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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
第五章 光
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二十七話 それぞれの想い①


 あえて私がバイトの日に、予定を合わせたのだろうか。今日は岳が私の家に行く日だ。

本当は私も隣で心細い岳を支えてあげたかった。


今日だけは許してくれるだろうと私は、バイト中も携帯電話をポケットに入れながらレジに立った。


いつも楽しく会話する常連さんの話も全く耳に入ってこなかった。ポケットに入っている携帯は、連絡が来ればすぐに分かる様にも設定していた。

レジから見える時計をずっと眺めながら、長い長い時間が続いた。


「紬ちゃん、こんにちは」

 

毎日同じ時間に買い物に来て、月に一度だけ大福とお酒だけを買う、常連の今西のお婆ちゃんだ。

 

視線を時計から、私よりも遥かに下の今西のお婆ちゃんの目線に合わせながら挨拶した。


「今日はね、五回忌なの。

だからイチゴ入りにしたの」

 

お婆ちゃんはいつもの小さい財布から小銭をゆっくり出しながら話した。

私は何度も今西のお婆ちゃんに優しい言葉で助けられた事がある。


「何か心配事かい?」

 

私の表情に全てが出ていたのだろうか。

心配そうに私の顔を覗いている。

今日はお婆ちゃんにとって辛い日なのに――。



「大丈夫。

今日はじいさんに会える日だから、

きっと何か幸せな事が起きるよ」

 

お婆ちゃんが『じいさん』を想いながら話をしているその姿は幸せそうだった。これからデートに行く女の子の様に思えた。

 

「努力はたとえ報われなくても、その努力が本物ならいつか必ず人の心には伝わるよ」


お婆ちゃんの言葉はゆっくりと、でも確かに私の胸に希望となって入ってきた。


「ありがとうございます。またお越し下さいませ」

 

私がお婆ちゃんに精一杯の感謝を伝えて頭を下げた時、ポケットに入れてあった携帯が揺れた。

 

それと同時に床に一滴の血が垂れた。

レジの業務をしているとたまによくする怪我で、多分レシートを渡す時にでも指が切れてのだろう。

私は慌ててレジを休止し隣のレジに向かった。


「ごめん、指切れちゃったからトイレ行ってくる」


「またですか?

もう時間ですし、このまま上がっちゃってください」


丁度、携帯を見ればいいと思って血はほぼ止まっていたけどトイレに急いだ。

 

鼓動が速くなるのが分かった。


今の時間に連絡が来るのはあまりにも速すぎる。

また話を聞いて貰えなかったのか、それとも全く違う人からの連絡なのか、携帯を恐る恐る見た。


そこまでは記憶にある。


でもそこからはあまり覚えていなかった。


頭が真っ白になるのは初めてでは無い。

 

携帯の画面には、父から二回の着信とメッセージが届いていた。


『すぐに連絡下さい』

 

私は多分、タイムカードを切ってすぐに店を出たのだろう。

 

気づけば足が動き、無我夢中でひたすら走っていた。父の言葉が頭の中を永遠に繰り返す。

 


どれぐらい走ってのだろうか。

 


警察署に着いた瞬間、力強い男の声が聞こえた。

 





 私の目の前の世界が変わり始めた。





 岳は仕事帰りの父の時間に合わせて、私の実家に向かっていた。私は予め母に連絡をしといた。

母は特に何かを言う訳でもなく、ただ一言了解と返事が返ってきた。

 

岳はいつもの様にスーツを身にまとい、菓子折を持って鏡で身だしなみをチェックしてから家を出た。


きっと行く道で色んな想像をしながら向ったのだろう。

 

岳は警察署でこう話したそうだ。

 


岳は私の家に向かう途中、家に向かって歩く私の父を見かけた。

 

あたりは徐々に暗くなってきて、街灯も無く人気の無い道だった。

岳は緊張をしていたのか、父を見つけてもすぐに声は掛けられなかった。


しばらく歩く速度を落とし、父が家に入るのを待っていた時だった。


前から三人組の男が歩いてきた。

その男たちは、前を見ずに話に夢中で父とぶつかりそうだなと思っていたら本当にぶつかった。


岳は慌てて私の父に駆け寄ろうとしてくれたそうだ。


でもすぐにその足は、地面にへばり付いてしまい動かなくなってしまった。




四年間会う事も無く、話すことも無く、写真を見ることも無く、どこに行ったのかも分からない。

今はどんな姿でどんな髪型で何をしているかも分からないはずなのに、その正体は一瞬で分かってしまった。


それも確実に。



「笹原……」

 


ここからでは何を話しているのか分からない。

それでも岳の足は動かない。

誰かの怒鳴り声でやっと我に返った。

どうやら私の父がどんなに頭を下げて謝っても、その三人組はしつこく迫っていた。


でもよく見れば、迫ってるのは二人だった。

近くに行けば笹原は何も話していなかった。

無表情だった。他の二人とは大違いだった。



「お義父さん」

 

岳は急いで父の前に立ち、笹原たちから父を離した。


笹原は目の前に現れた男が、岳だとはすぐに気づかなかった様だ。

 


あれから四年ぶりに顔を合わせた。

 

そして、今まで閉じていた笹原の口がやっと開いた。



「……お前」

 


笹原の顔色が変わっていくのが分かった。

 

人の頭に血が昇る瞬間を岳は目の前で体験した。

そこには二人だけの空気が流れ始める。

 


何に対して怒りが込み上がってきたのか、誰に対して腹を立てているのか、なぜこんなにも彼の心は荒れているのか、笹原は岳の胸ぐらを勢いよく掴んだ。


綺麗に着飾った岳のスーツは一瞬にして乱れていく。



「何でお前がここにいる!

