二十六話 岳の道のり③
「お疲れ様です!」
七月に入れば全員の就職先が決まり、自由となれば予定なんてすぐに立てることができた。
中々会えなかった分、みんなの会いたかった欲が大きかったのと、就活の疲労から解放されたくて無理にでも予定を空け、本当に久々に五人で集まった。
私と健太が同時に就活を終え、無事みんながスーツから解放された。
「みんな本当にお疲れ」
私はそのまま、普段は飲まないお酒を一気に口にした。
特に私と健太は、本当にこの言葉が身に染みている。
実の所、岳の就活が終わってから少し焦っていた。
陽咲はとっくの前に実業団から声をかけてもらい、涼は中学の母校の教員に決まりそうで、岳も陽咲も涼も明確な目標があった。
でも私にはこれと言った目標や仕事が無かった。
就活をしながら見つければいいかなんて思って今に至る。
最終的には、やりたい事ではないけど興味のある職業に決まり自分の中で満足している。
だから本当に解放されたようで嬉しかった。
それと内定が決まった日、健太からメッセージが届いて驚いた。
「まさか、健太と同じ日に内定もらえるとはね」
「俺たちまさに運命」
「運命で言うと、がっくんこそ本当に運命だよね」
「陽咲も凄い」
「俺だけ仲間外れじゃん」
私たちはしばらくお互いの就活の話をつまみにお酒を飲んだ。
どんな社会人になって、どんな日常を過ごすのか想像するだけで楽しかった。
そしてそんな私たちの将来に何度も乾杯をした。
久しぶりに集まるみんな、就活からの解放、色んなことが重なり気分が良く、みんなはお酒が進み、ある程度酔っていた。
酔っていた上で珍しく健太が真面目な話をしだした。
私と岳の話だ。
正しくは私と岳の今後の話。
就活に追われていた私は、一旦両親に岳との交際を認めてもらう事は後回しにしていた。
そもそも就職先も決まらないで、認めてもらえるなんて思ってもいない。それは岳も同じだ。
だからまずは就活に専念し、終わってから次に進もうと話していた。
最近私の就活が終わったばかりだ。
これからもう一度、父に会いに行かないとと思っていただけでまだ岳とは何も決めていなかった。
そんな時に健太が一言、酔っているからかゆっくりと呟いた。
「岳もやっと……結婚か……」
私は目が覚めた。
完全に酔いが覚めた。
いやいやいやいや。
まだ許しても貰えてないのに、結婚なんて。
でも陽咲も珍しく健太に同意見だった。
よく考えてみれば、確かに旭陽大学から誘われたと言う事は――。私は二人の話に丸め込まれた。
そこからはみんなが酔いから覚め、真剣に私達の今後について話し合った。
二件目の店に移る時に少し歩いたからか、五人とも完全に元に戻った。
居酒屋に着き、とりあえずと頼んだのはウーロン茶五杯。
私と岳は隣に座り、私たちの前に涼、陽咲、健太と座り、まるで集団面接をしているかの様に質問された。
「だってがっくんは高校の時にスカウトされていて、事情を知った上でがっくんの事を認めもう一度スカウトされたんでしょ?」
陽咲はどこに向かって怒りをぶつけているのか分からないくらい勢いよく喋った。
「しかも、あの空手で有名な旭陽大学」
「更には、強豪校のトレーナー兼コーチ」
涼と健太も陽咲に続いた。
三人は、自分の身体が段々と前のめりになっている事に気付いていないのだろう。
岳は三人の話をただ聞いているだけだった。
勢いがあまりにも凄すぎて。
「確かにそうかもしれない」
私は三人の話に激しく頷いた。
「いや、これはもしかすると岳の努力が報われたかもね」
なんだか私も行ける気がしてきた。
これまでに岳が努力して来た事は言うまでもなく、それが母には認められた。
父はたまたまその時に話せなかったけど、もしかしたらもう許してくれているかもしれない。
それに就職先も決まり、それは岳の勉強や頑張り、人柄が認められたからだ。
しばらくしても何も話さない岳の方を見ると、岳自身はそうは感じていない様だった。
