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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
第一章 再会
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六話 高校二年生


 学年が一つ上がった私達にも後輩ができた。


意外な交流があったのは、岳は後輩から憧れの存在ではいるのに年下と話すのが苦手なのか空手部の後輩がよく私の所に来て、岳に関する質問をたくさん聞いてくる。

だからか私は空手部の後輩とも仲良くなった。


「もう少し、後輩ちゃん達と会話したら?」


私は空手部の後輩達のためを思って岳に提案してみたが

「会話はしてる」

と、冷たく返された。


このことをいつかの廊下であった後輩達に伝えると少し呆れていた。


「あれは会話ではないです」

と私が怒られてしまった。


私はこの状況がおかしく笑っていると、私の目の前にいた空手部の子達が一気に顔色を変えてその場を去っていった。


岳が来たにしては少し妙な空気だなと思いながら振り返ると、笹原和哉が立っていた。


 二年の四月、隣の県から転校してきた空手部の笹原和哉はクラスでも少し浮いている。

何日か経ち分かったことは周りが避けているのではなく、笹原自身が周りを避けている。

この態度を見るとやはりあの噂は本当なのかと疑ってしまう。


『お金持ちの息子である笹原和哉は、幾つもの問題をお金で解決してきた。

お金では解決出来なくなり前の学校には居られなくなりこの学校に転校してきた』


この噂が本当かどうかは分からないし、私には関係も無く興味の無いことだ。

しかしお金持ちと言う噂は本当なのか、笹原の所持品はどれも高級な有名ブランドばかりだった。


身長が高く、姿勢が良いので態度が他の人より大きく見えてしまう。

転校してもう二ヶ月も経つが、はっきり言ってクラスに馴染めていない。

空手部内でも同じ様な状態だった。

そして、岳と笹原は妙な関係性だった。

 

岳は空手部の期待の選手だ。

人一倍努力し、空手が大好きで先輩からも後輩からも信頼されていた。

 

笹原はそんな岳が少し気に入らない様子だった。

笹原もどうやら空手の実力は相当な様だ。


岳は初対面の人とすぐに仲良くなるタイプではないが、人を避けたりはしない。

でも笹原の事は意図的に話さないようにしている気がした。


二人は知らない間に、互いを意識していた。


 


 私は岳の怒る姿を付き合ってから一度も見たことがない。

機嫌が悪くなる様な場面も無かった。

付き合ってもうすぐ一年が経とうとしていた頃だった。私は初めてその姿を目にした。


図書室で岳と一緒にテスト勉強をしている時だった。

岳が全くテスト勉強に集中していない様だった。それに無意識なのか何回もため息を吐いている。


「何かあったの?」


「笹原が体育館前で何人かと喧嘩しているのを見かけて……」


岳の機嫌は良くはなかった。


「あまり笹原と関わってないよね?」


私は初めて岳と笹原の話をした。


「苦手だ」


「でも一緒のチームだよね?」


「全部が合わない」


珍しく岳が否定的だった。そんな姿はあまり今まで見たことが無かった。

笹原と岳は空手部の中でも実力がほぼ互角で、二人はライバル的存在だそうだ。

それでも日頃の行いや態度で、笹原を応援するチームメイトはいなかった。

 

スポーツ選手と言う者は、決して一人では勝てない。

周りに支えてくれる人がたくさんいて初めて戦える。

スポーツ選手にとって一番大切な事は周りから応援される選手になる事だと私は思う。

 

今、この学校に笹原を応援したいと思う生徒はいるのだろうか。




笹原が転校してきて半年が経った頃、笹原は私によく話しかける様になった。

きっかけは特に無く、ある日から急に態度が変わり、時間があれば私に話しかける様になった。



「何かあったの?怪しくない?」


休み時間いつもの様に私に話しかけ、話が終わり笹原が去って行った後、あかりが私の席に飛んできた。


「さあ」


私もさっぱり分からず、少し困っていた。


「何か分からないけど、気をつけてね」


丁度チャイムが鳴り、あかりがそう言い残し自分の席に戻っていった。




 次の日の朝、席に座ると

「おはよう」

と背後から声がした。


笹原が五つのオレンジジュースのパックを私の机の上に置いた。


「これ何?」


私はオレンジジュースを一つ手にして笹原に尋ねた。


「プレゼント」

 

笹原はどこか機嫌が良さそうだった。

確かに今日は朝練の時間が長引いて教室に来るのがギリギリになり、オレンジジュースを買えないでいたので、ここで私の目の前にオレンジジュースがあるのは、タイミングとしては良かったのだが。



