第4話 コミュニティ
ピピッ、ピピッ
アラームで目を覚ましてスマホを見ると、午前9時15分。
「まずい、遅刻する!!!」
慌ててベットから飛び起きて、顔を洗いに行く。
今日は土曜日。
深川さんと飲んで以来初めて迎えた休日である。
そう、凛はあの後すぐに予定を入れていた。
————
“コミュニティ キャリア相談” 検索
ヒット147件
絞り込み検索:日付、ハッシュタグ、クチコミ….
絞り込み検索結果:25件。
「お、これは?」
“20代のキャリア迷子へ お友達作り交流会”
ワードに惹かれたのでクリックしてみる。
“20代、今の職場でなんとかやれてるけどこのままずっとここにいるのは嫌だな…。でもどんな仕事があるのかわからないし、失敗したくない。”
“そんなあなたに!この交流会は、同じ気持ちを持つ者同士、悩みや現状を共有してヒントを得る会になればと考えています。主催者である私も、キャリアにずっと悩み続けていました………….”
「これ行ってみようかな。レビューも良さそうだし、説明丁寧だし。」
「よし、いいよね!申込っと」
“申込を受付ました。当日は11時30分までにお越しください。”
————
「えっ!!?やばい!!」
「準備してる時間がなーーーーいーーーー」
8時半のアラームで起きず45分間もスヌーズしていたんだからそりゃそうだ。
とりあえず開けかけの食パンにチーズを乗せてレンチンする。
せっかくだからしっかりメイクをしていこうと思っていたけど、そんな暇はなさそうだ。
いつも会社に行く時の5分メイクにほんの少しまつ毛メイクだけ加えた15分メイクで妥協する。
「よし、ダッシュすれば間に合う!」
家を飛び出して駅まで走る。
11:29分。コミュニティの開催会場に凛はなんとか間に合った。
“ここで合ってるよね…?”
集合場所と書かれていた珈琲店は、知っていなければ見逃してしまうような、一般の古民家みたいな佇まいだった。こじんまりとしていて、常連しか来なそうな...。ちょっと入りづらい。
「こんにちは…」
珈琲店の扉を恐る恐る開けると、奥の6人席に4〜5人の男女が座っているらしい様子が見えた。
こちらの視線に気づいたのか、そのうちの一人が立ち上がってこちらへ歩いてくる。
「初めまして、お友達交流会ですよね。私は主催をしております、米山です。よろしくお願いします。」
米山さんと名乗るその人物は、紺色のニットにチャコールグレーのストレートパンツ、丸メガネをかけていて、シンプルできちんとした感じのする風貌だ。挨拶からしても、丁寧で優しそうな印象を受けた。ひとまずはちゃらんぽらんなコミュニティではなさそうと見える。
「は、初めまして!高水凛です。」
緊張で声がうわずり気味の凛に米山さんはふっと微笑み、先ほど見えた6人席に案内してくれた。
「揃ったので始めましょうか。今回初参加の方が多いので、改めて自己紹介からが良さそうですね。
皆さん緊張なさるかと思うので、言い出しっぺの僕から」
ガチガチに固まっている凛に気を遣ったのか、米山さんはそう言って自己紹介をスタートさせた。
「僕はこのキャリア交流会の主催をしています、米山と言います。僕は20代じゃないです、すみません笑」「普段はフリーで撮影関連の仕事をしているんですが、そんなに働きたくない人なのでゆるりとやってます。今日は集まってくれて本当に嬉しいし、みんなの話聞いてみたいと思ってます。よろしくお願いします。」
優しい人なんだろうなという印象を受けた。この会を開いたきっかけとか、普段どんな風に活動しているとか、色々聞いてみたい。
「じゃあ次、お願いします。時計回りでいきましょうか。」
米山さんが促すと、参加者が続いて自己紹介を始めた。
「初めまして、篠原です。26歳です!その辺のサラリーマンなんですけど、趣味でテニスやってます。初参加なんですが、みなさんと色々話せたら嬉しいです!よろしくお願いします。」
「三田と言います。今回2回目の参加で、23歳です。大学院なので、就職はまだです。やりたいこととかなくて、周りにもそんなに友達が多いわけじゃないので、ぼんやり悩んでたところにこの会を見つけて参加してみたのがきっかけです。よろしくお願いします。」
「成海です。フリーランスです。動画とか、SNS系の制作代行とかしてます。よろしくお願いします。」
