二十九話 卒業式
空っぽの部屋を見渡した時、色んな思い出が一気に蘇って来た。
期待と不安が入り混じった四年前。
大学生活を想像するだけで楽しかった。
大学の四年間は人生の夏休みだと大人は言う。
四年間なんて高校生活よりも一年長い日数を過ごす。
それがまさか振り返ってみれば、こんなに呆気なく終わりが来たことに驚いている。
大学に入学した当初は、四年生のスーツを着た就活生は随分大人の様に感じた。
初々しいであろう私たちが、あんな風に就活生になってスーツを着るのはまだ随分先の様に感じていた。
きっとあの方達は、頭の中も考え方も全て大人なんだろうなと。
でもいざ自分が就活を終え、後は卒業式を迎えるだけになった今、それほど大して大人でも無い。
あの頃想像していた『大人びた四年生』とは大きくかけ離れた、ただ四年間大学生活を過ごしてきた中身は新入生のままだった。
今は街を歩く社会人に凄く大人だなと感じている。
この時はまだ気づいていない。
案外、自分が社会人五年目になったとしても、やっぱり中身はあの頃のままなのだという事を。
それでも一つだけ変わった事があるとするのなら、それは私の隣には岳がいるという事だ。
高校の卒業式の日、岳は校舎には現れなかった。
今日は目の前に岳がいる。
それだけで私の心は満たされた。
「卒業おめでとう」
岳はあれから付き物が取れたみたいに、表情が緩くなった。
私は岳のファンでもあったので、岳の小さな表情の変化も察知できる。
でもそれは周りにはあまり伝わらない。
あれだけ一緒にいる涼と陽咲でも分からない時の方が多い。
そんな岳が笑顔でおめでとうと言ってくれる。
手を後ろに回し何かを隠している様だけど、花束がチラチラ見えていた。
私は我慢出来ずに両手を岳に差し出した。
「やっぱりバレてたね」
岳は少し照れながら、一つの花束を私に差し出した。
綺麗な優しいピンク色の花が可愛く包装されてある。
私は、この名前も知らない花が大好きだ。
岳と一緒に用意をしたのだろう。
涼も陽咲に花束をプレゼントしていた。
「陽咲の綺麗な赤色だね」
「紬もピンク似合ってるね」
私たちは男二人をそっちのけに、貰った花束を見せ合っては褒め合った。
私と陽咲が四年間通った大学のグラウンドは今、卒業生で溢れている。
そんな中を一際目立つ、男二人が登場した。
忘れていたけど岳は初見だと無愛想で少し怖いが、身長は随分と高く、体型は日頃から鍛えているのでがっしりしている。
涼もバスケ部の元エースなだけあって、身長は岳よりも高く、スタイルが良いくせに鍛えられた綺麗な筋肉がある。
普段はジャージしか着ないそんな二人が、今日はそれぞれ花束を待ってスーツ姿で現れた。
つい花束に気を取られ忘れていたけど、よくよく見るとかっこいい。
私たちが花束に夢中になっていた時、周りの視線は岳と涼に集中していた。
良く陽咲に言われる事がある。
『がっくんてモテそうだけど、
紬にしか興味無いのが見え見えで全くモテないよね』と。
私だって同じことを思っていた。
涼は性格も明るくて頼りになってあの見た目でモテるはずなのに、肝心の涼はと言うと陽咲を大事にしていて二人は本当に仲が良いので、間に入る隙はほぼない。
だから私たちは嫉妬や浮気の心配をしたこともないのだけど、今日に関しては例外な気がした。
それぐらいにスーツを着た二人は、周りの視線を独占していた。
「二人とも袴似合ってるね」
そんな周りの視線を気にする事無く、涼は私たちを褒めながらたくさん写真を撮ってくれた。
その横で無言でシャッターを押している岳。
そこに、二人の男女が私たちに声をかけてきた。
「お兄さん達、写真撮りましょうか?」
振り返ると綺麗なお姉さんと見慣れないスーツ姿の男がいた。
私と陽咲はすぐにお姉さんに飛びついた。
「蘭!」
そこには綺麗な袴姿の蘭と本当に見慣れないスーツ姿の健太がいた。
それからは何の話をしていたのか、時間はあっという間に過ぎていった。
途中でそれぞれの部活の後輩に会い、花束と色紙を貰い、授業で仲良くなった後輩にも花束を貰った。
校舎を出る頃には幸せの分だけ荷物が一杯になった。
私たちは濃い四年間を過ごせた校舎と最後のお別れをした。
桜の花びらが満開になった日、その日は雲一つない晴天の日に私たちは遂に社会人の階段を登り始めた。
私たちの学生時代が終わり、今度こそみんながそれぞれ違う所で新たなスタートを切り始めた。




