四話 期末テスト
「え、もう期末テスト?
この前中間テスト終わったばかりじゃん」
ある日の昼休憩。
明日にはテストの日程が発表され、期末テストの期間が始まる。
私は教室でお昼ご飯を食べながら現実を受け入れないでいた。
「でも、中間の時は赤点なかったんでしょ?」
あかりが余裕そうに聞いてきた。
「そう言えば途中から一人で図書室で勉強してたけど、今回も図書室?」
私はその質問に少し悩んだ。
私は図書室で勉強して、分からない所があれば隣に座っている大河内岳に質問し、おまけに好意もあるのでメリットだらけではある。
しかし大河内岳はどうだろうか。
少し仲は良くなったが、人見知りで多分女子が苦手。
私は正真正銘の女子だ。
しかも私に教えることで自分の勉強時間が減る。
よく考えればデメリットだらけだった。
それに、中間テストの時は面倒を見てくれたが、だからと言って期末も同じだとは限らない。
そんな約束はせずに中間テストを終えたから。
「今回はみんなと一緒に勉強しようかな」
私は渋々諦めて、集中できるかどうかも分からない環境で勉強することに決めた。
テスト期間に入った二日目だった。
珍しく大河内岳が自分の席から歩いて、一番遠くの私の席まで来た。初めての出来事だ。
「テスト勉強、図書室でしないの?」
「え?」
あら不思議。私は驚いた。
何を言われるのかと頭をフル回転していたら、全く予想もしないことを言われた。
「迷惑かなと思って……」
(嘘です。本当は一緒に勉強したいです。ごめんなさい。)
「良いよ。待ってるから」
大河内岳はそれだけ言って、自分の席に戻っていった。
私はこの状況が理解出来ず、しばらく口を開けたまま静止画の様に止まっていた。
「おーーい」
あかりの声で我に返り、頭の中で整理した。
「今日も一緒に勉強する?」
あかりが動かない私に話しかけている。
「いや、...一旦今日は図書室行くね」
私はゆっくりと考え事をしながらあかりに答えた。
「分かった……?」
あかりはどこか様子のおかしい私に首を傾げながら頷いていた。
私は心の中で呟いた。
(……ヨッシャ。)
こうして中間テストの時と同じ様に、私は部活が終わると大河内岳と勉強する権利を手に入れた。
部活が終われば、急足で私の足は図書室に向かった。
そして隣同士の席に座り、分からない問題があれば大河内岳に質問した。
大河内岳の学力はと言うと、中間テストはクラスで堂々の一位だった。
学年でも上位の成績で、私の予想通りやっぱり賢い人だった。
この時、私の低レベルな質問に真剣に答えてくれる大河内岳はとても良い人だと確信した。
テスト期間中、私の身に驚く様な出来事が起こった。
あと数日でテストが始まる大事な日。
赤点回避の為、一分一秒も無駄には出来ない放課後の勉強時間。
そんな時に私は一人の男子に呼び出された。
スポクラでない同学年の、中学が一緒で知り合いの男子だ。
部活が終わった後、図書室の前を通り過ぎ、図書室とは真逆の人気の少ない自販機の前で、
私は人生で初めて告白された。
中学生の頃から好意を持ってくれていたそうだが、もちろん私はその場で断った。
話が終わり、私は急いで大河内岳が待つ図書室に向かった。
入り口のドアを開けるとその姿が見えた。
いつもは私の方が先に図書室に着いていたので少し新鮮だった。
「お疲れ様。今日は練習長引いた?」
大河内岳は英語の単語をノートに書きながら話している。
「お疲れ。練習は早く終わったんだけど……」
私は何て答えればいいのか、単語を覚えてる時にする話なのかと考えながら曖昧に返事をしたら
「ごめん。嘘」
といきなり大河内岳に謝られた。
大河内岳は単語を書いていた手を止め、ペンを置き、私の方を見て話し始めた。
「さっき、誰か男の人と渡り廊下を歩いてるのが見えて」
そう言いながら窓の方を見ると、私がさっきいた自販機が丁度この席からから見えた。
「あ、見えるんだ」
私は少し誤魔化しながら、荷物を置いて勉強の準備をした。
早く話題を変えたかったが、大河内岳は独り言の様に私に聞いてきた。
「告白とか?」
「あ……うん。初めてでびっくりした」
