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闇へ逃げる

作者: ゆん
掲載日:2025/11/11

1、  前書き


 タイトルは重い。いや、内容も重いところがある。でも私自身の心は少し軽くなっている。

それは誰も知らなかった事実をこうして書き残せるからだ。

書き残すことによって私への誹謗中傷、本当の私、その私に起きたこと、嘘で貶められた私の心をそれなりに慰められる事が分かった。

 内容はSNS、配信サイト絡みであるが、アプリやサイト名、出てくる人物に関しては名前を伏せさせて頂く。

これは私自身を守る為であり、もしかしたら短いであろうこの命、人生にこれ以上負担をかけたくないという一心なのでどうかご了承頂きたい。

始まりは2年以上前のことになるが、内容は前後する。そして重要なことをメインに、簡潔に筆を進めたいと思う。



2、  事の始まり


 2024年4月頭、私は簡単な手術のために入院した。恥を忍んで書くがいわゆる婦人科、それも膣口にできた傷の手術である。

念の為入院し、術後は3日程度で退院できるとのことで誰にも知らせず、身寄りのない私の手術同意書は家族の欄が空白で構わないという気楽に思える入院、手術の予定であった。


 手術前検査を受け「体内炎症値が高い」と言われたが、傷があるのでそれも納得。念の為の抗生剤を点滴しながら夜を迎えた。

 その日の夜8時頃に、身体が少しおかしいなと思い始めた。発熱の時によくある節々の痛み、呼吸の苦しさ、味わったことのないすごい倦怠感などを覚えているが、発熱してるかどうかも判断できないほど頭がボーっとしていた。

看護師さんを呼んで、何故か上手く回らない口で、なんか身体がおかしいと伝える。検温したら

39.9度だった。

すぐに救急の医者が来て、もう1度検査する旨を聞かされたが良く覚えてない。

そのまま私は意識を失った。


 このケガは自分でやっちまったものではない。

当時は、(一応)彼氏彼女と認識していた相手の男性によって傷つけられたものである。

もちろん相手にだけは入院、手術が決まった時にLINEで連絡した。「全部俺のせいだね」と非を認めつつも、大丈夫?などの気遣かってくれる言葉は皆無だった。


 私と彼は某配信サイトで知り合った。

彼は主に配信者。私は少し配信はするものの、ほぼリスナー側だった。

知り合ったきっかけは割愛するが、彼の配信枠に行き始めて5〜6年経った頃、どんどんネガティブ枠になっていく事に嫌気が差し、もう来ないね、フォローも外すと伝えた。

その後、彼の配信で知り合った他のリスナーさんからDMを通じて「あの人泣き配信してるよ」「失って初めて大切な人だと分かった」等とほざいてることを聞いた。

言いたいこともあったので、説教でもしてやろうかという気持ちで彼とLINE交換した。


SNSでの恋愛などあり得ないと思っていたが、その後彼からのアピールを少しずつ受け、気持ちが傾いてしまった。

1度も会ったことがないのになんとなく、彼氏彼女という立場になり、彼の枠にも行き始め、LINEや通話でプライベートでも沢山やり取りした。

 しかしケンカはしょっちゅうだった。主な原因は、彼が配信の話しかしないことと、プライベートでのケンカや通話の内容等を何でも配信で話してしまう事だった。

やめて欲しいと言えば少しの間は収まる。しかしこちらから配信以外の話を振ってみても「ふーん」「あーそう」と返ってくる。

LINEのやり取りで「ふーん」と返ってきた人が世の中にどれくらいいるのか分からないが、私の人生では初めてだったのでそりゃもうびっくりした。

そしてまた元の状態に戻ってしまい配信の話。

特にリスナーさん達の悪口、女性の容姿の悪口、よく来てくれる女性は殆どが自分のガチ恋勢だとの思い込み、「俺はタレントみたいなもんだから」という的外れも甚だしい発言。そんなことにウンザリして、配信の話はやめてと言うとケンカになり、激昂して「今から死んでやる」と電話を切られ、すぐに(彼女とケンカしました)と配信している流れが多かった。

 何度も何度ももう関わり合うのはやめようと思った。

でもお互いにこんな年になるまで独り身(私はバツ2)。そりゃあ考え方の偏りや頑固なところもあるだろう。だからお互いに少し分かり合えるまではなんとかやり過ごしていこうよと彼に話した。

 何度も私から折れたが、彼は「戻ってくると信じてる」と配信で話すだけ。そんな最悪のやり取りもあったし、仲良く話す日もあったし、まぁこんなもんなのかな〜と思いつつ半年が経った。


 そんなLINEと通話だけの半年が過ぎ、私が彼の家に行くことになった。以前から「来て」と言われていたが、そこは年の功。もう少し様子を見なきゃとか、もう少し分かり合えてからと思っていた。

 私の家は男性を泊めることができない為、彼がこちらに来るとホテルを利用してもらう事になる。また配信中毒の彼にとっては、どこか飲み屋に行って配信許可を取り配信をしなければならない。足が悪い私にとってはそれでもこちらに来て欲しかったが、彼は「こっちに来て」の一点張り。そこで彼に選ばせた。

私の所に来ればホテル代などお金がかかる。でも私は足が悪いので、もしそちらに行くとなれば、交通費、食費、全て彼が出す。どちらがいい?と聞いた。

彼は即答で「それでも来て欲しい」と言ったので、じゃあそうしましょうとなった。

 深夜バスが一番歩かなくて済むし、足への負担も少ない。「自分で予約してよ」と言う彼に、そういうとこだぞ!と思いながら1つ1つやり方を教えて予約させた。



3、  そして彼の家へ


 2024年3月上旬、2週間の滞在予定だった。

フリーランスの私は事前に仕事を詰め、ギリギリで全て仕上げ、その2週間を確保した。

 片道14時間。そりゃあ大変な道中だったが、かつて旅行であちこち行っていた私にとっても初めての土地だったので、それなりに嬉しい気持ちもあった。

向こうに着いたらきっと疲れて動けないだろうと読んで、酒のツマミになるものを3品作っていった。

不眠症ですでに48時間眠ってなかった私は、バスの中でもなんとなく眠れず、ヘトヘトになりながら到着。

彼の第一声は、お疲れ様でも何でもなく「そこまで太ってないじゃん」であった…。


 彼の家(施設に入居されてる親御さんの戸建て)に着き、私用の部屋に案内してもらった。

布団にシーツを掛け終わり、そのままバタンと倒れたくなったが「買い物に行こう」と言われた。

お土産も持ってきたし、おつまみも3品作ってきたよと言っても、顔は能面のようにニコリともせず「でも買い物」と言われ渋々一緒に行った。

 彼は多分にアルコール中毒であり、配信中毒者だと思われる。一方私は酒も飲むが料理が好きだったので、私が作るであろう食事やツマミの食材、ほぼ何もなかった調味料を沢山買って帰った。

