるように叫んだ。同じ目線にいる相手を睨みつける。
「そうかな? 彼女の方はそうは思ってないみたいだったよ」
「え……?」
「彼女は、君の気持ちがいつか自分から離れるのは分かってる。それでもいいからそばにいたいと言っていた」
「……」
「彼女は俺のプロポーズを断らなかった。すぐに断る事も出来たはずなのに」
目の前が真っ暗になった。竹島が去って行ったのも気づかないほどに。
俺は冷たい風が吹き付ける非常階段に、立ちつくしていた。




