理科室の、魔王。
*
「ふんふふ~んふんふーん~~~♪」
人のいない授業棟。その二階の端に、その部屋はあった。
“理科室”
リノウムの床には絨毯が敷かれ、テレビ、冷蔵庫、クーラーは勿論のこと、ソファーに、仮眠用ベッドまで完備。
その一方で部屋は1:3の広さ位に分けられていて小規模ながらも薬品やら何やらの実験器具も揃っていた。
その部屋の中心には“黒い白衣”……正しくは“黒衣”を着た少年が1人。
学年証は二年を示す青。
ノンフレームのメガネは彼を知的に、
ボサボサで伸ばしっぱなしの黒髪は彼を暗い印象に、
前髪の隙間から覗く鋭い眼光は彼を攻撃的に、
それぞれ見せていた。
「やっぱワ○ピース面白いな…。最近の復調が著しい…」
ぶつぶつといいながら雑誌をめくる。
“僕”は腹這いになって足をぶらんぶらんさせながら、くつろぎを得ていた。
そう、この空間。
去年入学してから3ヶ月かけて完成させた僕の城。
元はただの空き教室(というか自習室)だったのを、僕が全て改修したものだ。
“理科室”
とは名ばかりで実際には授業に使われることはない。そもそも科目に「理科」なるもの自体存在しない。
それは中学生までだ。化学、物理、生物の実験室はそれぞれきちんとある。
じゃあ何故“理科室”かって?
……それはカモフラージュだ。
流石の僕でも“綾波専用室”とは名付けづらかったからねぇ……。
ん、ああ、申し遅れた。
「綾波」とは僕の名字である。存外、僕はそれを結構気に入っている。
理由は?
……わかる人にはわかるんだよ。
これで名前がレイとかシンジだったらお笑いだけど、そこまで世界は甘くない。
「流星」
それが僕の名前。怠惰と退屈を憎み、全ての“楽”を愛する者の名。
あ、流星っていっても僕に双子の姉がいるとかそういう設定はないよ?
ただ僕は楽しい事が大好きなだけだ。
だからこの学園があまりにつまらないと分かった時、僕はすぐこの部屋を準備した。
自分の手で、楽しくするために。
全寮制で私立のこの学園はとかく規則が緩い。というか“緩くした”が正しいのだけど。
まあ、とにかく……僕はここで“ある事”をしている。
というのは……
“ガチャ…ガチャ”
ん、ちょうどいいタイミングで……どうやらお客様らしい。
鍵を開け、すぐさま元の体勢まで戻る。これは重要だ。
……だって待ち構えてたみたいに見られたら……何か恥ずかしいし。
そして現れたのは、
気の強そうな少女だった。
「…………」
向こうはこちらを凝視して固まっている。……人の顔を見ながら固まるなんて失礼なヤツめ。
「何かご用?」
ジャンプから少し頭を上げてその少女の顔をしっかり見る。
その瞬間、言葉を失った。
ツイン……ツインテール……。
しかも金髪。つり目。
……おお、これは……、
「ツ…ツンデレの方ですか?」
「……はぁ?」
いや違った。そうじゃない。ここで言うべきはそんなことじゃなかった。
「そんなとこに立ってないで、中入ったら?」
「え?いや、その……」
その少女は、扉の前で硬直したまま動こうとしない。
……明らかに挙動が不審だ。何だこの女?何をしにきたんだろ?