これで少し休めるかな?と思ったら、キッチンはものすごい臭く、シンクはヘドロ状態。仕方なく掃除し、そのまま調理へと突っ走るしかなかった。

 しかし何か不思議な感じがする。

彼が殆ど話さないのだ。鍋の場所を聞いても「ここ」。お風呂のことを聞いても「これ」だけ。そして顔は能面のまま。人見知りだと聞いていたので、そのうち慣れてくるかなと不思議な気持ちを抑えて彼の夕方の配信を迎えた。

 こんなに人って変わるもんなのか……。

配信をつけた途端いつもの配信通りよく喋り、よく笑う。私が到着したことを何気なくリスナーさんに伝える為、ツマミも映して自慢する。ここ数年は人が少なくコメントも流れづらかった彼の枠が賑やかになる。「余は満足じゃ!」とでも言うように、ただひたすら機嫌良く、お酒もすすみ、ツマミも平らげた。

私は翌朝の支度をしていたので映ってないが、彼が話しかけるので、それには笑顔で答えていた。

 配信が終わった。途端に能面に戻り何も話さなくなる。

半年以上、(一応)彼氏彼女としてやり取りしてきて、やっと会う事ができたのに、ありきたりな反応も会話もない。私がいるのに話しかけず、他配信をずっと見て1人で何かブツブツ言うだけの彼を、何か新種の生き物でも発見したように見てるだけだった。


 翌日から1日のスケジュールは決まっていたようなものだった。

早朝の配信のために前日の夜、3品のツマミを作っておき冷蔵庫に入れておく。

朝7時頃配信が終わると彼は、1階のテーブルに、オマエサムライですか〜?という背筋ピン!の姿勢でただ座り他配信を見てブツブツ言っている。大体その頃私が起きてきて朝食の支度。会話は「おはよう」だけ。

朝食の後片付けが終わると「買い物に行こう」と言われるので素直に行く。帰宅すると彼はポイ活のためか買ってきた物を全て床に置き写真を撮る。「終わった」と言われて私が片付ける。

その後私は昼食の準備、夕方配信のツマミ、夕食の支度、洗濯をし、風呂に入りついでに風呂掃除。風呂から上がって一服すると彼の夕方配信。大体夕食も一緒に出すので、ツマミ3品と夕食を摂りながら、そして飲みながら新種の能面は人間に戻っていく。

 その間も私はずっと翌早朝配信のためのツマミ作り。人間に戻った彼は「リスナーさんがこんな事聞いてるよ」と話しかけてくるので、その方には声だけだがもちろん笑顔で対応。たまに「醤油取って」「氷(を入れて)」と彼は言う。はぁ〜?私はオマエの奥さんですか?それとも家政婦?召使い?飯を作ってもらっておいて一体何様?と思うも仕方なく対応。

そして日も暮れ、人間はいなくなり、新種の生き物なる能面がまた姿を現す。

 私は後片付けや明朝の支度に追われ、大体夜10時過ぎに全てが終わる。朝8時からこの時間まで殆ど動きっぱなし、立ちっぱなしで、会話はゼロに近いというパラレルワールド的な異質感を徐々に肌で感じていく。

 以上が1日の大まかなスケジュールだ。

折角遠い、初めての土地に来たにもかかわらず、この間私はスーパーとドラッグストアの場所しか教えてもらってない。事前に色々とその土地を調べ、歴史好きだった私は、ここ行ってみたい、ここ見てみたい、この居酒屋一緒に行こうよと言ってみた。彼は「そこ何もないよ」「そこつまんないよ」「そこ美味しくないよ」という負の三段活用のみ。何も言えなくなった私は、じゃあ…川を見に行きたい!と、近所に流れるただの川に思いを馳せ、彼も「川ならいくらでもどうぞ」と(ご勝手に〜)的な返事で終わった。そしてこの滞在期間中私は(ご勝手に)この川を見ながら何度も1人で泣いては又、元気を出して能面の住む家に帰るという事を繰り返した。


 人見知りも数日経てば慣れるかな?と思っていた私の思惑は外れ、何日経っても彼の様子は変わらない。ひょっとして人見知りではなく、リアルで会話不全なの?と思い始めた。

到着早々、お仏壇にちょっとした御仏前を置いても、お土産を渡しても「ありがとう」はない。お土産は冷蔵庫の奥に忘れ去られ、賞味期限が迫って私が消費するという始末。

なんの感情もないような、どこを見てるんだか分からないような、誰がいてもいなくても変わらないような、だけれども配信をすると人間に戻るような、少し不気味さを感じさせる人だった。

 もちろん料理にも美味しいなどと言わないが、何故かダメ出しはする。「ちょっと味薄かった」「これはちょっとな」と言われ、テメーで塩でもケチャップでもつけやがれ!と思いながら、ごめんねと謝った。見た目にもやけにこだわり「盛り付けが映えてなければ映さない」というヒットラー総督もびっくりの迫害感満載。別に映さなくていいんですよと思ったが、ガス室送りになるのは嫌だったので素直に(ハイル・ヒトラー!)と敬礼した自分が哀しかった。


 1度こんなことがあった。

家事でヘトヘトの時期、ゴロゴロ野菜のビーフシチューをリクエストされたので作った。火の通りが甘かったのだろう。

早朝配信でそれを食べ、私が朝食作りにキッチンへ入ったら開口一番「野菜が固かった」と言われた。ごめんね、と謝ってシンクに行って言葉を失った。シンクの中にビーフシチューが入っていたフライパン、取り皿、スプーン等のカトラリー、そして酒のグラス等が殆ど投げ入れられたようにそこにあった。尚且つ水に浸してもいない。全てビーフシチューの茶色でカピカピになっていた。思わずゲーーーっ!と声が出そうになったが、多分これは嫌味だなと思ったので何も言わず後片付けをした。その間彼は他配信を見て独り言や「フフフ」と不気味な笑いを披露していた。

 火の通りが甘かったのは私が悪い。でも何故自分でチンしたり、温め直したりしないのだろうか。固いなら、別のツマミを選んで(常に9品はストックしておいた)ビーフシチューは食べないという選択肢もある。それを全て平らげて文句だけ言い、これ見よがしにシンクをグチャグチャにし、オマケに後始末は私がして当たり前という態度をとった。

