そしてその夜何かが変わる
「ままならない恋~年下彼氏~」第5部の「そしてその夜に事件は起きた」を読んだ後に見てください!
ぶっ殺してやる。
綾乃さんの腕を掴み、家に引きずり込もうとしていた男を見たとき、そう思った。瞳孔が開き、体中の血が逆流するのが自分で分かった。
汚い手で触るんじゃねぇ。その人は、お前みたいなクズが触れていい人じゃないんだ。
殴りかかろうとした時、綾乃さんの横顔が目に入った。恐怖に怯えながらも、それを必死で隠し、何とか相手を宥めようとする顔。ここで俺が相手を殴ったら、彼女の努力と我慢が無駄になる。それが俺のなけなしの理性を呼び戻した。
「お客様、確認なら私がいたします」
おっさん(名前は忘れた)は突然現れた俺に驚いたらしく、目に見えて動揺して綾乃さんを拘束する腕の力が束の間抜けたのが分かった。俺はその隙を逃さずに、彼女の肩を引き寄せた。肩が小刻みに震えていて、どれだけ怖い思いをさせてしまったのだろうと思うと、再び相手を切り刻んでやりたい衝動に駆られる。
相手がごちゃごちゃと言っている間も、俺は一瞬たりともその男から目をそらさなかった。俺の目は『この人に何かしたら殺してやる』という警告を発し続け、相手はそれを正確に受け取った。
まだ震えている彼女の手を引きながら車に戻る道すがら、俺は気づいてしまったんだ。というか、気付かされてしまったんだ。自分の気持ちに。
あぁ、そうだったんだ。
俺は、この人に惚れてるんだ。
自分でも気づかないうちに、こんなにも深く――――。
綾乃さんの軽率さを戒めながら、俺は自分をも戒めていた。
誰も、もう愛さないと誓ったのに。
もう、失うのは嫌なのに。
だけど、もう一人の自分が囁くんだ。
もう、手遅れだろ、って―――。
「徹、今彼女とかいたっけ?」
バイトの先輩の佐藤和義、通称カズが休憩中に話しかけてきた。カズは一つ年上の先輩だけど仲が良く、学部は違うものの同じ大学なので最近よくつるんでいる。非常階段にある喫煙スペースには俺とカズしかいない。俺はたばこはやらないけど、音響がうるさい店内から逃れるためによくここ避難している。音楽やらゲームやらは嫌いじゃないけど、永遠にリピートするものをずっと聞き続けるのは正直ちょっと、いやだいぶ辛い。カズのセリフに俺は辟易した。またその話か……。
「いない」
「そっか! 俺の学部のやつらがこの前店に来てたろ? その内の一人がお前のこと見て、気に入ったらしいんだよ。ほら、覚えて無いか? 肩くらいの髪で、ショートパンツ穿いてた、かわいいヤツ。一応、去年のミスコンの2位なんだけど」
「ごめん、興味ない」
「へ?! ミスコン2位だぜ? 1位は今年卒業していったから、実質1位と言っても過言じゃないんだぜ?」
カズはありえない! って顔をした。俺だったらソッコー行くけど、お前熱でもあんのか? と言って俺の額を触ろうとしたので、俺はその手を避けた。
「ごめん、俺、好きな人がいるんだ」
言ってしまったら、何だかスッキリした。まるで、雲が晴れたみたいに。
まだ何か言ってるカズを残して、俺は空になった缶コーヒーをゴミ箱に放り投げてを仕事に戻る。
その時、ゲームコーナーのモニターから主人公らしきキャラクターの声がひときわ大きく耳に入ってきた。『その時、俺の運命の歯車が動き出した―――』
あ、これ、今の俺の事みたい。ゲームのキャラに共感するなんて……。
そう思ったら、なんだか笑いたい気持ちになった。
というか、実際ちょっと笑ってたと思う。
だって、思い出してしまったから。
あの、ムカつくほど忌まわしい事件の、その後のことをね。




