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ミルフィーユ戦記  作者: まきの・えり


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8/8

にゃははははは


 「んにゃあ」とミルフィーユは言った。

「そんなこと言ったって、仕方が無いにゃあ」

 にゃあにゃあ言うのは、ミルフィーユなまりである。

「食べてしまったのか、僕のしずかちゃんを!」

「うまかったにゃあ」

「う、う、う」と僕はしずかちゃんを思って泣いた。

 あの可愛いつぶらな瞳、ひくひくする愛らしい口元、長くて美しいしっぽ…

「しずかちゃ~ん」

 僕は、ミルフィーユの周りを探し回った。

 僕のしずかちゃんは、もうどこにもいない…


「いない者は、いないんだにゃあ。んぷ」とミルフィーユは、げっぷをした。

「お前としずかちゃんは、友達じゃなかったのか」

「友達だったに決まっているにゃ、おいしいしずかちゃんは」

「まさか、ミルフィーユ、しずかちゃんに、お前のノミをご馳走してたのは…」

「友達だからだにゃ、もっとおいしい友達が好きだにゃあ」


 僕は、そろそろと後ろに下がって行った。

「お前は、僕のことも友達だと言ったよな」

「そうだにゃあ、不味そうなお前は、非常食だにゃあ」

「ひ、非常食~!」

 僕は走って、家に逃げ帰った。入口の穴には、ミルフィーユは入って来られない。

 身体がぶるぶると震えだしていた。

 ミルフィーユと僕は、友達だと思っていたのに…


 世界が光った時、僕は家の中にいた。

 ミルフィーユは、地下室にいたらしい。


「あれは、カミナリというもんだにゃあ」と後で、ミルフィーユは言った。

「カミナリって、何?」

「お前は、何にも知らないんだにゃあ」


 ミルフィーユが言うには、すごく光ってから、どっかーんと空から落ちてきて、周りに何にも無くなってしまうのが、カミナリというものらしい。


 確かに、周りには、何にも無くなっていたし、仕事に出かけた両親も戻って来なかったし、ミルフィーユの家からも、壁しかないので、暗い空が見えた。

「遠くまで見えるようになって、良かったにゃあ」とミルフィーユは、しみじみと言った。

「お父さんとお母さんとパフィーも帰って来ないにゃあ」

 淋しそうなミルフィーユを何とか慰めたいと思ったが、どうしていいのかわからず、僕はひげをひくひくさせるだけだった。


 お父さんとお母さんというのは、二本足で立つ、見上げるような巨人だった。

 ミルフィーユとは全然似ていなかった。

 尻尾も無いし、空気が震えるような大きな声を出して、ドスンドスンという地響きを立てて動き回っていた。

 どうやら、ミルフィーユの餌係のように、ミルフィーユに餌を与えていた。

 巨人やパフィのいる間は、僕は怖くて、穴から出ることもできなかった。

 パフィというのは、ミルフィーユよりも大きな身体をしていた。

「バウバウ」とか「ウワ、ウワ」とか叫んで、どしんどしんと走り回っていた。

 ミルフィーユは、巨人もパフィも無視して、食べている時以外、大抵眠っていた。

 ミルフィーユは、怖くは無かったが、僕よりも身体が大きかったので、本能的に避けてはいた。


 しずかちゃんと僕は、屋根裏の運動会で知り合った。

 その頃は、まだ屋根裏があったので、しかも、この家には、周囲で一番大きな屋根裏があったので、近所中の知り合いが集まっていた。


「私達、友達になりましょう」としずかちゃんが言った。

「うん」と僕は心臓がばくばくしていた。

 もちろん、運動会で走り回ったせいもあるけど、一目見た時から、可愛い、可愛過ぎる、どうやって話しかけたらいいんだろう、と思っていたせいかもしれなかった。

 このついでだろうけど、しずかちゃんは怖がることもなく、ミルフィーユのそばに近寄って行った。