「根本的な原因は…何も解決して無い気がするけど」
すごく小さな声で自信なさそうに岳は言った。
楽しかったお疲れ会も、時計を見れば日付が変わっていて、私たちは渋々解散した。
「がっくんどうするの?紬の家?」
陽咲は涼と手を繋ぎながらこのまま家に帰るのだろう。
健太は自分の家に帰り、涼は陽咲の家に泊まる。
岳はどうするんだろう。
未だかつて岳は、私の家に泊まったことは無い。
大学生になって初めて家に来たのは、三回生の頃だった。それから何回か家に来た事はあるけど、それも数えれる程度。
陽咲と涼と四人で旅行に行く事が増え、部屋は別々だったので一緒に寝た事は何度もある。
でもそれも三回生になってからの話だ。
温泉旅行やテーマパークに都会の観光。
本当にたくさんの思い出を作る事ができている。
陽咲は必ず泊まりでの旅行を計画してくれる。
きっと私と岳の為だろう。
部活もあって中々予定が合わない時は、みんなでバイトを入れてお金を稼ぎ、オフの時期にたくさん旅行に行く。
それだけでも十分幸せだった。
でもたまに、夜中に一人でコンビニに行った時、同級生カップルが部屋着で手を繋ぎながら買ったアイスを食べて帰る姿を見ると凄く羨ましかった。
私はそんな平凡で、なんてない日常がただただ羨ましかった。
「僕も……紬の家に帰りたい」
岳は珍しく酔っていた。
ただ静かに酔っていた。
今の言葉もほぼ寝言の様な物だった。
ここまで一度も岳は私の家に泊まった事がない。
この事実を陽咲や私は何度も岳に説得したけど岳は頑なに否定した。
今となっては岳の想いを尊重したいからと、酔ってる隙に記憶がない間に泊まらせようなんて事はもう思わない。
「私の家に来る?」
陽咲の名案に岳は目が覚めた様だった。
少し考えている様な。
「四人でお泊まり会しようよ」
あまりにも大きく興奮気味な私の声に、岳は嬉しそうに頷いた。
繋いでいた岳の手が優しく強く握り返される。
本当に嬉しそうだった。
その横で陽咲はすぐに携帯を開き、誰かに電話をかけた。
「健太も誘ったけどもう家に着いたみたい」
こうして私たちは、初めて陽咲のマンションで四人でお泊まりをした。
私達が泊まりの用意を取りに一旦私の家に戻った時、長い時間夜道を歩いていたので岳も丁度酔いから覚めた。
私が準備をしている間、岳はソファに座って待っていた。そして私の準備が終わったと同時に正座に座り直した。
そして、岳が決意を話し始めた。
「次の休みの日、お父さんに会いに行くよ」
岳にとって、私の実家に行くと決める事は簡単なことではないだろう。
今までに何度も、行っては突き放されてきた場所だ。行くだけでも凄く勇気のいる事だと思う。
行っても話を聞いてくれるかどうかも分からない。
そんな状況でも、岳はめげずに何度も私の実家に通ってくれた。
岳にとっても私にとっても、なんだか今回が最後のチャンスの様な気がした。
色んなことがあってからの四年間の中で、今が一番自信がある気がした。
岳の気持ちも十分に伝わっているだろう。
自分の力で、目指していた仕事にも就職できた。
これでも駄目というのなら、私が家族と縁を切った方が良さそうだ。
それくらいの気持ちだった。
私はただ岳の力になりたかった。
岳の背中を押してあげたかった。
「一緒に頑張ろう」
岳がこれまでに、私の知らない所で一人で父に会いに行っていたと母から聞いた時、私は何もできないけどせめて隣にいることはできる。
でも岳はこう言った。
「今回は一人で行くよ」
岳の目に迷いは無かった。
まるでずっと前から決めていた様な雰囲気だった。
だから私はそんな岳の決意を見守る事に決めた。
「行こうか」
そう言いながら、私の荷物を持って玄関に歩いて行った。その後ろ姿は今までにないくらい大きくてカッコよくて逞しかった。
出会った頃よりも、高校を辞めた時よりも、岳は心も身体も遥かに大きく成長していた。