「高水です。25歳で、広告代理店でSNS運用代行がメインです。トレンドの仕事には就けたんですけど、なんていうか、なんかこのままじゃモチベがないなとか色々悩み出してます。皆さんとお話しできたら嬉しいです。よろしくお願いします。」
自己紹介の話し方やボリュームだけでも随分と人柄が出るものなんだなと改めて感じる。
篠原さんはハキハキした女性でシゴデキな雰囲気が漂っているし、三田さんは人見知りなのか伏せ目がちだが、やわらかい感じのする男性だ。成海さんは淡白な印象を受けるが、フリーランスと言っていたので話してみたい。
一巡して、米山さんが舵をとる。
「自己紹介ありがとうございます。実は今日の交流会、特にタイムテーブルとかテーマとかを決めていたわけじゃないんです。すみませんね笑」
苦笑しながら続ける米山さんだが、意図があるんだろうなということをその場にいた全員がなんとなく理解している様子だ。
「今回来てくれた皆さんの悩みとか近況とかを踏まえての相談会にしたいなって思ってたんです。悩みがあって聞いてみたいってことでもいいし、自己紹介から気になったことを質問するとかでもOK。後出しも全然構わないし、頑張って間を繋ごうとかもしなくて大丈夫ですよ、僕が様子見て口挟むんで。」
「それじゃあどうぞ〜」
米山さんの心配りは素晴らしい。初めての空間で初めてのコミュニティ、ガチガチに緊張していたのにスルッと解けていく。
「じゃあ私からいいですか〜?」
最初に話し始めたのは篠原さんだ。
「米山さんって、なんでこの会を始めようと思ったんですか?」
「僕への質問かあ、ありがとうございます!ちょっと長くなりますが...話しますね。」
「今はゆるゆると撮影関連やってるって話したと思うんですが、実はこの業界、結構縦社会でしんどかったんですよね。なんとなく写真やりたいなあっていうのがあって、専門学校行ってそっから弟子入りしてみたいな感じで生きてたんですけど、自分の思う写真のあり方とか、編集の方向性とは違ったり、それでも先輩に合わせて付き合いで色々頑張りすぎないとやっていけないみたいなことが多くて。自分らしさなんてものはなくて、気づいたら人間関係も仕事も全てがしんどくなってました。
それで一旦全て真っ白にした時期があって、というか心身が持たなくて家に閉じこもりまして。
1年くらいですかね、その間ずっと、自分はどんな風に生きていきたいのか、どんな考えを持った人間なのか、考えてました。そのときに、僕はどんな生き方があるかとか、どんな仕事をどんな思いでやりたいとか、そんなことをちゃんと考えてこなかったし、そうできる環境も作れていなかったなって思ったんです。もっとこんな生き方があるよとか、今の自分で大丈夫なんだとか、そうやって話し合ったり確かめ合えたりする仲間がいる環境を作りたい。それで自分の思いを大切に毎日を生きられる人たちが増えたらいいなって。ちょっとふわっとしていると思いますが、それで僕はこのコミュニティを作りました。
写真関連以外やってきてないので集客もわからないし、ビジネスなんて得意ではないので、ゆるい社会人サークルみたいな感じですが。でもその方が来てくれる人もビジネス臭がしなくてリア友感あるし安心できるとも聞くので、小規模ですけど今はこんな感じでいいかなって思ってます。」
すごい。こんな考え方を持っているのは素敵だなと思う。私も自分の人生、本気で向き合わなきゃ。
「すごい...。めちゃくちゃ深いし熱いお気持ちがあってのことだったんですね。知らずに軽い気持ちで来てしまいましたが、そんな思いで作られた場に自分が参加できたことが嬉しいです。」
篠原さんも感動した様子でそう答えていた。私も続く。
「本当に同感です!こういう交流会ってビジネスっぽいのは勧誘とか怖いし、なかなか社会人になってからまず友達なんて増える機会ないので新しいとこ行くの怖いし...って思ってたけど、来てよかったです!」
「高水さんは、どうしてこの会に?」
「私も篠原さんと同じ会社員なんですけど、なんかその、今の仕事にモチベが湧かないっていうか、自分で何かやってみたいなっていう気持ちだけあるけど、どうしていいかわかんないみたいな。それで、同じくらいの歳の方はどんな思いを抱えてるのかなとか知りたくなって。米山さんのお話の後だと余計にふわっとして聞こえちゃいますね笑」
「そんなことないですよ〜!私もほんとに同じです!