「願いがあるんじゃないの?」
「!!!」
そう無感情に告げてやれば、相手はすごく驚いた表情を見せた。……面白いなこの子。実に面白いかも。
「中、入らないの?」
「……いえ」
とどめの一押し。たった一言言っただけであっさりと……。
ちょっと拍子抜けしたが、彼女が“お客”であることに変わりはない。
そんなこんなで、ほの暗い理科室へ僕は彼女を招き入れた。
それが“僕の”(私の)、“彼女”(彼)との、出会いだった。
*
「とりあえず紅茶でも飲む?」
「………」
「とりあえず名前は?僕は綾波 流星。キミは?」
「………」
「無視…かな?」
中に入ってもらったはいいが、彼女は初っぱなからATフィー○ドが全開だった。
「ん…何か言って貰えないと、僕もつまんないんだけど」
「………」
困る。だんまりを決めこまれても、察してやれることもない。
困った。ああ困った。こういう沈黙は好きじゃない。好きじゃないことは楽しくない。
“楽”じゃない。
本当に……
「つまんない」
「………!」
ああ、もうスイッチ切れた。
「黙ってても要件が伝わるのは赤ん坊までだ。キミ、それ以下?」
「っ…!、私はっ…!」
「ん、何?あ、紅茶もう蒸れたから飲んでいいよ」
カチャカチャとティーカップとジャムを並べれば、あら不思議。
学校に英国式の本格派午後ティーの完成~。これがほんとに放課後ティータイムですね。
あ、あの四人の翼をくださいは結構好きです。
だがアニメがね……。最近アンチの気持ちが若干理解できるようになったかも。
……なーんてやってる間も彼女は唇の端を噛み締めている。
鬱血するのではないかというほど強く食いしばったその結び目は……不意にほどけた。
それと同時に始まる彼女の独白。
それは玉のように綺麗な声だった。
「……私は…!……いじめられているんだ……」
それは単純かつ悲壮な告白。
わぉ……これは初めてのパターンかも……。
「へぇ!キミが?……ふーん、最近のいじめは変わったね。普通は見た目とかがアレの人とかが苛められない?」
こんな……可愛い感じのツンデレさんなのに。
「見た目……。いや不本意だけどその逆のことでいじめが……」
言われて少し考える。そしてようやく意図することに行き着いた。
「あ~、ナルホド。そっちか。いやいやいじめとは……全くの予想外だったなぁ。
てっきり意中のあの人と両思いになりたい!!とかだとばっかり」
実際、恋バナを聞かされることは多い。全くの初対面の人間にそんなことを話せる神経は僕も不思議だけど、僕からしても面白いからまあセーフだ。
ついでに、今のところのカップル成立率は驚異の100%である。
(8組中8組all perfect!!)
もうほとんどキューピット自称しても良いんじゃないかって思ってます。
「……私は……」
そう言って彼女はまたうつ向く。軽く涙目のようだ。
……やっぱこういう時にそっと肩を抱いてやる男がいてやった方がいいんだろうな、とか思いながら僕はボーッと見ていた。
少しの沈黙、
「で、」
を、切り裂くように不意に言葉を投げ掛ける。
「キミの願いは?」
〈That is majical word.Only because of this word,you shall be happy.That is “satanic” word――〉
*
弾かれたように僕を見る彼女。そして、震える口はとうとうと告げる。
「もう勝手なことされたくないの。そしてもう誰にも見下されたくない。もう私の中に入ってきて欲しくない!」
悲痛だ、と普通の人なら考えるだろう。
だが僕は、魔王(Satan)だった。
「プライド……、ね」
こういう時は言葉がすらすらでてくる。ああヤダヤダ……Sっ気があるのかな……。
「キミが護りたいのはそれだろう?『嘲笑われたくない。』」
言うほどに彼女が下を向いて歯を食い縛っているのが分かった。だが止まらない。
「……そもそもキミに友達がいないのはそのプライドが原因なんじゃない?『お前らみたいなのと一緒にすんな』って、まんま見下す雰囲気出してたら実際イラッとくるだろうし」
一匹狼は嫌われるよね、と付け足していうと、遂に彼女は涙を溢していた。
しかし目は、瞳はしっかりと僕を睨みつけたまま、だが。
「なら…どうすればいいのよ……。この性格が悪くて…いじめられるってなら、私が変われって?
