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幕間・暗黒の、魔王(前)。

 *


「1人で帰れる?」


「大丈夫。九十九ちゃんも終わってる頃だろうから、一緒に寮まで戻るよ」



 ……辛い(つらい)闘い?を終えた水無月さんは、傍目からでもわかるほどショックを受けているようだった。


 まぁ無理もないが。


 あの3人を、結果学校から追い出すことは変わらないし、それを彼女が重く受け止めてしまうのも仕方ない。


 本当はその責を負うべきなのは僕なんだろうけど。


 でも、まだ僕には『残業』が残ってるし。


「じゃあ、ね。気をつけて」

「うん。あ、その、ナ、ナガル…?」

「ん?」


 その様子を見て、また赤面からの感謝の言葉がくるのかな、と思った。


 でも……違った。




「“また明日”って、言ってくれる?」


 頬を染めて頼む彼女は思わず息を飲むほど美しく、


「え……?

 ああ、うん。いいよ」


 彼女の背に射す夕焼けは、圧倒的な“茜”色で、



「……また明日。(アカネ)――」


 彼女の、涙まじりの笑みは、

 深く、深く、深く、

 ただ、僕の心に、“魔王”の心に焼きついた。




 *


「ふう……」


 水無月さんが歩き去って数分。


 いまだに不意打ちから立ち直れない僕がいた。


 ……いやあ、あれは本当に反則級だね。

 あれがデレ期ってやつなのか…。凄い。暴走した初○機ぐらい凄まじい。






「ホント、ツンデレっていうのは偉大だよねえ……。



そうは思わない?名無しさん?」





 机の上に腰かけたままの僕は、

 不意に、

 廊下にいる、……おそらく“最初から全てを聞いていた”であろう人物に喋りかける。






「…………気づいてたのか」


 ガラッと扉を開けて入ってきたのは……先刻の“少年”

 あのパンのチョイスがナイスな、少年だった。



「当然。あ、手紙(およびだし)見てくれた?」

「……ああ。何の用だ?俺も忙しいから……、」


 手短に、とでも言いたいのだろうか。だがそれは言わせなかった。


「忙しいって“水無月さんのストーキングに”、ってこと?」


 ピキッ、と

 それを言って初めて、“彼”の憮然とした表情が崩れる。


 ……思わず口角が上がった。



 ちょっとずつ、“外面”が壊れていく様は最高なのである。




「……何のことだ?」


 こちらを射抜くような瞳で彼は立っている。

 机の上の僕と、こっらを睨む彼のこの構図。何だか僕の方がワルモノみたいだよなぁ…。

 魔王に挑む勇者、みたいな?

 別にいいけど。



「とぼける気でいるなら止めておいた方がいいよ。色々と、小細工をしていたとこはカメラの記録にあったし」


 ちょっち、探してみたらすぐだ。その姿が映ったのは。


「水無月さんの机を漁っている姿も、水無月さんの寮の窓からずっと覗きをしている姿も、水無月さんの体操服をもって何処かに行く姿も、全部バッチリだよ?」


 体操服は何に使ったんだろね?

 あはは、あまり想像したくないけど、まぁ……そういうコトなんだろう。



「男子側を水無月さんに味方しないように統制したのも、キミだろう?」


 間を置かず捲し(まくし)立てる。

 それは単純な事実。

 男子に聞き取りをしたらすぐ彼の名前が挙がった。


「……おかしいとは思ったんだよねぇ。女子からは、女性の嫉妬と団結は凄いのは知ってるし、仕方ないにしても」


 男子からの援護が少なさ過ぎる。


「これは一種のミステリーなんだよね。そもそも水無月さんが被害を受けるようになった一因は“男子”にあるのに、守ろうとするヤツすら1人もいない」


 男子皆、とはいかなくても、

 “1人もいない”という状況。

 大体、いじめの主犯は女子なのにそれを男子が過剰に怖がるコトは無いだろうし。


「彼らが怖かったのは……キミだろう?

 “男子のムードメーカー”たるキミに標的にされたら、残りの学校生活はお先真っ暗だ」


「………」


 彼は答えない。だが、それを無視して僕は言葉を浴びせ続ける。


「水無月さんを好きだ、ってのは本当らしいけど。……好きのベクトルを間違えてない?」


「……お前には関係ないだろ」


「それ、さっき僕があのケバっちに言ったの覚えてない?『僕は彼女のトモダチ』だって」


「………」



 相手の言うことに即座に反応して出先を潰していく。

 それは詰め将棋にも似ている。

 相手が何も言い返せなくなくなるように追い詰めれば、ほぼ僕の勝ちだ。


 だけど……どうにも“彼”のタイプが掴みづらい。


 さっきの一瞬の崩れ以降、全く隙がないのだ。



 冷静?

