第五章 橘さんの役割
翌週の日曜日、四人は桐山診療所の近くの喫茶店に集まった。
葵は話を聞きながら、ノートにメモを取り続けた。三上は腕を組んで、黙って聞いていた。
「十二年」と三上は言った。「それが今まで発覚しなかった理由は?」
「場所が目立たない。来る患者が、行政や病院に関わりたくない人たちだから口外しない。桐山先生が地域に溶け込んでいる」と蒼は言った。
「川瀬さんが今、入院している」と文乃が言った。「退院すれば、また戻る。でも今は、川瀬さんが病院の患者で、その川瀬さんが夜間に病院を抜け出してそこへ行っているという事実がある」
「それが問題になるかどうかは、誰かが動くかどうかだ」と三上は言った。
「わたしたちが動かなければ、続いていく」と葵が言った。「動けば、終わるかもしれない」
しばらく沈黙があった。
「橘さんに会おうと思う」と蒼は言った。「先生が橘さんに支援を受けていることを、桐山先生は話してくれた。橘さんがどういうつもりでいるか、聞きたい」
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橘道夫のアパートを訪ねると、老人は梅の小さな鉢植えを手入れしていた。蒼の顔を見て「また来たか」と言い、緑茶を入れた。
「夜の外来のことを知っています」と蒼は言った。
橘は手を止めなかった。「そうか」
「支援されているとも聞きました」
「桐山が話したか」
「はい」
橘はようやく手を止め、鉢植えを棚に置いた。「あの人は、一人で抱えすぎる」
「橘さんは、なぜ支援を?」
老人は蒼の向かいに座り、湯呑みを手に取った。「ハルコが献体を選んだのは、死後でもいいから誰かの役に立ちたかったからだ。わたしは生きているうちに、同じことをしたかった。それだけだよ」
「法律的に問題があるとわかっていて?」
「わかっていた」と橘は言った。「でも、あそこに来る人たちを見てみなさい。保険証がなければ病院に行けない。お金がなければ薬が買えない。でも、病気は人を選ばない。桐山が診なかったら、誰が診る」
蒼はその言葉を受け止めた。
「橘さんは、このままでいいと思っていますか」
橘は少し考えた。「いいとは思っていない。正式に認められた形でなければ、継続性がない。桐山が倒れたら終わりだ。それでは意味がない」
「でも動かなかった」
「動き方がわからなかった。それに……」老人は少し目を細めた。「わしも、あまり長くない。焦ってもしょうがないと、どこかで思っていたのかもしれない」
蒼はその言葉に、前作の夏を思い出した。橘は最初から、誰かに気づいてほしかった。あの待合室での言葉も、今のこの言葉も、根っこは同じだった。
「また、厄介ごとを持ち込んでしまったな」と橘は言い、わずかに笑った。
「厄介ではないです」と蒼は言った。「ただ、今度は俺だけじゃないので、時間がかかるかもしれません」
橘は静かに頷いた。