私は咄嗟に嘘を付けなくて正直に話してしまった。
「そっか。僕と一緒に勉強してて大丈夫?」
そう言いながら大河内岳はまたノートに単語を書き始めた。
「断ったから」
私はそう言いながら、数学の教科書とノートを開き、シャーペンの芯を出し教科書を開いて勉強を始めた。
今日の図書室はいつもより人が少ないのか、妙にシャーペンの音が部屋の中に響く。
私が話した言葉を最後にしばらく沈黙が流れた。
今までに感じた事のないこの空気感は、少し居心地が悪かった。
大河内岳と一緒にいて気まずくなったのはこれが初めてだった。
私はこの空気に変に緊張してしまい、自分の心臓の音が隣に座っている彼まで聞こえないか心配になった。
何を考えているのか分からない大河内岳の姿に、私は更に緊張した。
もしかして何か気に障る様な事をしたかなと、教えてもらってる身でそんな理由で遅れて呆れているのかなと、訳のわからない理由で頭がいっぱいになった時だった。
やっと大河内岳の口が開いた。
「僕は?」
前の会話から随分時間が経っていて、私の頭はすでに反省モードに入っていたので、一体何に対して話しているのかすぐに理解できなかった。
でも確かに大河内岳はさっきまで動かしていた手を止め、自分のノートを見つめながらそう言った。
「えっと……」
私が恐る恐る横を向き聞き返すと、今度は目線が合った。
そしてもう一度大河内岳の口が動いた。
「僕は?」
やっぱり間違いない。
彼は何か私に意見を求めている。
でもそれが何なのかはあまりにも沈黙が長過ぎて、前の会話が上手く思い出せない。
まだ大河内岳と言う人間を私は深く理解していない。
だから彼の表情だけでは何を考えているのかさっぱりわからない。
私はただ自分の片思い中の相手を怒らせてしまったのかと緊張し、固まってしまった時だった。
「僕は好きです」
彼が私の目を見つめながらハッキリと『好き』と言った。
一瞬私は自分のことでは無いと思ったが、彼の目が確実にそう言っている。
大河内岳は私の事が好きなのだと。
一瞬で自分の顔が真っ赤に染まって行くのが分かった。
私は随分間抜けな顔をしていただろう。
私の脳みそだけでは、今起きている状況をすぐには理解できなかった。
「好きです」
二回目で流石に理解した。
そして私は、持っていた下敷きで、すぐにその驚いて閉じない口を隠した。
でもその下敷きは半透明だと気付き、その後机の上に置いてあった数学の教科書で顔全体を隠した。
「私も……好きです」
こうして私達は、今日から晴れてカップルとなった。
付き合うと言っても、今までと何か変わるかといえばそうでも無かった。
ただ一緒に帰って、テスト期間中は一緒に勉強して、月に二回の日曜の午後オフは二人で遊ぶ時もあれば数人で遊ぶ時もあった。
付き合ってすぐは周りに公表はしていなかったが、涼にだけはバレてしまった。
涼に気付かれた後は、そのまますぐに健太と陽咲にもバレてしまった。
付き合って二ヶ月くらいが経った頃、一緒に課題をしていた時だった。
「実はね、中学三年の頃から岳の事、気になってたんだよね。
だから同じクラスになったって知った時は驚いたよ」
私の方が先に気になっていたマウントを取ろうとしたら、その戦いは一瞬で負けてしまった。
「僕は小学六年生の頃から」
私は嬉しさと驚きで勉強中の教科書に顔をうずめた。
私達は仲良く平和に日々を過ごしていた。
三学期に入る頃には、私達が付き合ってることはみんなに知れ渡り、応援してくれる友達も多くいた。
この時は思いもしなかった。
これからの私達の身に起きる出来事を。
親睦会の日をきっかけに確かに私達は仲良くなった。
限られた時間の中で学生時代を共に過ごした。
友達になり仲間になり戦友になり恋人になった。
私達の永遠を信じた頃、高校二年の春、一人の空手少年が私達のスポクラに転校してきた。
それ以外は何も変わることなく時間が過ぎていった。
しかし、その一人の少年が岳の人生を大きく変えた。
当たり前だった私達の日常が目まぐるしく変わっていく。
そして高校を卒業する前、彼は突然私たちの前から姿を消した。