第1話 私の好きな人
ああもう眼福!最高に幸せだったな〜!
いつか、進藤くんと結婚できる日が来ちゃったりして〜なんて笑
進藤くんと会えるならこんなクソ残業地獄のOLももう少し頑張れる気がしてくる…!
8年も片思いしてるんだから、頑張らないと!
半年ぶりに新宿で後輩の進藤くんと会った帰り道、
電車に乗りながら私はそんなことを思っていた。
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高崎線沿いに住みながら1時間半かけて週5で渋谷に出勤するその辺のOL。
そんなの続けるには、好きな人の1人くらいいないと正直やってられない。
アホみたいに馬鹿正直で、仕事の効率も悪いもんだから残業時間も膨らむ一方。
入社した時は、"残業は月10時間もないよ〜"なんて甘いこと言われてたけど、嘘っぱちもいいとこじゃないか。
まあ流行りのSNS運用会社で残業10時間以下なんてそんな訳ないだろって今ならわかるけど、疑問の1つも持たずに「残業ほとんどないし入るーー!」なんて、アホほど単細胞すぎた自分が招いた災難である。
何と現在の私の残業時間、月30時間!!
ああもうこんな仕事辞めてやるーーーーー!
何度そう思ったことか….。
そんな私がなぜこの仕事を続けられるかといえば、偉大なる進藤くん以外に理由はない。
今日も1時間半のしんどい電車通勤の中、彼のLINEを見てほっこり。
“週末は鍋にしようと思ってこんな感じで下準備完了ですー!”
添えられた写真には、具材ごとに丁寧に小分けされたジップロックが、冷凍庫のなかで横一列に整頓されて
いた。
きちんとした進藤くんらしいしまい方である。
“さすが丁寧すぎる…!料理までちゃんとやってて偉い!私と大違いだ〜!”
私からもそう返して、今日のLINEは終了。
彼との連絡は、週に4日くらいの心地いいペースが続いていた。
———それから半年後。
進藤くんのInstagramのストーリーに、美術館の展示品の数々が載せられていた。
素人には到底分かりかねる造形美や、写真のように繊細な風景画。
それを見て、急に芸術科への進学を夢見ていた高校生の進藤くんが思い出された。
いつものように、LINEで
“美術館行ってきたんだね!高校生のとき、写真みたいな絵描いてたもんね〜!”
と送った。
高校の文化祭のパンフレットや黒板の絵、どれも彼が描いていたもの。
写真のように繊細で、どこか哀愁を感じるような、素敵な絵。
青春まっただ中の高校生が描くには少し大人びていて、
そんな繊細な絵を描いたのが進藤くんだと思うと、ますます愛おしい。
進藤くんの絵、あわよくばいつか私のために描いてくれないかな。
そんな気持ちさえ湧いてきた。
昔の思い出に恋心が再燃していた私へ返事が来たのは、それから1週間後のことだった。
“実は、彼女と行ってきたんです!”
彼からのLINEの返事は、想像をはるかに超えてきた。
え、彼女、できちゃったの…?
追いつかない、思考が追いつかない…。
うそ、こんなあっけなく終わり…?
私先輩だし、高校のときそんなにたくさん接点がなかったから、
大学生、社会人になった今もこうやって頑張って距離縮めて、先輩後輩感を少しでも和らげてって思ってたのに!
8年かけてこんなに頑張ってきたのに…。
もう、終わり?
転職で落ち込んでた時にかけてくれた一言。
“そうやってキャリアに対しても一生懸命な先輩、素敵だと思いますよ。”
恋愛話をしあったときにくれた一言。
“こんなに綺麗な先輩が彼氏いないなんて、信じられないですけどね?”
いつかの夜、人生相談みたいな電話したときにくれた一言。
“30歳になってもお互い誰もいなかったら結婚しましょう”
あんなに嬉しかったのに。
あんなにときめいたのに。
少しは、近づけたと思ったのに。
こんなにもあっけないんだと、初めて知った。
悲しいとか、悔しいとかよりも先に、私の心は喪失感で埋め尽くされた。
進藤くんとの未来という、最高の可能性を完全に失ってしまったから。
無理かもしれなくても、少しでも可能性を残しておきたかった。
そっか。納得しよう。
もう、前を向こう。
頭ではそう切り替えようとしても、心がついていかなくて、ただ、進藤くんにこの戸惑いを見せたくなくて。
“そうだったんだ!ついに彼女できたんだね〜!おめでとう!”
さっぱりと、それだけ送った。
この関係は、壊さずにいよう。大切な人だから、このままいい先輩でいよう。
あと5分で出社しないといけない。
いつもなら心底ゲンナリするその厳密なプレッシャーが、今この瞬間は救世主だった。
とりあえず仕事に切り替えて、一旦恋愛放置という回避行動に出る。
昼休みが何とも邪魔だったが、とりあえず無事に仕事終了。
帰り道、電車の中では思考がぐちゃぐちゃだった。
LINEの通知が2件。
開くのが怖い。進藤くんからどんな風に来るんだろう。
ただの先輩後輩みたいな感じのテンションで来るんだろうな。
私、もう受け入れられるかな?
でも、2件ってことはもう1件は他の誰かから?
そしたら見ないのもまずいか…
2件あることを理由に、恐る恐るLINEを開く。
こんなにLINEを開くのが怖いなんて、多分人生でこれっきりだろう。
画面を見ると、まさかの2件とも進藤くんからだった。
既読をつけるのが怖くて、長押ししてみる。
「長くて、読めない….」
仕方ないので既読にして読む。
そこには、私をさらに驚かせるメッセージがあった。