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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
エピローグ
33/33

花屋の恋


 この街にある小さな花屋さんで、一人の少年が大人になっていった。

 



 初めてその少年が来店したのは、リニューアルオープンしてすぐの頃だった。


丁度卒業シーズンで、花屋にもたくさんの卒業を祝う花束の注文が入った時期に、花屋とは程遠い雰囲気の少年が一人で店に入ってきた。


恐らく花屋には一度もきたことが無いのだろう。


その少年は店に入るなり、辺りを見渡し何歩か進んだかと思えばその場で固まってしまった。

 


「いらっしゃいませ」


店長さんが声をかけると、その少年は深々と頭を下げた。



背が高いからか、無言で頭を下げる少年に少し威圧感を感じてしまった。


きっとその少年はたくさん調べ、色々考えてこの店に来てくれたのだろう。

注文を聞くと少し照れながらも明確に説明してくれたから。

 


 初めてその少年が店に来た日、完成した花束を渡すと緊張が解けたのか入店してから初めて笑みを浮かべた。


店長が少年とたくさん相談し、完成した花束を見た時、花屋でアルバイトを始めたばかりの私は、まだその花束の意味を理解していなかった。


ただピンクの可愛いらしい花束が出来上がり、女の子にプレゼントでもするのだろうと勝手に想像していた。


「ありがとうございました」

 

少年は最後にまた、深々と頭を下げて帰って行った。

 

なんて行儀の良い学生なんだろうと思った。

誠実でスポーツマンの様な少年の姿勢は、私の記憶にすごく残っていた。

 


だから半年後、またその少年が一人で来店した時はすぐにピンクの花束の子だと気づいた。

 


「いらっしゃいませ」

 

店長はいつもの様にお客さんに接している。

今日もまたその少年と相談をして、一つの花束を店長が包装していた。


二人の会話を聞くには少し遠い場所に私はいたので、会話の内容は分からないけど、長い時間話していた割に完成した花束は、以前と同じピンク色の可愛い花束だった。


私も半年間花屋で働いているので、流石に花の種類や名前は覚えた。


完成されたガーベラの花束を見た少年は、少しだけ笑みを見せ、また深々と頭を下げて帰っていった。


彼女にあげるのだろうか。

花に興味のなさそうな雰囲気で、花束を持つ背の高い少年のギャップに私は少しやられそうだった。

 


 私は密かにその少年を推していた。

勝手にあの花束を受け取る相手の子を想像しては、一人でドキドキしていた。

きっとその女の子は幸せに違いないと。

勝手に私の頭で、ストーリーを作っていた。


それからその少年は、半年に一度くらいのペースでこの店にやって来た。

 

五回目の来店の時だっただろうか。

もうすっかり花屋にも慣れた様子で、その少年は店に入ってきて花束を注文した。

 


「いらっしゃい、いつもの?」

 

店長はまるで、常連さんに話しかける様にその少年と話している。

私の知らない間に、少年と店長の距離は随分縮まったように感じた。



「はい」

 

私の推しは行儀良く返事を返した。


「色は何色にしましょうか?」

 

店長は何を聞いてるんだろうと、いつもと同じでオーダーを受けていたのにと私は心の中で会話をした。

 

私はもちろんピンクだよと心の中で返した。


「今日はブルー系でお願いします」

 

私は肩から崩れ落ちそうになった。

私の中にある故郷の関西の血が騒いだ。

心の中で思わず突っ込んでしまった。

『ピンクちゃうんかい』と。


「かしこまりました。自分で選ぶ?」

 

私が想像している以上に、二人の会話のテンポがスムーズだった。


「はい」

 

何を自分で選ぶのかなと思って推しをしばらく観察していると、私の推しはガーベラが並べてあるケースの前で少し眺めてからピンクのガーベラを四本、自分で選んで店長に渡した。


『……いや、ピンクなんかい』

思わず出そうになる声を必死に心の中に抑えた。


それにしても、店長が花をお客さん本人に選んでもらうのは珍しかった。

 

完成した花束は、いつもと同じピンクのガーベラが四本包まれていた。

 