この日も私は例の川に参拝している。

 話しかけても返事だけで会話が全く成立しない。だから料理に関しては、彼が良く食べるかどうかで判断し、余り手を付けないものは残り物として私が食べるようになった。


 この2週間の滞在期間、私は最初の2日は忙しくて食べるのを忘れ、その後は自分のお金でカップ麺などを買って1日1回食べていた。

1日2〜3回、3種のツマミと3食作っていると当然費用もかさむ。滞在させてもらって、お風呂も使わせてもらっているという遠慮から、私は毎日残り物とカップ麺で過ごした。また、出した料理は全部自分のものと捉え、一緒に食べたり、私の食事を心配したり、食べ物を分けるという事を一切しない彼に呆れたのかもしれない。

例の川への参拝は日に日に増える一方だった。



4、  あの日、あの時、あの夜


 さあ、ここからはどんな風に捉えられようと、私の恥など全て捨てて書かなければいけない。

ずっと彼によって歪められてきた(事実なるもの)を、自分の筆で修正したい。


 初めの3〜4日くらいは、1日が終わると私は疲れ果てていた。寝室に向かう私に何故か付いてきては「一緒に寝る?」と聞く彼に、おやすみとだけ言い、不眠症ながらも疲れた身体を布団に横たえた。

 余談になるが、この布団がとてつもなく臭く、枕、布団、シーツに至るまで、すえたような強烈なカビ臭さが漂い、少し横になるだけで私の髪や服に臭いがベッタリ移ってしまう。

他にもタオル、バスタオル、布巾、雑巾に至るまで全て強烈な臭いで、私はすぐに布団を干し、漂白剤を買ってタオル類を洗った。努力も虚しく元の木阿弥…。それでも3回洗って比較的臭いの取れたバスタオルを、私はその家を後にするまで死守した。あの臭いは生涯忘れない。とんだ思い出が増えたもんだ。


ーーーー閑話休題ーーーー


 4、5日目の夜だったと思う。同じようにおやすみと告げて部屋のドアを閉めようとしたら、無言で彼が入ってきた。そして私の布団に横になる。

とうとう来たかーーーと思った。

(一応)彼氏彼女である以上、覚悟はしていた。

しかし約6ヶ月にわたるやり取りの中で、すでに閉経している事、夜の営みが身体的に無理だと思うと彼に伝えていた。

そしてそんなにしたいなら、経験が少なくて下手だけど何とか口で…とも伝えていた。

 私はその夜、まともに会話もできず、心も繋げない人と、やっぱりこーなってしまうのかと残念なやり切れなさを感じた。


 彼が服の上から私の太ももに中指をついた。その指をグラグラ揺らす。…???しか頭になかったが、30秒くらい経つと彼が「俺にもして」とズボンを脱いだ。は?え?俺にも?俺に(も)ってなぁに?と思いながら口に含んだ。

あの布団と同じ臭いが顔にまとわりつく。

数分もしないうちに彼が「下、脱いで」と言う。

ここからが始まりかと思った私はパジャマの下を脱ぐ。(始まり)というのはいわゆる(前戯)のことである。

閉経している女性にとってこの前戯はとても大切で、もちろん閉経してなくても大切で必要な行為だが、私にとってはそれこそ迎え入れるまでにある程度の時間は必要。また心が通じてるとは思えなかったので最重要項目であった。

 彼が自身の膝で私の足を割ってきた。一瞬、えっ?と思ったその瞬間、ものすごい痛みが下半身から頭の先まで貫いた。

ほぼ無意識に痛い!と叫んだ。逃れるように私の頭が布団の上部からゴツンと床に落ちる。

そりゃそうだろう、前戯も何もなしに挿入されて痛くない女など余りいない。そしてもちろん閉経している私の中に彼が入ってくることも難しい。だから、痛い!と叫んでも押し込もうとする。2回目また、痛い!と叫んだ。それでも私の入口付近で無理矢理押し込む。3度目、痛い!と叫んだ。

3回目の殆ど涙目の叫びまでほんの10秒程度。押し込んでる最中に彼は到達し果てた。

 避妊具もしなければ挿入も完了してない状態なので、私の中から布団からそこら中が彼のもので濡れていた。

 「ティッシュを置いといたはずなのにないじゃないか」と少し怒り口調で、彼は隣の自分の部屋にティッシュを取りに行く。自分のものを始末し、そのまま上を向いて彼は寝た。

 私は呆然としながらも続く痛みに耐え、ティッシュに手を伸ばした。彼のイビキが聞こえ始める。

こんな冷たく濡れた布団じゃ眠れない…と私は自分の身体と布団を懸命に拭いた。

痛みと共に涙がポロポロ溢れた。痛い…どうして…痛い…なんで…頭の中はその繰り返し。

拭いても拭いても布団は冷たいままなので、下半身を床に投げ出す格好で彼に背中を向け私は横になった。

 1時間程するとイビキが止み、彼が動く気配がしたので私は眠ったフリをした。彼はそのまま立ち上がり、ドアを閉めて自分の部屋に帰った。


 翌朝、私はお決まりの大根の味噌汁を作りながら、やっぱりどういうことか聞いた方がいいよなと思い、彼が一番シラフの時はいつかなと考えた。

なにしろ朝から晩まで酒を飲んでいる。比較的飲まない日中は寝たり起きたりなので、ちゃんとした話しをする時間帯を選ぶのが難しい。

その時私は僅かながら出血もあったので、話しをするのは必須、そして時間は朝食を終えた後にしようと考えた。

 彼は相変わらず出された食事を1人で黙食し、お代わりは必ず1回、茶碗を差し出すだけ。全て平らげて「ごちそうさま」と呟き、片付けの間は他配信を見ている。

片付けを終えた私は彼の正面のイスに座り、ちょっと聞いていい?昨日なんであんな事したの?と重くならないように何気なく聞いてみた。

一瞬彼はえっ?っという表情をし、次に「あぁ、アレかぁ」と呟いた。

私が、うんと答える間もなく彼の顔が真っ赤になり、突然、本当に突然、大きくその形相が変わった。

なんと伝えればいいのか難しいが、鬼の形相というにはまた違って、こちら側が震え上がるような、コイツ危ねぇ!と逃げ出さなきゃ殺されるような形相だった。そしてガラス窓が震えるような大声で「もうしなきゃいいんだろ!」と怒鳴った。びっくりして私は大いに戸惑い、普通に話したいだけ、どうしてあんな事したのか聞きたいだけだからと、もう懇願するような感じで再度聞いた。彼の怒鳴り声は止まず「だからしないって言ってるだろ!朝っぱらからなんだよ!ゆっくりさせてくれよ!ゆっくりできやしない!俺にだって感情はあるんだよ!」等と繰り返した。

