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にゃははははは
「んにゃあ」とミルフィーユは言った。
「そんなこと言ったって、仕方が無いにゃあ」
にゃあにゃあ言うのは、ミルフィーユなまりである。
「食べてしまったのか、僕のしずかちゃんを!」
「うまかったにゃあ」
「う、う、う」と僕はしずかちゃんを思って泣いた。
あの可愛いつぶらな瞳、ひくひくする愛らしい口元、長くて美しいしっぽ…
「しずかちゃ~ん」
僕は、ミルフィーユの周りを探し回った。
僕のしずかちゃんは、もうどこにもいない…
「いない者は、いないんだにゃあ。んぷ」とミルフィーユは、げっぷをした。
「お前としずかちゃんは、友達じゃなかったのか」
「友達だったに決まっているにゃ、おいしいしずかちゃんは」
「まさか、ミルフィーユ、しずかちゃんに、お前のノミをご馳走してたのは…」
「友達だからだにゃ、もっとおいしい友達が好きだにゃあ」
僕は、そろそろと後ろに下がって行った。
「お前は、僕のことも友達だと言ったよな」
「そうだにゃあ、不味そうなお前は、非常食だにゃあ」
「ひ、非常食~!」
僕は走って、家に逃げ帰った。入口の穴には、ミルフィーユは入って来られない。
身体がぶるぶると震えだしていた。
ミルフィーユと僕は、友達だと思っていたのに…
世界が光った時、僕は家の中にいた。
ミルフィーユは、地下室にいたらしい。
「あれは、カミナリというもんだにゃあ」と後で、ミルフィーユは言った。
「カミナリって、何?」
「お前は、何にも知らないんだにゃあ」
ミルフィーユが言うには、すごく光ってから、どっかーんと空から落ちてきて、周りに何にも無くなってしまうのが、カミナリというものらしい。
確かに、周りには、何にも無くなっていたし、仕事に出かけた両親も戻って来なかったし、ミルフィーユの家からも、壁しかないので、暗い空が見えた。
「遠くまで見えるようになって、良かったにゃあ」とミルフィーユは、しみじみと言った。
「お父さんとお母さんとパフィーも帰って来ないにゃあ」
淋しそうなミルフィーユを何とか慰めたいと思ったが、どうしていいのかわからず、僕はひげをひくひくさせるだけだった。
お父さんとお母さんというのは、二本足で立つ、見上げるような巨人だった。
ミルフィーユとは全然似ていなかった。
尻尾も無いし、空気が震えるような大きな声を出して、ドスンドスンという地響きを立てて動き回っていた。
どうやら、ミルフィーユの餌係のように、ミルフィーユに餌を与えていた。
巨人やパフィのいる間は、僕は怖くて、穴から出ることもできなかった。
パフィというのは、ミルフィーユよりも大きな身体をしていた。
「バウバウ」とか「ウワ、ウワ」とか叫んで、どしんどしんと走り回っていた。
ミルフィーユは、巨人もパフィも無視して、食べている時以外、大抵眠っていた。
ミルフィーユは、怖くは無かったが、僕よりも身体が大きかったので、本能的に避けてはいた。
しずかちゃんと僕は、屋根裏の運動会で知り合った。
その頃は、まだ屋根裏があったので、しかも、この家には、周囲で一番大きな屋根裏があったので、近所中の知り合いが集まっていた。
「私達、友達になりましょう」としずかちゃんが言った。
「うん」と僕は心臓がばくばくしていた。
もちろん、運動会で走り回ったせいもあるけど、一目見た時から、可愛い、可愛過ぎる、どうやって話しかけたらいいんだろう、と思っていたせいかもしれなかった。
このついでだろうけど、しずかちゃんは怖がることもなく、ミルフィーユのそばに近寄って行った。
巨人も寝ていたし、ミルフィーユも寝ていた。パフィは外にいるようだった。
「ねえ、ねえ」としずかちゃんはミルフィーユを可愛い手で揺さぶった。
「起きないわねえ、この子は何ていう名前?」
「ミルフィーユだけど、いつも寝ているんだよ」
「ミルフィーユ、ミルフィーユ」と呼びながら、しずかちゃんは尚も揺さぶり続けた。
「むにゃ?」とミルフィーユは、片目を開けた。片目がピカッと光った。
「しずかちゃん」やめようよ、と言う前に、ミルフィーユはゆっくりと起き上がって、「ふみゅう」と言って伸びをした。
こんなに近くでミルフィーユを見たのは初めてだった。
金色と銀色と銅色の三色の毛並みが美しかった。
「ミルフィーユ、私達、友達になりましょう」としずかちゃんが言った。
「友達って、にゃに?」とミルフィーユは、面倒くさそうに目を閉じて、また寝てしまいそうだった。
「食べられるにょ?」と寝ながら呟いた。
僕はぎょっとしたが、しずかちゃんは笑い出した。
「面白いわね、ミルフィーユは。じゃ、私達、友達ね」
「んみゅ~」ともうミルフィーユは眠っていた。
あのカミナリが落ちなければ、僕たちの友達関係は、今も続いていただろう。
僕たちというよりも、しずかちゃんとミルフィーユの友達関係は…
この家には、ミルフィーユと僕しかいなくなってしまった。
外に出るのが怖くて仕方が無かった僕も、ミルフィーユと一緒なら、外に出て行くことができた。
びくびくしている僕とは違い、ミルフィーユは、いつもゆったりとしていた。
餌がすっかり無くなったミルフィーユは、外に餌探しに出かけるのだった。
僕の毛も抜けてしまったが、ミルフィーユの美しい毛も、あちこちがはげてきていた。
お陰で、探さなくても、ノミやダニはすぐに見つかる。ミルフィーユのお陰で、僕は食べるものには困らない。
「ゆっくり食べるんだにゃあ」とミルフィーユは言った。
ミルフィーユは活動的だった。
焼け焦げた木に登ってみたり、傍らの穴に鼻を突っ込んだり。
干からびたミミズを見つけると、僕はミルフィーユに譲った。
どこまで行っても、同じような景色が続いていた。
どこまで行っても、満足できるほどの餌は無かった。
時々、僕を見るミルフィーユの目が金色に光る。
最後の時が、じわじわと近づいている気がしていた。
「ここらで、一休みするんだにゃあ」とミルフィーユがのんびりと言った。
そして、僕の方を、後ろを歩いている僕の方を振り返った。
ついに、来たか、と僕は思った。
ミルフィーユがいなかったら、僕はここまで生きられなかった。
ありがとう、ミルフィーユ。
僕は、君の一部となって、永遠に生きていく。
僕は、そっと目を閉じた。どうか、痛くありませんように。
「にゃははははは」
ミルフィーユが笑っていた。
何で笑うんだ、ミルフィーユ。
「お前を食べたって、もうどうしようもにゃい」とミルフィーユは毛の抜けた腹をなめていた。
もう、ノミもダニもいなくなってしまった。
「もう寝るんだにゃあ」とミルフィーユは、ゆっくりと丸くなった。
僕は、どこまでもどこまでも続く、生き物の気配のしない周囲を見回した。
「ミルフィーユ~」と僕はミルフィーユを呼んだ。
何度呼んでも、もうミルフィーユは身動きしなかった。
「サロンパス」としずかちゃんの声が聞こえた。
声のした方を振り返っても、誰もいなかった。
僕は、丸くなっているミルフィーユのところに行って、ゆっくりと小さく小さく丸くなり、ミルフィーユと一緒に眠ることにした。
了
にゃははははは