でも今日はいつもと雰囲気が違い、ブルー系のリボンと包装紙で包まれていた。


「そろそろ気づいてくれると良いね」

 

店長は少年に花束を渡しながらそう付け加えた。



私はまた勝手にストーリーを作ってしまった。

もしかして私の推しは、片想い中の相手に花束をプレゼントしているのではないかと。

 

また深々とお辞儀をし、私の推しは帰っていった。


それにしても、店長と私の推しは一体どんな関係なのか気になって、つい店長に聞いてしまった。


すると店長は無邪気な乙女の様に答えた。


「息子が一人で何回も花束を買い行ってるて想像しただけで可愛いよね。息子はいないけど」


私は少し興奮している店長をしばらく眺めていた。

ついでにもう一つ質問をした。


「店長はあの花束を渡す相手は知ってるんですか?」


「彼女に渡す花束みたいよ。花言葉はまだ気づかれていないみたいだけどね」

 

店長は私よりも、私の推しの事に詳しい様だった。

それもそうだ。

私はまだ自分の推しと話した事はないのだから。


「ガーベラの花言葉って何ですか?」

 

流石に質問ばかりしていたからだろうか、花言葉の意味は教えてくれなかった。

 

それからもその少年は、何度もこの花屋に訪れては、いつもと同じピンクのガーベラの花束を買いに来た。

 

初めて来た日から何年経っただろうか。

しばらく姿を見ない日が続き、忘れかけていた頃だった。

 



「あら、久しぶりね」

 

店長の声が少し高くなったのが分かった。

誰が来たのだろうかとドアの方に目を向けると、随分姿の変わった数年前の私の推しが現れた。



「こんにちは」

 

相変わらず礼儀良く返事する少年は、もう少年でも無く立派な大人だった。


元気だったかと聞く店長に、その男性は今までにないくらいの笑顔で返事をした。


私はまるで別人の様になってしまった数年前の推しに驚いた。


「今日はプロポーズの花束をお願いしたくて」

 

その男性は少し照れながら花束を注文した。

もう以前の少年の面影は消え、今は紳士で素敵な男性からの注文だった。


「まあ、そうなのね。いつもの?」

 

店長がプロポーズと言う言葉を聞き、テンションが上がっているのが分かった。



「白色系でお願いします」

 

その男性はいつもの様に、ガーベラのケースからピンク色を四本手にし店長に渡し、色も指定した。



「お待ち下さい」

 

店長はいつもの様に奥の作業台に消えていった。


今日はいつもより包装の時間がかかり、店の中はしばらく私とその男性だけになってしまった。


だから私は、数年越しに初めて、以前の推しに話しかけた。



「ご結婚おめでとうございます」


少し緊張した私は失言をしてしまった。

言ってしまった瞬間に気づいてしまった。

プロポーズの花束と言うことは、まだ結婚するかどうか決まってないと言うことを。

 

でもその男性は喜んでくれた様だった。


「ありがとうございます」

 

男性の顔が少年の様に緩むのが分かった。

そしてそのまま頭を下げてくれた。

どこまでも礼儀正しい人だった。



「お待たせしました」

 

奥から店長が花束を持って戻ってきた。

長い時間包装をしていた様だ。


すると店長は一つの花束を男性に突き出した。



「これは私から君にプレゼントです」

 

そう言って、黄色い花を鮮やかな緑色の紙で包まれた花束を男性に渡した。


「君は高校生の頃から誠実に思い続けて、多分それはこれからもずっと変わらないんだと思う。

このスターチスの花言葉の様にね」

 

男性はしばらくその花束を眺めていた。

感動しているのが感じとれた。


少し涙目になっているのが、分かった。

 

いつもの様にお辞儀をした後、ピンクのガーベラと黄色のスターチスの二つの花束を抱え男性は帰っていった。



 私はその日、まるでスターチスの様な男性に密かに失恋した。



 


 この物語は、夏の夜に一緒にコンビニへ行き、帰りは手を繋ぎ、買った"アイス"を食べながら街を散歩する、平凡な"恋"愛がしたい少女と、そんな少女のことを一途に誠実に思い続ける、"スターチス"の花言葉の様な少年が結ばれるお話でした。

 

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