嵐の夜は嫉妬の香り
ままならない恋~年下彼氏~第13部「トキメキは嵐とともに」をご覧ください!
クラス会(お盆は法事だけ済ませて参加できなかった俺のために、福岡在住のやつだけで開いてくれた)に参加した俺が彼女が出来たことを伝えると、男どもは一様に驚いて飛び上がった。しかも7歳年上の社会人、と言うと、「お前ならあり得るな」と妙に納得された。どういうことだろう。
「お前、変わったよ。どこがって具体的には言えんけど。なんてゆうか、表情が柔らかくなったっていうか」
「そうかな」
「そうばい。お前、ずっと心ここに在らずみたいな目ェしとったやろ。いつも遠くを見てて、寂しかったとぞ。でも、今はちょっと違う気がする」
「……」
「いい人に会えて良かったな。どんな人なの? 美人?」
「うん。俺にはもったいないくらいの人だよ」
「うわ、こいつ、堂々とノロケやがって。おーい、皆、裏切り者の徹の幸せを祈って、もう一回乾杯しようやー」
そいつは俺の肩を痛いくらいの力で叩くと、乾杯の音頭を取り始めた。皆に小突かれて絡まれて、コップに次々と瓶ビールを注がれる。まるで結婚式の新郎のようだ。
そんなに変わったかな、俺?だとしたら、それはやっぱり綾乃さんのせいだと思う。彼女と出会って、俺の止まった時間がようやく動き出したんだ。
その日のビールは今まで飲んだ中でも最高の味だった。
「ごめん、徹くん。今日、バイトに出れないかな?」
綾乃さんからのSOSが届いたのは、俺が東京に戻ってきた次の日の朝だった。
予定より早く帰ってきたのは、台風が来る前にという理由もあったけど、本当は俺が綾乃さんに会いたくて、我慢できなくなったからだ。
久々に会った瞬間はちょっと感動ものだった。昨日の夜は会えなかったから、職場だということも忘れ、思わず駆け寄って抱きしめたくなった。目が合うだけで、思わず微笑んでしまうくらいに。なのに綾乃さんは俺と目が合うと少し驚いたような顔をして、すぐに目を逸らしてしまう。何故だ。耳が赤くなっているのを見て、やっと照れているんだと分かったけど、何度も無視されてるようで気分が悪い。電話ではあんなに会いたい会いたいって言ってくれたのに、その態度はひどくない?
俺はちょっとムカついて、でも見つめずにはいられなくて、目が合うとやっぱり嬉しくて、でも目を逸らされて、という無限のループを仕事の間ひたすら繰り返してた。
あぁ、遠くの方で綾乃さんが動揺して店のイベントデーが載っているチラシの束を床にぶちまけている。申し訳ございません、という言葉を繰り返し、顔を真っ赤にして拾い集めている。俺が見てないか、と彼女がこちらにチラリと視線を寄越したので、俺は慌てて目を逸らした。
「綾乃さんの家に行きたい」俺がそう言うと、綾乃さんは案の定困った顔をした。でも、そんなことでめげる俺じゃない。電話で囁いてくれた(携帯だから当たり前だけど)甘い言葉プラス、今日の冷たい態度を盾にすると、彼女はあっさりと許してくれた。俺的にはかわいい部分だと思うんだけどね。綾乃さんはこういう駆け引きにとても弱い。将来、俺みたいな男にだまされないか心配だ。ま、俺がずっと見張っているけどね。
激しい風雨が吹き荒れる台風の中、綾乃さんが濡れないようにと頑張ってみたけれど、家に着くころには二人ともびしょ濡れになっていた。カッコ悪い、俺って。
綾乃さんはそんな俺に、シャワー浴びてきたら、と何でもない顔で言ってきた。
え、綾乃さん、けっこう大胆?
少しだけ期待して彼女の顔を覗き込むと、何? という表情で返された。あ、これ、綾乃さん何も考えてないな。ただのぬか喜びだったみたい。ですよねー。
バスルームに入ると、煩悩を絶つためにも思いっきり蛇口を捻って勢いよくお湯を頭からかぶった。うん、ここのシャワー、やる気ある。カズの家のシャワーが水圧が低くてちょっと物足りないんだ。俺の家のはそうでもないんだけどね。
シャンプーのポンプを押して髪を洗うと、ほのかに綾乃さんの香りがした。そうか、彼女の良い香りは香水なんかじゃなくって、この香りだったんだ。俺はしばしその香りを楽しんだ。やば、俺って変態なのかも。
風呂から上がると、そこには真新しいバスタオルと着替えが用意されていた。Tシャツを広げると、細身の俺にはちょうどいいサイズだった。ちょっと待て、これ、誰用の服なんだよ? もしかして、前の男の……? そりゃ、服に罪はないけど、そんな服を俺に着ろだなんて、綾乃さんって結構無神経?
俺はちょっと、いや大分ムカッとした。キッチンの方からかちゃかちゃと皿やコップを並べる音が聞こえてきた。それと一緒に、食欲をそそるすごくいい香りも。どうやら夕飯を作ってくれているらしい。すごく嬉しい。俺は心を落ち着かせて、Tシャツに向き直ると、タグに記載された有名な外国メーカー名とレディース・Lという表示に気付いた。それで、これが綾乃さんの服だということが分かった。
俺って、変態な上に器が小さいんだな……。
もっと、ちゃんとしないと。綾乃さんにつりあう男になるためにも。
俺は束の間反省し、両手で頬をピシャンと叩くと、服を着てドアを開けた。




