理科室の、魔王(再):actress side
*
半信半疑、だった。
何がって?
そんなの、アイツのことに決まってるじゃない。
あの“魔王”こと、綾波ナガル。
真っ黒な服をまとった彼に、私はつい先日出逢った。
……そうか、先日なのか。もう学校生活の一部になっている気がする。
アイツは……不思議だ。
馬鹿みたいなことを言ったと思えば、急に真剣な顔でキザなことを言ったりする。
かと思えばよくわかんない言動をしたり……(ツンデレってなんなのよ…)。
はっきり言ってまだ実体が掴めない。
その本質が何なのか、解らない。
何かが希薄なのだ。彼は。
だから理解し難い。
度し難いのだ。
でも私は、理解、したい。
ん?いやそんなこと思ってない!違う、私は……私は……。
…………。
何か、1人で悩んで馬鹿みたい。
要するに、私はアイツがどうして味方をしてくれるのか、それを知りたいのだ。
そう無理に自己完結して、顔を上げる。
周りには当然ながらもう誰もいない。九十九ちゃんは図書委員会で会議中だ。
アイツは授業が終わるとすぐ教室を出ていってしまった。
やっぱり、あの突拍子もない行動がよく解らない。
「はぁ…………」
肺から息を吐き出す。
それは重く、暗い気持ちになる動作ではなく、“自分”をまとめる効果があった。
……落ち着け、私。今までだって1人(独り)でもやってこれたではないか。
なのに1日話さない(というか避けられる)ことが、こんなにこたえるとは思わなかった。
何でだろ?他の、今までのクラスの奴らに無視されたって平気だったのに。
まるで“乙女”のようだ、と思って少し笑ってしまった。
そんなもの、とうに捨てた。というか最初からない。
そう、思っていたんだけど……。
「考えてたって、答えはでない……か」
九十九ちゃんに会おう。そして話を聞いてもらおう。
そう思い立って、椅子から立ち上がろうとした時、……聞こえた。
それは、女子の声。
しかもあれは“あの三人”の……!?
最低最悪のタイミングだ。
ここで鉢合わせたら……昨日の約束どころの話じゃない。
っ……!
その時、無情にも扉が開いた。
*
「今日のアレはマジないわ~。死んでくんないかな」
「だよね~。つか本当にムカつくわ、あの2人」
「なに、まだ根に持ってるの?カレシが1人アイツになびいたくらいで…」
「2人だよっ!あー、思い出してもムカつく!」
ガラッ……
「……っ!」
「ん、あっれぇ~?、水無月じゃん」
「マジ?ナイスタイミング?」
「……ちょ~っと、話したいことがあるんだけど」
「帰る」
私はカバンをとって、足早に教室をでようとした。
……した、のに出来なかった。
掴まれた腕がいたい。コイツ…かなり本気で握ってきている。
「痛いんだけど」
「ハナシあるっつってんじゃん。聞こえなかった?」
「頭だけじゃなくて耳までワイてるからじゃない?」
「きゃは、それだったらマジウケなんですけど~」
……不愉快、だ。しかし私は逃げなかった。
否、逃げられなかった。
「……離して!」
口はそう言っても、体に上手く力が入らない。ただ、何かが体の上を這い回るような、そんな気持ち悪さが体の働きを阻害する。
“これは何だ?”
「はぁ?じゃ、離してやるよ。ほらっ!」
「きゃあっ!」
腕を引っ張られ強引に突き飛ばされた。
痛い。こんな、物理的な攻撃は今までしてこなかったのに。
床に尻餅をついて頭を上げると、そこには、楽し(愉し)そうな顔、顔、顔。
……誰かに似ている、悦に浸った顔。
誰だっけ……?
「いいカッコだね、ア・カ・ネちゃん?」
「あれ、コイツの名前って茜だっけ?」
「ほら、前に落書きした教科書に書いてあったっしょ?名前」
「あー、そうだっけ?」
そう言ってまた嘲笑う。
キャハハハハっアハハハハハっ
……れ。
キャハハハハっアハハハハハっ
……黙れ。
キャハハハハっアハハハハハっ
……黙れぇっ!
「私を、嘲笑うなぁっ!」
気づいたときには叫んでいた。
……迂闊だった。よく考えればわかるのに。
それは、私にもう余裕がないことを教えるような悲鳴だということが。
攻撃をする方にとって、それは相手の屈服を感じるということが。
相手の屈服、支配。
それは……愉しいものだ。気分の良いものだ。自分が“絶対”だと感じられるものだ。
他の完全な否定と、自己の絶対的肯定。それは心地よく、麻薬にも似ている。
ヒトはそれが大好きだ。……クソッタレなことに、である。
「……は?何、必死こいて叫んでんの?キモっ!」
「超ブザマ~。この格好、バカな男どもに見せてやりたいね」
「あ、あのガリ勉野郎とか?」
「綾波だっけ?そうそう!幻滅具合半端ないっしょ」
キャハハハハハハハハハハハハハ
その時、私は怒っていた。心の底から抗うすべもない怒りを感じていた。
でも、
“綾波”って名前を聞いたとき、どうしてか冷静さを取り戻していた。
“……どうして?”
思いを巡らそうとすると、私の正常化に気づいた3人が、またあの“目”を向けてきた。
狙っている。啄むところを探している。
それは鷹のように凶暴で、ハイエナのように執拗で、…最低な程に下劣な視線。
私は顔を上げた。
「なに睨んでんだよ?」
「生意気な顔すんじゃねえよ!」
「何、その目。逆らう気?」
言われて初めて気づいた。いつの間にか私もあっちを睨んでいたようだ。
そうか、私はまだ……怒れたんだ。
「つーかさ、もうまとめてやっちゃわね?」
「コイツと、あとツクモのヤツとオタクね」
「そうそう!“教育的指導”をしてあげなきゃね~?」
……今までの私なら、このまま何も言わずただ黙ってこの屈辱を耐えただろう。
歯をくいしばって心をどこかに飛ばして、相手を“見下せ”ば、耐えられないこともない。
それは失うものが無かったからだ。“自分”は、いや“プライド”は独りで居れば居るほど護りやすく、癒しやすい。
しかし今は。
まだ、ぎこちないけど、忘れかけていた“友達”をやっと、やっと“見つけて貰った”のに。
ここで諦めたらアイツに面目が立たない、よね?
「……るな」
それは精一杯の反逆。
「あ?」「は?」「……」
今の私に出来る、精一杯。
「……私ならいい。私がムカつくなら私だけにやれよ」
言葉が、今まで溜め込んできたものが、堰を切ったように溢れだした。
「でもな……、私の友達のものには、それだけには手を触れるなぁっ!!!」
ビリビリと、ガラスが振動する。
喉が張り裂けるかと思った。こんなに声が出せるとは自分でも知らなかったけど。
3人は、私がそんなことを言ったのがあまりにも意外だったのか、無言で硬直している。
ねこだましを食らったような顔。
それはとても間抜けで、とても滑稽で、場違いにも笑いそうになった。
しかし、そんな“余裕”も、私にあるはずがない。
……言った。言ってしまった。どうしようかこの始末。
状況は変わらないのだ。私はひとり。相手は3人。多勢に無勢。一対多数。言ったはいいが、どうなる……?私は。
袋小路(逃げ道なし)、か。
私は……………。
ガラッ……
その時、呆気なく扉が開いた。
そして視界に映ったのは………
“黒”
涙が、出るかと思った。
〉〉He has never act as a“HERO”.But“I”,feel that he is real-ly...〈〈