5
ふにゅふにゅふにゅふにゅ
5
「ふにゅふにゅふにゅふにゅ」と言いながら、ミルフィーユが、がつがつと餌を食べている。
餌の入れ物は、見慣れた、お花型のお椀だ。
色違いのお花型のお椀には、ミルクが入っている。
僕は、ごくりと、唾を飲み込んだ。おなかがへった。
食べる勢いが凄いので、時折、丸い餌や四角い餌が、足元にまで転がって来る。
ここは、ミルフィーユの家で、ちゃんと屋根もついている。
お父さんとお母さんも、巨大なテーブルの上の巨大な食べ物を食べているようだ。
僕からは、何を食べているのか、見えていないが。
僕は、転がって来た、ミルフィーユの餌や、お父さんとお母さんがこぼした、食べかすを、自分の家にまで、運んでいく。
信じられないぐらいに、見慣れた光景すぎて、自分の目が信じられない。
もしかすると、何も起こってはいなかったのかもしれない、と思いそうになる。
そうかもしれない。
そうだと思う。
そうに違いない。
と思ったところで、「サロンパス」と呼ぶ声が聞こえて来た。
しずかちゃんだ!
いつもの可愛いしずかちゃんだ。
僕と一緒に、餌を家まで運びながら、しずかちゃんが言った。
「私達、結婚しましょう」
え! え! え!
今、何と言いましたか?
幻聴みたいな声が聞こえたけど。
「もう、サロンパスのお父さんとお母さんの許しは得たわ」
え! え! え!
いつの間に、僕のお父さんとお母さんに相談したの?!
「サロンパスの家は狭いから、結婚したら、私の家で、生活しましょう。
うちのお父さんとお母さんも、その方がいいだろう、と言っているし」
え! え! え!
話が急展開過ぎるんじゃ…
「さあ、サロンパス、自分のご両親に、ご挨拶してね」
え~~~~~~~~~~!!!
僕のお父さんとお母さんは、家の中で、ちんまり座って、餌を食べていた。
僕の両親て、こんな人達だったっけ、というぐらい、見覚えが無い…
というか、両親の顔も見ずに、せっせと餌を探していたのかもしれない。
「サロンパスや、良かったねえ」とお母さんが言った。
「良かった、良かった」とお父さんも喜んでいるみたいだ。
「お父さん、お母さん、これからは、私も餌を運びますので、どうか、ご心配なく」
「しずかちゃん、サロンパスのことを、よろしくお願いします」
「私のほうこそ、よろしくお願いいたします」
勝手によろしくお願いされてしまった…
実は、僕、外に出るのは怖いんだけど…
こんな僕でも、いいのかな。
しずかちゃんの後ろにくっついて、よろよろと外に出て行った。
外と言えば…
あの真っ黒焦げの地面、焼け焦げた木々…
なんてものは、全く無くて、驚くほど明るくて、地面もすべすべしている。
「こんにちは」
「いいお天気ですね」
「お元気でしたか?」
しずかちゃんは、知り合いが多いみたいだ。
僕は黙って、頭を下げるだけだ。
ちょっと足がくたびれてきた。
「ここよ」としずかちゃんが言った。
うちの家というか、ミルフィーユの家とは全然違う。
どうなっているのか、外から家の中が、丸見えになっている。
「注文建築の、ガラスの家よ、奇麗でしょう?」
奇麗というか、丸見えというか、落ち着かないというか、何というか…
「新しいタイプの家だから、天井裏も、地下室も無いの。素敵でしょう?」
でも、天井裏が無いと、運動会もできないし、地下室が無いと、食べ物を貯蔵できないし…
あ、そうか。
それで、しずかちゃんは、うちの運動会に来るんだな。
わかったぞ。
うひゃああああ。
玄関が動く~~~~~。
音も無く、玄関が動いて開いて、しずかちゃんは、家の中に入った。
「どうぞ、お入りください、サロンパス」
僕も、おそるおそる、中に入った。
外から中が見えるのと一緒で、中からも外が見える。
んな~、んな~、という声が聞こえて、僕は、ぎょっとした。
「こんにちは、アルファルファ。こちらは、サロンパスよ。よろしくね」
「こ、こ、ここ、こんにちは」と僕は、アルファルファに挨拶した。
「餌かなー?」とアルファルファ。
僕は、瞬時に、涙目になった。
「違うわよ、友達よ、アルファルファ」
「今だけ、友達、んな~」
アルファルファは、冗談半分みたいに、パンパンとガラスの床を叩いた。
ミルフィーユよりも、ずっと大きい。
ミルフィーユの三倍ぐらい太っている。
色も茶色と黄色が混ざったみたいで、ミルフィーユみたいに、美しくない。
半端なく、怖い…
「し、しずかちゃん、お家に入ろうよ」と僕は言った。
安全だと思える家に、入ってしまいたかった。
外に出てから、緊張の連続…
家に入って、一息つきたかった。
「どうぞ、ここが、私の家よ」
グア~~~~~ン!!!
ガラスでできた、外から丸見えの家が、外から丸見えの家の中にあった…
「どう? 奇麗でしょう?」
僕、お家に帰る、帰りたい、帰らなければ。
ミルフィーユもいるし、お父さんとお母さんもいるし、丸見えじゃないし…
天井裏も地下室もあるし…
落ち着くし、怖くないし…
「いらっしゃい、サロンパス君」
「よく来たね、サロンパス君」
「さあさあ、どうぞ中に」
としずかちゃんのお父さんとお母さんに言われて、素直に、中に入ってしまう、自分が嫌いだ。
「どうぞ、召し上がれ」とお母さんは、丸いお皿に山と積まれた、ミルフィーユの餌の小型バージョンの餌を勧めてくれる。
「ありがとうございます」と言うが早いか、がつがつとミルフィーユみたいに、食べてしまう、自分が嫌いだ。
な、な、なんて、おいしい餌なんだ!!!
がつがつがつ、と食べる勢いが止まらない。
生きていて良かった、こんなおいしい物が食べられるなんて!!
「早く、孫の顔を見せてくださいね」とお母さんに言われて、うん、うん、うんと自分がうなずいているのが、信じられない。
「孫の顔を見れば、見るだけで、生きて来た甲斐があったというもんだ」とお父さん。
見ると、お父さんの目には、涙が…
僕は、とっとと帰りたい、と思っていたことを後悔した。
お父さんとお母さんにも、しずかちゃんにも、申し訳ない、と思った。
ごめんなさい、ごめんなさい、僕は、何とか頑張ります。
その時、大きな音が聞こえ出した。
「な、何?!」
「ああ、テレビですよ」とお母さんが言った。
「新しいニュースがあれば、つくようになってるんですよ、最新式でしょう?」
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます」とテレビが喋っている。
この声は、いつものニュースのおじさんだ。
最新式テレビにも、いつものおじさんが出ているのが、おかしかった。
「『小動物駆除法案』によって、開発されていた、カミナリ1号の試運転が始まったもようです」
ちょっと待て、と僕は思った。
小動物駆除法案は、無くなったんじゃなかったっけ。
カミナリ1号も、やめることになったんじゃ…
「様子が変です、技師たちが、走り回っています。
何らかのトラブルに見舞われた模様です。
何らかの…」と言って、テレビが沈黙した。
ピカーッと、ガラスの家の素通しの屋根から、世界が光っているのが、よく見えた。
ドッカーーーーン
にゃにゃにゃにゃ