はは…そんなことまでしたら私は……“今のこの私”を殺せって言っているようなものじゃない!そんなの……」
耐えられない。その続く言葉は言わせなかった。
……駄目だね。彼女は決定的に“思い違い”をしている。
僕は出来るだけ優しい口調で、愛を囁くように言う。(しかしこれは故意にではない。その……秘書が悪いんです)
「誰が、いじめられるのはキミが悪いと言った?」
「……え?」
その時の彼女の顔は面白かった。とってもとっても。大胆かつ柔軟に。
「いじめはね、“いじめる方が100%悪い”よ」
時々、いじめは被害者側にも責任があるという人がいる。
だがそれは本当に正しいか?そもそもいじめをするやつがいなければいじめは起きない。
同じ事が別のことにも言える。盗られるほうが悪い?ぼんやりしてたから?
いや違う。盗ったほうが悪い。
犯されたほうが悪い?無用心に一人歩きしていたから?
いや違う。犯人が“絶対的に”悪いのだ。
そいつさえいなければ何も起きなかったのに。なのに今は被害者“も”責められる始末。
そんなの……楽しい?
「本質を見誤ると、世界は楽しくなくなるよ?」
嗚呼、今思い出しても恥ずかしい。何であの時はあんなことが言えたのか、不思議でしょうがない。
だが僕は、あの時“魔王”だった。
「だから……キミの願いを叶えてあげよう」
その時、開いていた窓から狙いすましていたかのように風が舞った。
風と共に舞い上がる前髪。メガネ以外の遮蔽物の無い状態で初めて彼女の顔を見た。
おお、やっぱり可愛い。内心に小さな驚きを隠しながらもう一度彼女を見ると、彼女もまた驚いた顔をしていた。
それも唖然、というが正しいような顔。
……どうしたんだろ?
「何?どうしたの?」
聞いてみた。
「……えっ、いや……あの、なんでもない……その……」
「???」
まあ、いいや。
その時僕は、彼女もまた僕の素顔を見ていたというのに気づかなかった。
*
「じゃ、僕は準備をするから。キミはもう帰ったほうがいいよ」
もう結構な時間だ。まあ、寮の門限もあって無いに等しいくらいに“した”が…。
「遅くならないうちに帰ったほうがいい」
まだぼんやりしているような様子の彼女の手を引いて部屋の出口までつれていく。
「あの…」「ん?」
「その…手…」「ああ、ゴメン。勝手に触っちゃって」
「いや、そういうわけじゃ…」
何故か彼女の顔が真っ赤だ。まぁ、そう距離もないからすぐ扉の前についたけど。
「じゃ、後は明日のお楽しみ、かな」
その時、僕はもうこれからする事の考えで一杯だった。
「それじゃ、“また明日”。水無月 茜さん」
「え……?何で私の名前……」
疑問には答えず、扉をあっという間に閉める。理由?その方がカッコいいと思わない?
ガラララ、ぴしゃん。
「さて、」
扉を閉め、周りに誰もいなくなったことを確認して息を深く吐く。
やるとなったら行動は早い。しかし、いじめか……この学園に限ってそんなことはないと思っていたが……。
まだまだ僕も甘いな。“僕の”学校だもの。
それはそれは皆が“楽しい”学校にしたいよね。
その日、僕はそれはそれは珍しくも忙しく動き回った。
〈He loves joy,and funny things,happy,win,and enjoying“telling lies”〉
はっきり言って作者はそれほどツンデレが好きな訳ではないです。どっちらかというとほんわり系、かがみよりつかさ、杏より椋みたいな?
……それはどうでもいいとして、一人称視点はこれでいいんでしょうか?結構不安なまま書いています。レビュー・アドバイス等ありましたら遠慮なくお願いします。
どうでもいい話の続き。
かがみよりつかさと言いましたが、その上はゆたかだと思う今日この頃。あ、あと椋よりも風子です(でもあんまりこっちは友人から理解されない……何故だろう?)