「……ありがとう?」


私は笹原の行動を不思議に感じながらもお礼を言った。

すると笹原は少しだけ口角を上げ自分の席に戻っていった。



「毒入りとか?」


すぐ後ろにいたあかりが物騒なことを言いながら私の席を通り過ぎた。


「まさかね」


私は怪しみながら、恐る恐るオレンジジュースにストローを刺した。



でも飲もうとした時、そのオレンジジュースはすぐに岳に取られてしまった。


「こっち、あげる」


岳が教室でわざわざ私の席に来るのは珍しい。

岳は自分が持ってきた一つのオレンジジュースを机に置き、笹原が置いて行った五つのオレンジジュースを両手に抱えてどこかに行ってしまった。


岳が置いていったオレンジジュースはキンキンに冷えていた。

私が本当に飲みたかったのはこれだ。


笹原のオレンジジュースは冷えていなかった。

夏の練習終わりは、キンキンに冷えたオレンジジュースに限る。




 オレンジジュースから一週間が経っただろうか。

今度は私が売店でよく買っているゼリーを五つ、机の上に置いて何も言わずに去って行った。



「紬が好きとか?」


隣の席の涼が真顔で呟いている。


「まさか」


私は机の上に置かれたゼリーを手にしながら答えた。


「ぶどう味か……。涼にあげるよ」


私がよく買うのはグレープフルーツ味。

ぶどう味は少し苦手だったので涼に全部あげた。


 このゼリーは味の種類が豊富で確か七種類くらいある。

去年の体育祭の時に岳がくれたゼリーはグレープフルーツ味だった。



「なんで分かったんだろう」


「え?なんて?」


涼が勢い良くゼリーを食べながら聞き返してきた。


「なんでもないよ」


それにしても笹原が何を考えているのかさっぱり分からなかった。


嫌がらせと言うには少し申し訳ない程、私には親切に接してくれる笹原の行動はこの後もしばらく続いた。

この行動の答えが分かったのは、高校三年生の夏頃だった。





 私と岳の交際は一年生が終わる頃にはスポクラ内に広まり、二年の春に転校してきた笹原も私達の交際は知っているだろう。

三年にもなれば担任までもが様子を聞いて来るようになった。



高校生最後の夏。

日曜日の午前の練習が終わり、今日のオフは岳と久々にデートに行く予定を立てていた。

 

でも部室に戻る前に笹原に呼ばれて体育館前に来た。

そして一言。


「大河内なんかやめて俺にしとけよ」


何があるのかと思ったら、この後私は笹原から告白された。


「え?」


私は思わず聞き返した。

でも笹原の表情は今までに見たことないくらい真剣な顔だった。


「あいつのどこが良いんだよ。あんな無愛想なやつの」


(あなたも十分無愛想ですけど………。)



笹原が岳のことをあまり良い風に思っていないのは知っていた。

だからと言って、言っていい事と悪い事がある。


「話にならない」


私はこれ以上、笹原と話しても言い合いになるだけだと思いその場を離れようとすると笹原に腕を掴まれ思いっきり引っ張られた。


「まだ話は終わっていない」


そう言いながら、腕を強く握られた。

好きな人相手にする行動には到底思えなかった。

これでよくも岳より自分の方が良いと言えたもんだなと。


その時だった。笹原の手が私の腕から離れた。

そしてすぐに私の手は優しくて大きな手に握られた。


「岳?」


振り返れば岳がいた。

私は急に現れた岳に少し驚いた。


でも岳は私の言葉には答えずに笹原を睨み返していた。


「敵は俺だけでいいだろ」


岳が笹原に向かって言い放ったその言葉は、まるで何かが始まる合図の様な物だった。


笹原の標的はその瞬間から、私ではなく岳に変わったのだろうか。


 この日から二ヶ月くらいが経った頃、岳と笹原の間である事件が起きた。




私達の別れの時が近づいていた。

何の前触れも無く近づいていた。

 

一人の少年の人生がめちゃくちゃになってしまう。





 人間同士の信頼関係はたった一つの出来事で、一瞬にして失われる。

それが例え事実ではなかったとしても、一度広まった噂はその人のイメージを大きく変える。


噂は人から人にと伝わり、最後のゴールに辿り着く頃にはたくさんの有る事無い事が付け足され、一つの大きな物語が完成する。

もはやそこには見知らぬ他人の作り話が勝手に出来上がる。


信頼を築くには並大抵の努力とそれに見合う時間が必要だ。

でもそうやって時間を掛けて築き上げたその信頼が崩れるのに、時間は必要ない。


一瞬だ。

これは本当に一瞬の出来事だ。



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