ゆっくりできやしないのは私である。

そして彼には無と怒りの感情しかない。その他の感情は人間になれる配信の中だけである。

彼は勢いに任せてイスを蹴って立ち上がり、また酒を飲もうとした。それはやめようよと言う私に酒はやめたが、ずっと1人怒鳴り騒いでいた。

 早々に自室に戻った彼は、ふて寝でもしていたのであろう。

私はその日から彼のツマミや食事、酒に必要なソーダや氷を自分のお金で1人で買い物に行った。そしてこの日から滞在最終日まで、あの川への涙の参拝が始まったのである。



5、  2度目の夜


 1人で買い物に行く私に、彼からの申し出はあった。

「お金あるの?」と「カード持っていけばよかったのに」この2つ。

こんなクソ田舎くんだりまで来ているんだから多少のお金はある。そしてカードって言ったってクレカではなく、彼が毎回必要な分だけチャージして使うワオンカードである。何で他人のカードを持って私がチャージしなきゃならないんだ。

それなら自分のカードでワォーン!と言わせたい。

彼はその2つの言語だけで現金は絶対出さなかった。

 前日の夜の出来事から、当然私の心は沈んでいる。それにプラスして、この人サイコパスかしら?という恐怖感も新たに生まれた。

1人で買い物に行き、朝から晩まで家事をし、まともな会話はないまま…。私はどうにかして逃げよう帰ろうと思った。

ネカフェを検索し、ホテルを調べ、予約していた帰りの夜行バスも早い便がないかと、毎日何回も確認した。もちろんバレないように…。

 ネカフェはターミナル駅まで行ってそこからタクシー。そこで1週間以上過ごすとなるとかなりのお金がかかる。ホテルはもっとかかる。一番確実でお金のかからないバスはキャンセル待ちをしても空きが出ることはなかった。

 逃げる事も帰る事もできない私は、見猿聞か猿言わ猿従うでご猿の4猿になろうと誓った。3月の終わりにバスは予約できている。それまで大人しく言う事を聞いて、やる事だけやっておけば無事に帰れると自分を励ました。


 彼は最初から話をしなかったのに、私が話さなくなると少しイライラした様子だった。

返事しかなくとも毎日明るく話しかけ、色んな話題を振ったり、配信中も声だけだが笑える話をと努めた私はもういない。

淡々と料理をし、洗濯し、1人で買い物し、ついでに参拝し、バスのキャンセル待ちに血眼になる私しか残ってなかった。

 配信に来ているリスナーさん達も私を知ってる方が多く、近況を聞いてくれたり、そこの生活は楽しいか等と彼そっちのけで絡んでくれる人もいた。冗談めかしてだが、早く帰りたいとか、こんなトコ2度と来ねぇ等と本音を笑いながら話していたので記憶にある方も多いと思う。


 そして2度目の夜が来た。


 その日も彼は、おやすみと言う私の後から部屋に入ってきた。布団に寝転がって黙ってズボンを脱ぐ。ほんの少しだけ口に含んだが嫌悪感が先立ち離れた。「上に乗って」と彼がとんでもない言葉を吐いた。もちろんこの夜も彼は私に指一本触れてない。

従うでご猿と決意はしても、痛みが目に見えてるのでそれはできない。無理、できないと言っても彼は「乗って」と繰り返す。

「無理」「乗って」「無理」「乗って」のやり取りが続く中で、彼の声が次第に大きくなる。

マズい、怖い…と思い、言う通りにした。しかしやはり強烈な痛みで受け入れる事ができない。痛いと言いながら何度も腰を浮かせてしまう私に「じゃあバック」と彼は言い、私は従った。

先っちよだけ入れた彼が「いっちにっさんし…」と10まで数えた。そして独り言のように「最後は正常位だよな」と言ったので私は仰向けになった。

痛みをこらえながら、訳の分からない彼の「いっちにっさんし」を聞いた。正常位は「いっちにっさんし」までで終わってくれた。ティッシュで後始末した後、私はすぐに彼に背中を向けて横になった。彼が「フフフ」と笑った。そしてすぐにイビキが聞こえ、1度目と同じように1時間くらいすると自室に消えていった。

 なんとおぞましい事だろう。「フフフ」と笑った彼は、背中を向けた私の気持ちは分かっていたはずだ。そんな私を見て彼は笑った。

侮辱、屈辱、痛み、辛さ、恐怖…。その感情だけを、彼は私に押し付け続けるサイコパスだと感じた。


 翌朝トイレに行くと1度目よりはるかに多く出血していた。トイレから出ると彼がいたので、出血してると伝えると「ふーん」と言って、私の顔も見ずに通り過ぎた。

その時の私の気持ちは到底言葉にできるものではない。コクンコクンと涙を飲み込むように全てを押し殺し、私はまたキッチンに立った。

 次の日私は熱を出した。今思えば、これが後の敗血症に繋がるちょっとした前兆だったのかもしれない。


 私は手首、指、肘の関節が悪く、本来なら包丁を持ったりできない。今回の滞在期間中だけ関節がもってくれれば…と思っていた。でも一日中キッチンにいて包丁は使いっぱなし。関節はすでに悲鳴を上げており、腫れと熱感、痛みが出始めていた。

そのせいで熱が出たと思い込み、ドラッグストアに行って大量の湿布と解熱剤を買い込み、一日の終わりに指先から肘、そして元から悪い膝を全て湿布で埋めつくした。彼はそんな私を見て「嫌味かと思った」と言った。嫌味に金を使うほど私はバカじゃない。バカはお前だ。彼はドラッグストアに行くと言う私に「米を買ってきてくれ」と言う。銘柄やキロ数まで決まっていて「俺、ちょっと米にはうるさいんだよね」と珍しく口を開いたが財布は開かなかった。

バカはお前だ。


 昼間少し部屋で休ませてもらった。

身体を横たえながら、彼の家の近所を検索すると、ドラッグストアの隣に居酒屋があった。

身体もそうだがメンタルも悲鳴を上げ続けていたので、熱の様子を見てそこへ行こうと思った。本当は彼にも一緒に行くと言って欲しかった。しかし居酒屋に行くと言う私に「そ、お金あるの?」と言った彼は大バカだ。

 ほぼ軟禁状態だった家を出て、久しぶりに居酒屋に行く。取り敢えずのビールを飲んだ瞬間、何故かどっと疲れが出た。オマケに涙まで出そうになった。

いかに気を遣っていたか、いかに気を張っていたか、そしていかに怖い毎日なのかを痛感した。

あー、もうこのまま帰りたくない。思う存分飲んで食べて、どこか安宿で安心してゆっくり眠りてぇ〜と心の底から思った。しかしそうも言ってられない。その時の私の考えはただ1つ。