 巨人も寝ていたし、ミルフィーユも寝ていた。パフィは外にいるようだった。


「ねえ、ねえ」としずかちゃんはミルフィーユを可愛い手で揺さぶった。

「起きないわねえ、この子は何ていう名前?」

「ミルフィーユだけど、いつも寝ているんだよ」

「ミルフィーユ、ミルフィーユ」と呼びながら、しずかちゃんは尚も揺さぶり続けた。


「むにゃ?」とミルフィーユは、片目を開けた。片目がピカッと光った。

「しずかちゃん」やめようよ、と言う前に、ミルフィーユはゆっくりと起き上がって、「ふみゅう」と言って伸びをした。

 こんなに近くでミルフィーユを見たのは初めてだった。

 金色と銀色と銅色の三色の毛並みが美しかった。


「ミルフィーユ、私達、友達になりましょう」としずかちゃんが言った。

「友達って、にゃに?」とミルフィーユは、面倒くさそうに目を閉じて、また寝てしまいそうだった。

「食べられるにょ?」と寝ながら呟いた。

 僕はぎょっとしたが、しずかちゃんは笑い出した。

「面白いわね、ミルフィーユは。じゃ、私達、友達ね」

「んみゅ~」ともうミルフィーユは眠っていた。


 あのカミナリが落ちなければ、僕たちの友達関係は、今も続いていただろう。

 僕たちというよりも、しずかちゃんとミルフィーユの友達関係は…


 この家には、ミルフィーユと僕しかいなくなってしまった。

 外に出るのが怖くて仕方が無かった僕も、ミルフィーユと一緒なら、外に出て行くことができた。

 びくびくしている僕とは違い、ミルフィーユは、いつもゆったりとしていた。


 餌がすっかり無くなったミルフィーユは、外に餌探しに出かけるのだった。

 僕の毛も抜けてしまったが、ミルフィーユの美しい毛も、あちこちがはげてきていた。

 お陰で、探さなくても、ノミやダニはすぐに見つかる。ミルフィーユのお陰で、僕は食べるものには困らない。

「ゆっくり食べるんだにゃあ」とミルフィーユは言った。


 ミルフィーユは活動的だった。

 焼け焦げた木に登ってみたり、傍らの穴に鼻を突っ込んだり。

 干からびたミミズを見つけると、僕はミルフィーユに譲った。


 どこまで行っても、同じような景色が続いていた。

 どこまで行っても、満足できるほどの餌は無かった。

 時々、僕を見るミルフィーユの目が金色に光る。

 最後の時が、じわじわと近づいている気がしていた。


「ここらで、一休みするんだにゃあ」とミルフィーユがのんびりと言った。

 そして、僕の方を、後ろを歩いている僕の方を振り返った。

 ついに、来たか、と僕は思った。

 ミルフィーユがいなかったら、僕はここまで生きられなかった。

 ありがとう、ミルフィーユ。

 僕は、君の一部となって、永遠に生きていく。

 僕は、そっと目を閉じた。どうか、痛くありませんように。


「にゃははははは」

 ミルフィーユが笑っていた。

 何で笑うんだ、ミルフィーユ。

「お前を食べたって、もうどうしようもにゃい」とミルフィーユは毛の抜けた腹をなめていた。

 もう、ノミもダニもいなくなってしまった。


「もう寝るんだにゃあ」とミルフィーユは、ゆっくりと丸くなった。


 僕は、どこまでもどこまでも続く、生き物の気配のしない周囲を見回した。


「ミルフィーユ~」と僕はミルフィーユを呼んだ。

 何度呼んでも、もうミルフィーユは身動きしなかった。

「サロンパス」としずかちゃんの声が聞こえた。

 声のした方を振り返っても、誰もいなかった。


 僕は、丸くなっているミルフィーユのところに行って、ゆっくりと小さく小さく丸くなり、ミルフィーユと一緒に眠ることにした。


                                         了


にゃははははは

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