……まさかまだ――」

 


笹原は何かを言いかけて辞めた。

今、岳の前にいる笹原は、まるで自分だけ不幸な人生を歩んで来たかのように見えた。


笹原は自分の中で何かを理解したのか、意味深な笑みを浮かべた。そして遂に岳に手を出した。

 


笹原は学生の頃から空手の才能だけはあった。

実力は空手部のエースであった岳とも張り合う程強かった。

体格にも恵まれ、パワーも高校生の中ではある方だった。

だから殴られた岳は何も対抗できずに、一瞬にして地面に倒れた。


そして倒れた岳の上に笹原が乗り、次々と勢い良く岳に殴りかかった。

 

岳は今でもトレーニングを欠かさない。

岳もまた、現役時代は空手の天才と言われていた男だ。

 


岳からすると今の状況は本当に意味が分からない。

まるで笹原は、岳が何事もなく高校生活を送り、空手を続け、推薦の大学に通い、就職先が決まったとでも思っている様だった。

自分だけが、不幸と思っているのかの様に。

そんな事は一つも合っていないのに。

岳はすぐに立場を逆転させた。

そして岳の怒りもまた、頂点に達していた。

 

岳は今、笹原の上にまたがって笹原の胸ぐらを掴んでいる。

 

岳の口からは、次から次へと止まることのない怒りが言葉にして出てきた。


「何で今頃現れた!

何であの時逃げたんだ!

何でいつも卑怯な事しかできないんだ!

何でまた……」

 

岳は胸ぐらを掴んだまま笹原の胸に泣き崩れた。




「何でまた……

僕と紬の邪魔を……するんだよ」

 



その言葉を、『紬』と言う言葉を聞いた笹原が、さっきまで気が動転していた笹原の力が一瞬にして抜けた。

 


その瞬間、数秒前は岳の耳には聞こえていなかったパトカーのサイレンが急に近くで止まった。


随分前の段階で父は、警察に通報していたのだろう。


岳は笹原の上にまたがった時、警察が到着した。


警官と父が何かを話している。

別の警官が岳と笹原を引き離そうと走ってくる。


そして二人はそのまま、署で取調べを受けることになった。

 



 岳にとっては久しぶりの署だった。

しかも私の父と一緒に。

最悪の状況だった。

岳は途中、父を忘れるほど笹原に怒りをぶつけてしまっていた。



「あなた、あの時の……」

 

取調べの岳を担当したのは、不運にも以前に取調べを受けた刑事だったそうだ。

 


そう言えば私は当時、母からある噂を聞いていた。


普通、学生で警察の取調べを受けた場合、気が確かで居られなくなるという。

感情が乱れたり、涙を流したり、動揺をしたり、緊張して上手く話す事が出来なくなる。

目を合わせる事も、困難な場合がほとんどだ。


でも岳は一才乱れる事なく、ずっと刑事を睨み付け、感情的にもならないで署ではずっと淡々としていた。


それを見た刑事は岳に対して、『あの子は普通では無い』と言ったそうだ。

まるで問題を起こしてもおかしく無いかの様に。

 

これは保護者の間で広まっていた噂だ。

 

そして今、岳の目の前に座り取調べをしている刑事こそ、まさに四年前、岳に対して『普通では無い』と言った人だった。

 


それでも当時と比べると、今日の岳は少し動揺し慌てていたのだろう。


岳自身もきっと、一度警察にお世話になり覚えられていたとなれば、中々信用されない事は分かっていた。


そして同じ空間には私の父もいる。

まだ父に何も話していない状況で、何も認めてもらえていない状況での今回の出来事。


最初は父を助けて動いた行動も、今となっては何の意味も無くなってしまった。

 

状況説明は続き、すぐ横で笹原も刑事に質問されている。岳は今までにあった出来事を話している間も、笹原が口を開く事は無かった。

 


警察署に着いてからどれくらいの時間が経っただろうか。笹原が急に姿勢を正したと思ったら、目線を少し下げながら口を開いた。

 


その一言目が、私が署に着いた時、最初に聞こえてきた言葉だった。

 



しばらくその場が静まり返った。

 

どれくらい時間が経過しただろうか。

その後笹原は、誰も知らない、あの日の事件の真相を話し始めた。

 

もちろん私も岳も聞くのが初めてだった。

 

 



 

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