幕間・暗黒の、魔王(後)。
先手必勝。
先に動いたのは僕だった。
僕は黒衣から、準備してきた“固くて黒光りするもの”を素早く取り出す。
その取り出されたもの形状に怯んだのか、彼は少し動きを止めた。
一瞬…、たったそれだけのロス。
それでも、その動作に少し遅れただけで、彼はナイフを持って突進するタイミングにはほとんど変化はない。
だが遅いわ!
我が神速の抜“銃”術、飛天御○流の前に敵はない!!!
あの一瞬、怯んだ時間で充分だった。ぴったりと、彼の頭に狙いをつけるには。
「……狙い打つぜ!」
(*どっちかって言うとニールの方が好きだから、セリフの感じはファーストシーズンっぽい方で)
ちょっと言ってみたかったセリフの後に、
引き金が、引かれる。
プシュッ。びちゃっ。
「は……………?」
気の抜けた音、の後に気の抜けた男の声。
出たのは弾丸……ではなく、水。
それはこちらに突進してきた彼の顔に命中したのだった。
「僕が本気で銃なんか持ってると思った?ただの水鉄砲だよ」
思った以上にビビってくれて助かった。そのまま猛進してこられたら当たらなかったかも知れなかったし。
「で、どう?僕の特製ソースのお味は?」
「な…………、ひっ!ぐああああああああ!」
あー、少し遅れてきたか。
あまりに刺激が強いと防衛本能として神経を切るっていうし。
「あああっ!目が、目がぁっ!」
おお、お約束のム○カだ。
……やっぱり彼、狙ってやってる気がするよね。
「お前……、何を、した……?」
悶絶しながらも彼はこちらを見ながら問いかけてきた。
凄い根性……。それ、もっと別のことに使えばよかったのに……。
「キミが被った液は普通に唐辛子とかからの抽出液だよ。
それと、隠し味にTHE SORSEとBlairs 16 milllon reserveを入れたけど」
THE SORSE→710万スコヴィル(カプサイシンの値。タバスコが約1500~2500)を誇るホットソース。
Blairs 16 milllon reserve→文字通り1600万スコヴィルを誇る世界最強のソース。
*どちらも取り扱いを間違うと死にます。21歳以下、それと日本では正規購入出来ません。
……さらっとした液体状にするのに配合、結構頑張ったんだよね……。
「ねぇ?“痛い目”、みた?」
「痛い目、っていうか目が焼けるように痛てえ………………あ。ま…まさか、お前…その為に?」
「……お約束っていいよね」
嗚呼、最高だ。僕的にはこのくだらないジョークは超傑作なんだけど。自分的には面白すぎてハラワタがよじれそう。
クックックッと忍び笑いを圧し殺していると、
「……どこまで、俺を馬鹿にすれば気が済むんだ……」
冷静さを取り戻した彼の、痛みと悔しさを滲ませた声が僕の“悦び”を邪魔した。
まだ彼は“勘違い”してるね。
「自分を馬鹿にされるのがそんなに嫌?キミは今まで散々水無月さんにそういう事やってきただろうに」
被害者づらすんじゃねえよ、と言ってやると彼は口をつぐんだ。
「彼女の願いは知ってる?『もう誰にも、私の中に入ってきてほしくない』……だってさ」
それは見方を変えると、永遠に誰とも打ち解けず、心を閉ざしたいということなのだろう。
そんなことを願うなんて“楽しくない”にも程があると思わない?
「どう?外面を削られて、キミの内面が最も傷つく事を言われて、キミの狂気を引きずりだされた感想は?」
「…………俺は……」
うずくまったまま、彼は動かなくなった。痛いのと恥ずかしいのと辛い(つらい)のと悲しいのと様々な感情がごちゃ混ぜになった左右非対称な顔をしながら、である。
「……キミはある意味水無月さんに似てるね」
とても不器用だ。
「きっと、素直に水無月さんの為にあの3人と闘っていたら……僕が入り込んだこの場所はおそらく……」
哀れな、本当に哀れな、連続殺人者のような彼は、一番ほしかった場所を得る機会を永遠に失い、…ただ神父に語るように懺悔する。
「好きだったんだ。彼女が」
「…………」
自嘲するような言葉は、“過去形”だった。
「でも、俺にはもう無理だったんだ。……俺は一度告白して失敗してしまった」
それを聞いてああ、やっぱりかと思った。
やはり君は名無しくん。
彼女にとっての“名前も知らないクラスの男子”だったわけだ。
「酷く冷たく断られたよ。……それからだ。俺がおかしくなったのは」
『これは正しく愛だ!』
『だが愛も過ぎれば憎しみに変わる!』
うん……。やっぱりハムさんのセリフって格好いいよね。
「自分でだって間違ってるのは分かってた。でも……止まらなかった」
「愉しかったでしょ?いじめは」
「………ああ」
そういうものなのだろう。
スターリンやギレンとかヒットラーとまではいわないが、支配者の気分というのはどうしても周りを見えなくする。
いつか、戻れなくなる。
いつか、やり過ぎる。
そして、そこまで行ったらもう人ではない。
ただの、ヒトデナシだ。
「それで?キミはどうしたいの?僕に懺悔をしたからって彼女の傷は癒えないよ?」
それに対する答えは早かった。
「……自主退学する。どうせ貴方もそうする気だったんだろ、理事長?」
「…………へぇ?」
意外だった。
すごく意外に意外で意外だよ。
「全てを、棄てると?」
「……それだけの事をしたのは分かってる。挙げ句、ナイフまで振り回したんだ。もうここには居れない」
何だ……壊れてるかと思ったが中身はまだまだ腐ってないじゃないか。
「ふ、あは、あはははははははっ!気に入った。気に入ったよキミのこと!」
本当は彼の言う通り、自主でもなんでもこの学園からお引き取り願うつもりだった。
でも……彼はここで潰すには惜しい。
「……キミ、語学留学の希望を出していたね?」
未来は繋げよう。
その方がぜっっったいに面白い。
「あ、でも一つだけ」
ただ、過去の精算は必要だ。
そう、一つだけ。
僕が“魔王”としてではなくて、“ただ単純に彼女の友達”としてやらなきゃならないことがある。
「……一発だけ殴らせてね?」
〉Satan don't have the mercy.
魔王に容赦はない。