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Give us kiss?

 綾乃さんがバスルームに消えると、俺はドライヤーで髪を乾かした。短いから、2、3分も熱い風を当てればすぐに乾く。スイッチを切った途端にシャワールームから色んな音が聞こえてくる。水の流れる音、蛇口を捻る音、それからかすかに聞こえる彼女の鼻歌。



 今、綾乃さんはあのドアの向こうでシャワーを浴びてるわけで……そしてシャワーを浴びているからには、彼女は、その、裸なわけで……。

 思わず「南の国から」という超有名なドラマの主人公の口癖を真似してしまうほど俺は動揺していたわけで。少しでも気が紛れるようにと、テレビを付けて音量を上げる。毎週見てるお笑いの番組。そうか、今日が放送日だってことなんてすっかり忘れていた。芸人が荒唐無稽なミニコントを繰り広げるコーナーが好きだったんだけど、シャワーの音が気になって全く頭に入らなかった。


 ガチャ、という音が妙に大きく聞こえて来て、綾乃さんが髪をタオルで拭きながら出てきた。黒い無地のTシャツにグレーのパイル地のスウェット。良かった、これでスケスケのネグリジェで出てこられようものなら、俺はもうどうなっていたか分からないよね、うん。少し、いや、かなり見てみたい気もするけどさ。

 綾乃さんは赤い縁の眼鏡を掛けていた。あれ、さっきまでとちょっと雰囲気が違う?そう思って尋ねると、彼女はすっぴんだから見ないでほしい、と顔を背けた。そこで俺は彼女の顔をまじまじと覗きこんだけど、あんまり変化が無い気がする。そりゃ、多少目が強調されてなかったり、肌のそばかすがちょっとあったりしたけど(綾乃さんはそれをシミだと言った。シミとそばかすってどう違うんだろう?)正直、こっちの顔の方が好みだ。

 お化粧を取った綾乃さんは、いつもより少し幼くて―――無防備に見えた。俺に心を開いてくれている証のように思えて、すごく嬉しいと思った。


 自信が無いんだけど、と言うようなことを言って彼女が作ってくれた料理は、本当に、美味しかった。特に野菜がいっぱい入ったスープ。そりゃお店のレベルとは言えないけど、素朴で、温かくて……どこか懐かしい味がした。時子さんが居なくなって、ずっと外食やインスタントで済ませていた俺は、こういう家庭の味に飢えていたのかもしれない。不安そうな顔をした彼女に、美味しいよ、と言うと、心底ほっとしたような顔をした。


 食事を終えて二人でする片付けはとっても楽しかった。何かを二人でするということがこんなにも楽しかったなんて、知らなかったな。

 片づけを手伝ったお礼にと、綾乃さんはドリップコーヒーを淹れてくれた。彼女が丁寧な手つきでお湯を注ぐたびに、コーヒーの香ばしい香りが部屋中に広がる。


 そして、綾乃さんは江戸時代の将軍のように、セックス禁止令を発令した。一度してしまったものの、俺が未成年なので、成人するまでは止めておきましょう、と。何て頭の固い人なんだろう。イマドキ、セックスくらいそこらの高校生でも普通にしていると言うのに。下手すれば中学生だって。でも、この旧石器時代の化石のような人が俺の好きになった人なんだ。だから、彼女の意見は尊重したい、と素直に思った。我慢できるかどうかはちょっと……いや、かなり自信がないけど。ま、今はまだダメだって思ってても、綾乃さんの方がその気になる可能性も無いわけじゃないしね?


 それに、彼女の言動から察するに、綾乃さんの男性経験はかなり少なさそうだと思ったのも、言いつけを守ろうと思った理由の一つだ。あの夜、したかしてないか自分で判断出来なかったんなら、もしかしてそーゆーことをしたことが無いのかも? とも思ったけど、こんなに魅力的な人なんだ、ゼロということは無いだろう(想像するとハラワタが煮えくりかえりそうだから想像はしない、いや、したくない)。


「キス、してもいい?」


 そう聞いた途端に、綾乃さんの顔は熟れたリンゴのように真っ赤になった。お化粧をしてない分、変化が分かりやすいのかもしれない。うわ、どうしよう。めちゃくちゃ可愛い。

 肩を抱き寄せて顔を近づけると、彼女の髪からシャンプーの香りがして、頭がクラクラしてきた。

 眼鏡を外すと、綾乃さんはとても緊張しているらしく、それが俺にまで移ってきて少し手が震えてしまった。潤んだ瞳と目が合ってしまい、もう、彼女のこと以外、何も考えられなくなる。彼女の小さな唇にそっと触れると、胸の奥から愛おしさが溢れ出てきた。まだ、足りない。もう一度。いや、何度でも。


 ファーストキスがレモンの味だって言ったのは誰だろう?

ディープキスじゃあるまいし、実際は、レモンの味なんて全くしなかった。

 俺が感じたのは、シャンプーの香りと、コーヒーの香り、そして思った以上に柔らかな彼女の唇。

 それは、なんだか神聖な儀式のようにも感じられた。あれほど頭をよぎった邪な気持ちは、不思議なことにどこかへ消えてしまっていた。


 もっとしたい、という気持ちを必死で押さえて、俺は綾乃さんを抱きしめた。


 キスしたら、その人の事を好きになってしまう、とかの人は言った。

それじゃあ、もうすでに好きな場合はどうなるんだ?


 ……その答えは、俺の目の前にあった。


 『もっともっと、―――好きになる』


 これが、俺の、正真正銘のファーストキス、だった。





Give us kiss?:キスしてみない?

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