どうにか普通に(形だけでも)円満に帰れないだろうか。それに尽きる。

 彼は配信者である。私がこうして軟禁状態から解放されている最中も(彼女が1人で居酒屋に行っちゃった)等と配信している。

全くもってコイツは私をネタにする以外に話す事はないのか。……ないのだ。

そんな配信中毒者を相手に、(形だけでも)円満に帰らなければ後々何を言われるか分からない。

その居酒屋で生まれて初めて食べた(牛すじの煮込み)がめちゃくちゃ美味しかった。それを3人前、持ち帰りをお願いした。そして早々に居酒屋を後にする。


 彼の家が近づくにつれ、何度も深呼吸した。心の中は暗かったが、元気良くただいまぁ〜!と言い自分のテンションを上げていった。酔っ払ったフリをして彼に、楽しかった〜、これ美味しいから一緒に食べようと明るく話す。

一瞬戸惑ったかに見えた彼だが、酒と一緒にすんなり食べ始めた。

私はテンションを上げまくったまま、1人で話しまくり、笑いまくり、その夜気絶したように眠った。



6、  帰宅→入院→そして敗血症へ


 深夜バスのキャンセルが出ないまま、元々予約していた最後の夜を迎えた。

彼は100円ちょっとだったという、3本入りの竹輪を土産に持たせてくれた。

松葉杖で荷物を全部持ちきれなかった私は、洋服を預かってもらえる事を確認し洗濯機の中に入れた。

彼はいつも通り酔っており、家を出るまでテーブルで向かい合っていたが話はない。お疲れ様も、ありがとうも、身体の状態を聞いてくる訳でもない。ただただ彼は無言。お返しに私も無言。

 最寄り駅まで2分。私の足だと10分は超える。

気が急いていたから、電車の時間までまだ30分もあった。交通費は全部出すと言った彼には切符を買う優しさもない。あと30分もあるのに「またね」と声をかけられ、背中を向けたまま片手だけ上げる私。


ー余談ー

 夜行バスはこの最寄り駅から10分ほど電車に揺られた、大きなターミナル駅から更に徒歩で(私の足で)15分ほど歩いた場所に乗り場がある。

「帰りはもちろんバス乗り場まで送るよ」と言っていたのに、2〜3日前急に配信の中で「送らないよ〜」と発言し、リスナーさんからブーイングを受けていた。冗談かと思い配信後聞き直すと「1人で大丈夫だよね」と言われた。

それから慌てて電車の時間やバス停の位置を調べ、分かりにくい場所だったので彼にも教えてもらった。


ー閑話休題ー


 彼は「またね」と言うと、とっとと帰って寝ていたようだ。

私はというと、彼に教えてもらった通りに歩いてたら迷った。

事故処理かなにかで警察官が沢山いたので道を聞くと、全然違うよと途中まで送ってくれた。私の足を気遣い、優しく話をしながら送ってくれたのは遠い土地の見知らぬ警察官。また1つ深い思い出が増えた。

 バスは到着していた。

あんなに余裕を持って家を出たのに、発車3分前にギリギリ間に合った。

汗だくの中バスに座り、この日初めての食事。コンビニのおにぎりを頬張る。なんてうめぇんだろうと感動しながら、そして安心の涙を流しながら私は少し眠った。

 そしてバス降車後、電車を乗り継ぎ、最寄り駅からタクシーでやっと自宅に帰る事ができた。


 次の日、大きな病院の婦人科に行った。

あの夜から出血は続いており、痛みもある。

冒頭のような診断を受け、1度帰り荷物をまとめて入院。止血剤と抗生剤を点滴した。

翌日の夜に私は意識がなくなった。

なのでここからは私に付き添い続けてくれた友人2人に後日聞いた話になる。


 友人のうち1人は元ダンナだ。婚姻中はDVに悩まされそして離婚したが、それを除けば元ダンナは、社会的にもかなり自立しており、それ相応の対処もできる人だ(外面が良いとも言う)。

身寄りのない私は、いつも財布に臓器提供カードを入れており、それと一緒に(万が一の時はこちらに…)と元ダンナの電話番号をメモして入れておいた。

 翌日早朝、元ダンナに一報が入る。元ダンナは近所に住む私の親友に連絡して2人で病院に来た。そこで私が敗血症だということ、敗血症性ショック状態だということ、婦人科の手術を控えていたことを聞かされる。

2人は相当びっくりしたようだ。そりゃそうだろう。足は悪いが元気に酒を飲み、一人暮らしをしていたはずの私が、何故なんの連絡もなく入院し、手術しようとしていたのか。2人にとってはまさに青天の霹靂だったろうと思う。

 そこから医者や看護師さんと話し、家族と同等程度と病院側から認められたという。

 私の手元には一冊のノートがある。

付き添い続けてくれた2人が交代で病院に来るので、医者から言われたこと、私の状態を書き留め交換日記のようになっている。しかしこの時期の日付けはまだない。

 私はICUに運ばれた。一体全体なにが起きたんだろうと、親友は私が預けておいた合鍵で私の家に入り、そこで旅帰りの大量の荷物とスマホのロック解除番号のメモ、加えて私が毎正月に必ず書き直していた終活ノートを見つける。

 そんなバタバタした中、私の1度目の手術が決まる。菌が体内に入った原因である膣口の手術だ。

医者からは、40度を超える発熱がある事、血圧が少し下がっている事、呼吸が荒い事を告げられる。

本来なら簡単な手術であるのに敗血症性ショック状態であるため、手術中に死亡することもある非常に危険な状態であった。

手術同意書にサインする時友人は、手が震えて涙で目も見えなくて、なかなかサインできなかったと言っていた。

そして私が友人等に一番迷惑をかけたと心から悔いる問題が医者から提起される。


ー延命措置はどうしますか?ー


 友人が聞いた話だと、手術中に何かあった場合、医者はどうしても心肺蘇生を行い、人工呼吸器を装着してしまうそうだ。心肺蘇生は時間に限りがある為まだいいとして、人工呼吸器は脳死までいかないと外す機会の見極めがなかなか難しいらしい。

私は前述の友人が見つけた終活ノートに、延命措置は望まないと書いていた。

人工呼吸器を装着すれば大丈夫かもしれないと思う友人と、自分の為だけに終活ノートを書いてしまった私。

私は血縁関係でもない友人2人に命の選択を迫ってしまった。

…結果として友人等は私の意志を尊重し、希望しないという欄にサインしてくれた。

 私は後にこの時の友人等の気持ちをとことん考えた。人の命を選択することなど私にはできない。なんて酷なことを2人にさせてしまったんだろう。身寄りがなく一人暮らしなのだから、終活ノートを書くならば、もっと様々なシーンを考慮し、考え尽くして書くべきだった。