 ――違う。そんなんじゃない。彼の腹の中はもっとぐちゃぐちゃドロドロしているはずだ。


 一途(かんちがい)

 ――違う。彼はそこまで馬鹿じゃない。



 彼は……


「キミ、もしかして本気で白馬の王子様を目指してた?」





 純粋(きょうき)






「………」


 彼はまた答えない。

 だが、その瞳が鈍く揺れたのを僕は見逃さなかった。


「キミは本気で“水無月さんを追い詰めて、自作自演で助ける”気でいたの?」


「………」


「ざーんねん。それ、もう達成されちゃったのわかるでしょ?言うなればキミは……、」


 ガタンッ!!



 “それ”に続く言葉は言えなかった。


 ――素早く間合いを詰めてきた彼に、胸ぐらを掴まれたからだ。



 ふむ、直情型だったか……。



「もしかして、妬いてる?」

「…………黙れ」

「全く。どれだけ回りくどいアプローチなんだろうね、それ」

「……黙れ」

「好きな子を苛めるやつの強化版みたいな?それにしてはオイタが過ぎるよねえ」

「黙れって言ってるのが聴こえないのか!?」


 ああもうキレちゃってる。煽ったのは僕だけど、もう少し落ち着いてくれないと話も出来ない。


 首も痛いし。


「……胸ぐらを掴むヤツってさ、よっぽどの手練れか、ズブの素人って知ってた?」


「…ああ゛?っ、ぐふっ!」


 お腹がガラ空きなんだよね。

 あー、鳩尾(みぞおち)入っちゃった?


「お前っ……!!」


「理事長先生に向かってお前、とは穏やかじゃないね」


 パンパンと掴まれた黒衣を払う。……シワにならないといいけど。


「ふざけんなよ…?

 後から出てきたくせに……お前、お前はっ!」


「“水無月さんを勝手に助けて仲良くなりやがって”って?」


「……ぎ、ぎぎ」


「それが勝手な論理だって自分でもわかってるから、そんなに歪んでしまったんだろうね」


「……ぐぎ、ぐぎぎぎぎ…!」


 彼の口の端からドロリと赤いものが溢れる。それでいて瞳はこちらを射殺そうとしているから、相当壮絶な絵づらになっていた。



「さぁ、どうするの?これから。このまま引いてくれれば特に罰則は与えないでおいてあげる………


 ……と思ったけど無理そうだ」


 あらら物騒だね。

 バタフライナイフを常備してるなんて。



 ナイフの切っ先は震えている。

 だが震えていながらも、しっかりと僕に向かって鋭い殺気を放っていた。



「それで?どうするつもり?僕を脅す気なの?」


「………くそおおおおおっ!!」


 ひゅっ!!!!と、遅れてくる風切り音。


「……っ!危なっ!!」


 薙ぐように振るわれたナイフをギリギリで回避する。


 その大振りの隙に、近くにあった机を蹴った。


「ちっ!」


 ……へぇ、当たるもんだね。

 机は横滑りに彼に直撃したが、彼は頓着せず乱暴にそれを払い除ける。


 ダメージは……あんまりなし?


 まぁ、間合いをとることには成功したけど。



 ……しかし、


「乱暴だね。僕、武闘派じゃないから戦闘は苦手なんだけど」


 ふむ、言っても彼の瞳…結構イっちゃってる感じだから聞こえてるか微妙だけど、一応は宣言しておこう。



「『撃っていいのは、撃たれる覚悟のあるやつだけだ』って、どっかの妹萌えの皇子も言ってたけど……」


 キミにその覚悟はある?



「……あの女が悪いんだ。俺は、俺は、俺は悪くない…!!」


 ブツブツと、うわ言のように繰り返す彼。

 ……ここまで壊れてた、いや壊してしまうとは思ってなかった。

 嗚呼、これはもう笑って済ませられるレベルじゃない。


 このまま放って逃げても、コイツはこれから何をするかも分からないし。




「……ちょっと“痛い目”みせたほうが良いようだね」


 浅く、呟く。


 そして、僕と彼はそのままにらみ合った。

 下手に動けない状況。

 それでいて、気を抜けば隙を突かれる状況。





 先手必勝。



 先に動いたのは僕だった。

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