大学の時、どんな仕事があるとかあんまり調べずにとりあえず大手ならいいよ〜って思ってたら今この状態笑。仕事には慣れたけど、やりがいがあるかって言ったらそんなことないし、趣味でやってるテニスの方が楽しくて、未経験で入ってくる子に教えたりとかが最近は楽しくなっちゃってます。」
「テニスの先生はアリでは!?」
「いっそテニスの先生やろうかな〜なんて考えたことあるんですけど、未経験転職も怖くて...」
「そうですよね〜、私も未経験で異業種なんて怖いです。」
「皆さんちゃんと今の仕事に向き合ってて素敵です。社会人やってるだけでも僕からしたら大尊敬ですけど、仕事を続ける中で色々悩む節が出てくるものなんですね。」
三田さんが話に入ってきてくれた。
「三田さんこそまだ大学院なのに積極的で素敵だよ〜!私なんて何にも考えてなくて今こうなってる!笑」
篠原さんは本当に明るい笑
みんないい人たちだなあ。
同じような悩みを持っていることに、自分だけじゃないんだという安堵の気持ちが湧いてくる。
そのまま会話を続けて、篠原さんは結局、米山さんからの言葉もあってテニスの先生のバイトから始めてみようかなという結論に至った。今の仕事を急に辞めるのは怖いし、キャリアに傷がつくのも怖いから、副業はOKだし残業もないので、今の仕事を続けながらバイトなら、という話だった。
私はというと、話を聞いて満足していた。篠原さんとは全く素地が違いすぎる。
「今日はたくさん話せてよかったです。またこのメンバーで良ければ集まりましょう〜!また僕からお誘いしますが強制ではないので、気楽に来てください。」
米山さんが別れ際そう言って、みんなをオープンチャットグループに招待していく。
「ありがとうございました〜!」
「ありがとうございました!楽しかったです〜!」
「またお願いします!ありがとうございました!」
すっかり陽が傾いてしまった。
珈琲店の中にいて時間の流れがわからなかったけれど、随分と話し込んでいたみたい。
時間を忘れるほど濃くて楽しいひとときだった。
あれ、でも今日、よく考えたら成海さん喋ってない....よね?
成海さんは駅の方に向かっているのか、同じ方向なので声をかけてみる。
「成海さん、駅まで行かれますか?」
「はい」
「同じなのでご一緒してもいいでしょうか...?」
「はい」
淡白な人だとは思っていたが、ここまで...?正直話しづらい。でも、フリーランスしてるって言ってたし、SNS系やってるって言ってたし、なんかここまで来たなら話し聞いてみたい。凛の不思議な意地でその場を持ち直そうとする。
「じゃあ、お言葉に甘えて。
あの、成海さんってフリーランスされてるって仰ってましたよね。実は私、あの場で言えなかったんですけど、会社員じゃなくてフリーランスになりたいなって思っていて。ただ、周りにそういう人がいないのでどうやったらいいんだろうとか何もこう、わからなくて、話を聞いてみたいって思ってたんです。」
「...はあ」
数秒の沈黙後、成海さんが口を開く。
「....あ、僕の仕事の話を参考にしたいってことですか。」
「そう!そうなんです!良ければぜひ」
「ああ、ならどっか店入りますか。もう駅着くんで。あんま参考になるかわかんないっすけど」
「い、いいんですか!お願いします!」
成海さんって....なんかいい人?淡白だし返事も遅いが、よくわからない。
話を聞きたいと言ってわざわざ私に時間をくれるなんて思ってもみなかったけど、ラッキーってことで!
凛は完全ポジティブモードに脳を切り替え、成海さんに続いて居酒屋の暖簾をくぐった。
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