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溢れる、想い

ままならない恋~年下彼氏~第12部「想いが通じたその後に」を合わせてご覧ください♪

 こうやってベッドの中でぼんやりしていると、今までのことが全て夢だったような気がしてくる。現実だよな? 夢じゃ、ないよな?

俺は、暗闇に慣れてきた目で、自分の両手を見つめた。手のひらに残る、彼女の感触。とても細くて、少し震えていて、……そしてすっごく暖かかった。


 あぁ、綾乃さんって、ちゃんと生きてるんだな。

そんな当たり前のことに感動してしまう。


『どうして、みんな僕を、置いていくの?』


 子供の頃の声が頭をよぎる。

大丈夫だよ。もう大丈夫だから。綾乃さんは俺を置いて行ったりなんかしない。


『ほんとに? 信じてもいいの? 死んじゃったり、しない?』


 うん。彼女なら大丈夫。僕が守るから。命に代えてもね。

そう宥めると、子供の頃の俺は安心したように目を閉じて見えなくなっていった。


 ……守るよ。今度こそ、必ず。俺は両手を強く握りしめた。




 その後、明け方にようやく眠りについたんだけど、朝、目覚ましが鳴った途端に飛び起きた。寝不足なんて、ナニソレおいしいの? というくらいのテンションで。

 慌ただしくシャワーを浴びて寝癖を直す。俺の髪はそこまで固くないくせに寝癖が一度ついたら直りにくいというやっかいな性質を持っている。だから朝はいつも寝癖直しにシャワー。時子さんには「まったく、面倒くさがりなのかそうじゃないのか、よく分かんないねぇ」とよく言われていたっけ。

 シャワーを浴び終わると、ドライヤーで髪を乾かしながらいつもより念入りに歯を磨いた。さて、服を着るか、という段階で、ちょっと困ったことが起きた。着ようと思ってたシャツがバッグに入れっぱなしだったから、しわが入ってしまってる。しまった、昨日の夜ハンガーに掛けとけばよかった。アイロン……そんな悠長なことしてる時間は無さそうだ。俺は仕方なくアイロンの必要がなさそうな白いTシャツとデニムを着て家を飛び出した。


 綾乃さんの宿泊しているビジネスホテルに着き、缶コーヒーを1本飲み終わった頃に、彼女がようやくフロントロビーに降りてきた。腕時計を確認すると、待ち合わせの時間のぴったり5分前。そのブレない几帳面さに少し表情が緩むのが自分でも分かった。

 彼女は俺を見つけると、何故か驚いたような顔をして(待ち合わせしてたのになんでだろう?)そして嬉しくてたまらない、と言うような蕩けるような笑顔になり、そしてそんな表情を浮かべてしまった自分を恥じるように一気に顔が赤くなった。

 綾乃さんも、俺に会えて嬉しいんだ。それが彼女の顔から分かってしまい、俺は朝だというのに思わず抱きしめてしまいそうになった。……いかんいかん。サボってないで働け、俺の自制心……。

 綾乃さんは肘くらいまで袖が付いている、全体的にゆったりとしたアースカラーのカーディガンと細身のデニムを履いていた。いつもと違うラフな格好がめちゃくちゃ似合っていて、俺の心臓が大きく跳ねた。タンクトップ、だろうか? カーディガンの胸元から覗く白いレースが俺の目を釘付けにする。デニムの色は俺のと似ていて、まるでペアルックみたいだと嬉しくなった。

 彼女の目は少し赤い。よく眠れなかった、という彼女に、枕が違ったから落着けなかったのかもしれない、と思いつつ、俺と同じで嬉しくて眠れなかったんならいいなと思った。


 それから俺と綾乃さんは電車で天神まで出た。

綾乃さんが、俺の育った土地に居る。それがすっごい不思議。

この前まで普通に見えていた久留米が、天神が、博多が、今までと全然違って見えるんだ。空はこんなに明るく光り輝いていた? このラーメン屋って、こんなにおいしかったっけ?


 綾乃さんの新幹線の時間が近づくにつれ、彼女の口数はどんどん減っていった。こんな時は、綾乃さんも学生だったらいいな、とか余計なことを考えてしまう。彼女が学生だったら、ずっとこうして一緒に居られるのにって。

 俺が好きになったのは、一生懸命働いている、社会人の綾乃さんなのに。そもそも彼女が学生だったら、出会えてさえいなかったかもしれないのに。恋って人をどんどん我儘にするものなんだね。

 遠距離カップルってすごいよな。大学進学のために遠距離になった友達を見て、ちょっとの間離れるくらいなんだよって思ってた。別に死ぬわけじゃなし、また長期休暇が来たら会えるんだから、そんなに落ち込むなよって。ごめん、訂正させて。ちょっと離れるだけでこんなにも辛くて寂しい。もう彼女が傍にいなかった頃のことを思い出せないくらいに。


 博多駅の改札前で、俺は思わず綾乃さんを抱きしめていた。彼女は一瞬、身を引きかけて、そしておずおずと俺の背中に腕を回す。確かに感じる、綾乃さんの体温。


「綾乃さん。大好き」


 もっと気の利いたセリフが言いたいのに、結局俺の口から出たのは、とても単純な、シンプルすぎる愛の言葉だった。



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