退院後、私は最初にこの終活ノートを破って捨てた。


 手術は成功した。でも意識はないまま危険な状態が続く。血圧が下がり続け、ついに友人は医者から、今夜から明日にかけて厳しいと告げられる。女友達と元ダンナ2人がICUに入っていいとなった。そこで既に私のスマホを解除し、LINEを見ていた友人は、仲の良い人の声を少しでいいから聞かせてあげたいとお願いする。スマホ等の機器は持ち込み禁止だ。どうやってお願いしたのか分からないが、看護師さん立ち会いの元、数人に電話をかけ声を聞かせてくれたようだ。そして最後に能面の人。LINEのやり取りから配信サイトを特定し、見てみたら配信していたらしい。

何かあった事はバレてても、恋愛中のケンカかなと思っていた友人等は、いつもの配信を聞かせてやろうと思ったと言う。

それぞれのスマホでアカウントを作り彼の枠に行く。

彼は泣き配信をしていた。

ICUに友人が入る前に、私の仕事関係者、友達に、危ないらしいと一斉送信でLINEやメールを送ってくれていた。当然彼にもそのLINEは送信されている。その上での泣き配信だった。


 この彼の配信には後日談がある。

退院後、この時の配信の話を聞いた時、何かが引っ掛かった。友人も言っていたが、彼女が危ないとLINEが来て返信もせず、普通配信するかと。私もそこに違和感があった。

その後分かった事だが、彼はリスナー仲間に「彼女が危篤なんだ」とLINEした。何があったのかと聞くお仲間さんに彼は「これから配信する」とだけ返信し、そして配信を始めたのだ。

この一件が分かった時、私はひどくショックを受けた。そして人生であり得ないくらいの憤りを感じた。

完全に私の命をネタにしている。今でも信じられないくらいだが、どうしたらそんな心境になれるのか…。常軌を逸した思考であり、人間の心を持っているとは到底思えなかった。


兎にも角にも私は翌日の午後に血圧も上がり危機を脱する。そして数日後、大部屋に移れた。そこで意識が少し戻り、彼にLINEしたり、電話をかけたようだが全く記憶にない。

 大部屋に移ったのも束の間、数日でまたICUに運ばれる。手元にあるノートにはこの日からの記載があった。

 再び意識を失くした私は、時折目を開けたりしていたようだ。

しかし医者からは抗生剤が効かない、既に菌は全身に回っており、特に腎臓の一部が壊死し始めているので切除手術する必要もあると。

 2度目の手術。しかも臓器の切除で全身麻酔。否応なく装着される人工呼吸器。それでも友人等は同意書にサインしてくれた。「ごめんけど、逃げたい」「スピードが速すぎて気持ちが追いつかない」とノートには書いてある。申し訳ない気持ちでいっぱいだ…。


 本当に奇跡だが、私はその試練をも乗り越えた。いや、奇跡と言ってはいけない。

 一体、何種類使ったんだと思わず医者がこぼす程の薬。その薬を諦めずに使い続けてくれた医者。友人等に寄り添ってくれた看護師さん達。意識のない私に、頑張れ!待ってるよ!とLINEやメールを送り続けてくれた友人達。そしてずっとずっと付き添ってくれ、命の選択までさせてしまった女友達と元ダンナ。彼等がこの命を引き上げてくれたと思っている。

 ICU→準ICU→個室→大部屋と、その後は順調に回復し、もう季節も変わった新緑の5月末、私は退院した。



7、  能面と彼女と元ダンナ


 お世話になった女友達は高校の同級生だ。彼女は割と気が強く、泣いたところなんて見たことがない。

 LINEを読み返してみると、そんな彼女が段々と能面に噛み付いていく箇所がある。

丁度、彼の配信、私の命ネタ枠が終わった頃じゃないかと思う。

彼女は、コイツやっぱり怪しいと思い、何があったのか結構ズバズバと能面に聞いている。その時その場にいなかった私には、細部の時間的経過や感情などは分かりかねる。LINEを読む限り、能面の返信はどこか的を得ない言葉ばかりで、自分を守ろうと必死という印象を受ける。

 誰も何も聞いていないのに「私は性病ではありません」といきなり能面が宣言した箇所はウケる。それに対して「こっち(私)だって性病なんかありません!」と彼女が反論するところは申し訳ないが何度読んでも笑ってしまう。

 そんな彼女は私の治療の為に、少しでも情報が欲しいという一心で能面に色々と聞いていた。

そこに元ダンナが加わる。

 元ダンナは前述したように外面が良い。しかしどこか冷徹というか冷静沈着で事務的。悪く言うと面倒なことには関わり合いたくないという性格。その元ダンナが、能面と彼女の激しいやり取りにピシャリ!と幕を閉じる。

 私が1度目の大部屋に戻った際、覚えていないが能面とやり取りした事は前述した。

その時のやり取りを見て不快感を覚えたらしい。

「大丈夫?」「ごめんね」の言葉もなく、言い訳に徹する能面に、私が再度ICUに入った後、元ダンナは「(言葉をかけるなら)もっと励ましてやってもらえませんか」とLINEしている。

能面の返信が面白い。

「すみません、目視してないので分かりませんでした」ときたもんだ。

 私は危ない状態から脱したばかり。しかもまだ入院中だ。目視しなくても想像すれば身体がキツい事くらいは容易に分かる。それとも大部屋に戻ったら、もう元気で健康とでも思ったのだろうか。

 その能面の返信の後、元ダンナは「もう連絡しません」と丁重かつ厳しく一線を引いている。

その後能面からは何の連絡もない。


 私は約1ヶ月後に目覚めてから全く身体が動かず、体重は16キロ減っていた。

リハビリはベッドを45度に上げるところから始まり、最初は赤子のように首は座らず身体がグニャリと倒れる。支えられても頭がクラクラし、生まれて初めて重力の偉大さを感じた。手が動くようになっても腕はなかなか上がらない。腕が持ち上がるようになっても、ヨーグルト用のプラスティックのスプーンすら重くて持てない。

 そんな状態から少しずつ負荷をかけ、車椅子に乗れるようになり、リハビリ室まで通えるようになった。なんとか日常生活の最低限の動きだけでもという目標を持って、毎日せっせと身体を動かした。

正直、意識のなかった私は、このリハビリが一番堪えた。



8、  方法は何故それだけ?


