遠い日の思い出Ⅰ
「ままならない恋~年下彼氏~」を読まなくても分かるように書くつもりですが、ぜひ、そちらも合わせて読んで下さると嬉しいです!
坂木徹《とおる》、18歳、大学1年生。
これは、俺が綾乃さんに会うよりもずっと前の話。
え? 出会った時からでいいって?
まぁ、そう言わずに付き合ってよ。
そうすれば、俺がどれだけ綾乃さんを想っているか分かるからさ。
「徹ちゃ~ん、ごはん出来たよ~。手、洗っておいで~」
キッチンから聞こえるお母さんの声。
「はぁい!」
僕は遊んでたおもちゃを床に放りだす。この前のクリスマスに買ってもらった怪獣のおもちゃ。これを前から持っていたヒーローマンの人形と戦わせるのがこの頃の僕の流行り。左にヒーローマン、右に怪獣を持ち、「ガオーッ!」「ビーッム!」「ギャオスッ!」「チュドーンっ!」って暇さえあれば遊んでた。
手を洗ってからキッチンに行くと、肉の焼けるいい匂いが漂っている。
「今日は徹ちゃんの好きな煮込みハンバーグだよ~」
「ほんとっ? わぁいっ!」
お母さんのハンバーグは世界一美味しい。ほんとだよ? この前レストランで食べたけど、何か黒くて不思議な味がして、あまり美味しくなかった。お母さんのハンバーグは、赤くて茶色くて幸せの味がするんだ。たまに、ほんとたまーになんだけど、上にとろけるチーズが乗ってたりするともう、走りだしたくなるくらい!
「徹ちゃん、手、洗った?」
「うんっ、洗ったよっ!」
「おもちゃは? ちゃんと片付けた?」
「う、うん……片付けた……よ?」
子供の嘘はすぐにバレる。さっきまでの笑顔が嘘みたいに怖い顔をしたお母さんが片付けて来なさい、と言った。お母さんは大好きだけど、怒るととっても怖いんだ。僕はお母さんの雷が落ちる前におもちゃを片付けに走った。
「ほんとにもう、4月からは幼稚園生になるのに。片付けも出来なかったらお友達に笑われるよ?」
「だ、大丈夫だもん! 幼稚園ではちゃんとするもん!」
「ほんとかなぁ~?」
「ほんとだもんっ」
今度は僕が怒る番。お母さんはごめんごめん、と笑いながら大きいハンバーグを僕のお皿についでくれた。それだけで僕は怒っていた事を忘れちゃった。お腹がぐーぐー鳴ってる。僕のお腹の中には豚さんが住んでるってお母さんにいつも言われてるんだ。
「「いただきます」」
二人で手を合わせてから、やっと食べることが出来た。フォークでハンバーグを切ると、しばらく見つめてから急いで口に入れる。トマトソースっていうものが乗っかったハンバーグはすごく柔らかくて、一口食べただけで僕はとっても幸せになっちゃった。生のトマトは嫌いだったんだけど、このハンバーグを食べてからは大丈夫になった。好き嫌いを克服するなんて、僕、もう大人だよね?
「今日もお父さん遅いの?」
「うん、忠臣さんは今日も残業だって」
「ふぅん、オシゴト大変だね」
「ね。だから徹ちゃんは先にお風呂入って寝ようね」
お父さんはお母さんのことを仁美、お母さんはお父さんのことを忠臣さんって呼ぶ。二人はらぶらぶなんだ。お父さんは会社で営業って言う仕事をしているらしい。朝早く家を出て、夜遅くまで帰ってこないから、仕事が休みの日にしか会えない。働くって大変なんだなぁ。僕は大きくなったらお巡りさんになりたいけど、お母さんと朝から晩まで離れるのは嫌だからどうしようかと本気んで悩んでる。
「徹ちゃん、明日の夕飯は何が食べたい?」
「ハンバーグ!」
「もう、ハンバーグは今日食べたからダーメ」
「えぇ~」
僕は毎日ハンバーグでもいいのになぁ。
この時、僕は思いもしなかったんだ。
いつか、お母さんのハンバーグが食べれなく日が来るなんて。
もう二度と、お母さんに会えなくなるなんて。
徹がファミレスで綾乃と食べたハンバーグには実はこんなエピソードがありました。