 私は退院してから1ヶ月近く、日中は親友の家にお世話になった。家には寝るためだけに帰り、朝は彼女が車で迎えに来てくれる。

 料理やお風呂もまだまだ一人暮らしでは難しかった。食事は、減ってしまった体重を入院中に取り戻すという離れ業をやってのけた私だが、立ってる事自体がまだしんどい。

彼女の家で退院後初めて、大好きな湯船に浸からせてもらったが、湯船の水圧に耐えきれず、顔面蒼白で引きずり出されたりした。彼女と彼女の旦那様と2人の子供達に汚い私の裸体をさらしてしまった…。非常に遺憾に思う。


 親友とは少しずつだが能面の家であった事、私の気持ちを話した。もちろん親友は怒り心頭のご様子。

「あんた命かけたんだからね!医療費の半分はもらいなよ!」この(命かけたんだからね!)は、実は今でも親友に言われ続けている。

 お恥ずかしい話だが、私はその年医療費貧乏で、約10ヶ月間生活保護を受けた。1月から10月に保護から抜け出すまで医療費は無料。しかし病院側から、用意して下さいと言われる物も多く

とにかく雑費がかかる。計算したら30万円くらい、元ダンナが支払ってくれていた。生活保護がなかったら、高額医療を使っても150万円の計算だったから本当に有り難い制度だった。

 でも親友と元ダンナのガソリン代や、会社を休んで付き添ってくれた保障はそこに入ってない。渡せていないので、少しずつ返していくつもりだ。

 私は能面に、

①、私の私物を送り返すこと

②、私が払った能面の食費等+αで5万円の返金

③、正式な謝罪

この3つをお願いした。

 先程も書いたように、実は能面の家にいた時、私は生活保護受給者だった。もちろん能面にも事前に話してある。

知っているのに数万円もの食費を出させ、米まで買わせて知らん顔はないだろう。

 LINEで能面に3つの事を伝えた。相変わらず言い訳ばかりで、そのうち既読も付かなくなった。

仕方ないので能面の配信に行った。能面はリスナーさん達に「こんな要求が来た」と相変わらず私をネタにし怒っていた。きっと私のリハビリ中もグチグチ言ってたのかなと思うと、本当に哀しかった。…と共に無責任さを感じた。入院中、友人等とのやり取りでは「責任は取ります」「逃げも隠れもしません」と書いてあったのに、なんという逃げっぷりの良さ!

そのうち「訴えてみろよ、民事にもなりゃしねぇのに、やれるならやってみろ!」と怒鳴っているのを聞いた。

何故訴えるのか。方法ってそれしかないのか。

能面の心の中には、まず私としっかり対峙し、話し合って、お互いの落としどころを見つけるという初歩的な考えはないのだろうか。

……ないんです。

シラフで対面して話す事ができないんです。


 仕方ないので閲覧の少ない時を見計らって、前述の3つの事をコメントした。

酒でもまた飲んでいたのだろう。いきなり怒鳴り始め「あのLINEはなんだよ!どういうつもりだよ!」と言い放つ。

オマエがどういうつもりだよ!とコメントしそうになった。

能面は何故か手元にあった札束(200万円くらい)をバシバシ叩きながら「金なんかいくらでも払ってやるよ!服も返してやるよ!取りに来たら返してやるからよ、欲しいんだろ、取りに来いよ!」と狂ったように怒鳴り散らした。

 私の心は不思議ととても冷静で、その札束が本人のお金ではないとすぐに気づいた。多分施設にいらっしゃる親御さんの代わりに、税金でも支払う為の親のお金だろうと。

 一緒に聞いていた親友は激昂し、「弁護士いるから頼んでみる。あんたは診断書と他の証拠を全部集めて被害届を出しに警察へ行け」と言った。裁判になれば別だが、被害届は近所の警察でも提出できる。親友は続けて言った。大体以下のことだ。あんたは自分で軽はずみな事をしたと反省してるけど、コイツのやった事は重大な事だよ。民事・刑事両方できるんだよ。私物の返却や能面の食費なんかは入院しなくても返して然るべきものでしょ。能面はね、あんたが生活保護受給者だと知っててお金を使わせ、朝から晩まで働かせて、その上でケガさせたんだよ。もう暴力だよ。あんた分かってんのぉぉぉー!と。


 能面にも親友にも怒鳴られちゃったよテヘッ!とか思いつつ、彼女の気持ちに感謝し、もう少し動けるようになったらやってみようかなと思った。



9、  能面のウソ


 その後、結局私は1度提出し、なんと受理された被害届を取り下げた。

彼女の紹介してくれた弁護士さんも「全然刑事でオッケーっすよ〜」と言って下さったが、やめた。

 体調に不安が残り、後遺症として記憶障害と筋力低下がある。普通の生活に戻れるのか、ただそれしか考えられなくなっていた。

加えて、病院の1ヶ月検診でPTSDとの新たな診断も増えてしまい、生活面、メンタルがボロボロだった。PTSDは能面との生活、特に2度に渡る夜と恫喝によるものだった。症状の詳細は省くが、ただただ一日も早く忘れたい。その一言に尽きる。

それには被害届などに触れてる事はできない。親友は被害届を取り下げた事に怒っていて、その後も何度か考え直すように諭された。


 その頃能面の配信では、私の悪口、誹謗中傷、嘘が毎日のように話されていた。

私が一日も早く忘れたいと、能面をブロックするまでまでたまに枠を覗いた。

それは単に能面がLINEのやり取りに応じてくれなかったからであり、隙あれば枠で交渉するしかないとの思いからだった。

 悪口や嘘、誹謗中傷は大まかに次の通りである。

①、私が勝手に相手の家に行った

②、能面自身がブロックした人は私のヤキモチに        よるものである

③、結果として敗血症になっただけで自分は関係ない

④、口でするのが下手くそ

⑤、臭かった

⑥、(営みを)しなきゃよかった

……その他諸々。


 当たっているのは④だけである…。

臭かったのは布団とお前様です。

しなきゃ良かった?誰がしていいと言ったんだ。しかもほぼ無理矢理だろうが。

結果として敗血症?どこまでおバカなのでしょうか。結果には原因があることをお忘れでしょうか。考えろ、原因を。原因をな!

①については言葉もない。足の悪い私が自分で家を調べ、バスを予約し、14時間もかけて行くはずがない。往復バスの支払いは能面だ。これをどう説明するのか聞きたいもんである。

②については能面の必死さが伺えて痛すぎる。

能面は今まで事あるごとに酔っ払ってブロックしてきた。「ガチ恋勢のコメントがウザい」「ブロックしちゃおうかな〜」と言う度に私は、あなたの枠なんだからあなたが決めればいいと言ってきた。その前に配信の話はやめてくれと散々言ったじゃないか。どの口がそんな事言えるんだ。

私が能面の家から帰った後、能面の配信はリスナーさんが減った。自分でブロックした方々に「彼女のヤキモチで仕方なくブロックした」と伝え、戻ってきてもらっていた。痛い…痛すぎる…。

能面個人を考えれば、そこまでして何が欲しいんだと思う。私自身を見れば、責任を押し付けられたと感じる。自分でブロックしておいて、リスナーが減ったら私の責任にして嘘をつき、戻ってきてもらう。心底みっともない男である。


 能面はいつだって自分を守る事で精一杯なんだと知った。

自分を守るためなら他人に責任も押し付けるし、平気でウソもつくし、人を傷つける。そして責任を取らずに逃げ回る。

 私が自分自身バカだったと今でも反省に反省を重ねるのは、思い返せばそんな様子がちらほら思い当たるからだ。なのに私はそこに目をつむり、忘れてしまっていた。

 能面の家で起きたあの2夜、全てはそこから始まった。責任の半分は自分にあると、大人らしい対応をしようと思ってきた。

せっかく命を助けてもらったのだから、沢山の迷惑や心配をかけてしまったのだから、自分で取れる責任はちゃんと取っていこうと。

でも、2人で起こしてしまった問題なのに、対応を話し合うことも、何もかも、本当に何一つできなかった。

そして自分自身を守るためだけのウソをつき、命をかけた私に背を向けた能面。もう一度言っておく。私は能面から、正式な謝罪はおろか「大丈夫?」等の言葉をもらった事は1度もない。

預けた洋服(友人からもらった)も、使ったお金も返してもらえず、ただ侮辱されている。それが今の私だ。



10、  後書き


 能面は一体何を求めていたのだろう。

能面には能面の言い分があるだろうし、感情もそりゃ色々あるだろう。

でも2人でいる時に何も話さず、その気持ちを分かってもらって当然という考えは違う。

言葉にしてディスカッションを重ねて初めてお互いに寄り添えるんじゃないかと私は思う。

私の外見が、能面の好みでないことは分かっていた。それを配信でからかっている事も知っている。寄り添う気がないのなら、料理を作らせたり、身体的に無理な自己満足を私に押し付けるべきではなかった。

 客としての最低限のもてなしも受けてない。

スーパーとドラッグストアだけ教えられ、そこへの往復とキッチンに立ち続けるだけの毎日。

普通の会話や「遠いトコ来てくれてありがとう」「料理を作ってくれてありがとう」その一言が客に対する最低限のもてなしだと思うのは私の贅沢なのだろうか。

 勝手に家に押しかけて、好き勝手に動き、敗血症も自業自得、不当な請求をする女。彼のウソによって一部のリスナーさんは私をそう見ている。

本当にそうですか?

 彼女ができたとあちこちの枠で触れ周り、家に来てくれると枠で喜び、料理を自慢していた自分を振り返ってみて欲しい。

リスナーさん達が思ってるようなただの痴話喧嘩とは違う。恫喝、イスを投げる、暴れる、無視、無関心、弱みに付け込んだ労働。その恐怖感の中で私は萎縮し、半ば故意的に身体を傷付けられた。

それが本当の事実だ。


 敗血症の後遺症は案外ひどく、退院から1年半経って、私は今また入院している。

心臓、肺、腎臓、肝臓の働きが悪くなってるためだ。

 能面の配信には相互ブロックなのでもう久しく行ってない。

忘れたい忘れたいと強く願う一方で、たまにふと思い出し憤りを感じる。それが今の正直な気持ちかもしれない。

忘れたいなら何で書いたんだと言われそうだが、自分の命が、自分で思う以上に短いのではないかと、今回の入院で気付かされた。

もし万が一の事があったら、友人がスマホのロックを解除し、ここを開いてくれるだろう。

沢山の迷惑、心配、涙、金銭的負担、体力的限界を超えて私の命を救ってくれた友人。能面との始末の付け方で不快感を与えてしまった事もあり、その後は何となく本音を話す事もできなかった。

最初から最後までの(事実)を、友人には知ってもらいたくて書いた。


 私に万が一の事があったら、能面はどうするんだろうと考える。

目の上のたんこぶがいなくなってホッとするだろうか。それともまたウソをつき、私をネタに配信するだろうか。

 私は生まれて初めて人を強く憎み、その憎しみを持ったまま闇に消えるかもしれない。

でも、待ちたい。時間の許す限り、憎しみも何もかも全て忘れてしまう時を待ちたい。

何故なら、闇にいるのは能面だと思うから。


 人との付き合い方を学べず、自分を守る事だけを考え、人から何かしてもらう事を当たり前と捉え、そして最後は他責に寄りかかり逃げる。

能面のいる場所は、過去も未来も闇だろう。

明けない夜はないと言うが、明けてしまえば能面の常識は通用しない。だからお酒を飲み、一方的に自分の常識でやっていける配信に逃げるのだろう。嫌な奴はブロックすればいい。気に入らなければ怒鳴ればいい。自分中心で自己満足で自己完結までが好きなようにできる。一般常識を装った一般人に紛れ込める唯一の方法だ。だが闇でしかない。

能面はその闇の中に姿見を1つ置き、わずかな反射で自分自身を眺めているにすぎないのだ。

自分や他人に甘える度に、また1つ闇へと逃げる。他人に責任をなすりつけ、自己安泰を主張する度に闇は深くなる。

実は逃げてるだけということ、闇が深くなってる事に、能面はきっと死ぬまで気付けない。そしていつか配信を通してだけでなく、リアルでも本当の闇にことごとく溺れるだろう。


 私は逃げない。生かされた命を精一杯生きていきたい。

入院中にこの下書きを認めたが、スマホにアップするまで、死ぬなよ、まだだぞ、まだ生きてくれと何度も祈った。命を前にした一個人の力は、思うより遥かに弱い。

能面のように、自分の意見が通らなければすぐに「死ぬ」という弱さとは全く違う。

弱いけど、だからこそ強くなれる、そんな弱さだ。



 いつしか気付かずに踏み出したその一歩が闇に触れた時、人はその殆どが気付く。

ーこの先に行ってはいけないー

そう気付くだろう。

若しくは周囲の仲間たちに気付かされて、道を確かめる事ができるだろう。

能面には自分と甘えしか見えてない。教えてくれる仲間もいない。

色付いた景色や移り変わる季節、通り過ぎていく人々など、闇の中には存在しない。

哀れで不憫で可哀想なのかもしれない。

それでも能面は今日もまた一歩、深い闇に逃げるだろう。

闇の先には闇しかないと気付かぬまま

誰も見てない哀れなピエロのように、孤独な心を着飾って…



           取り敢えずー完ー

 


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