十八話 学園祭①
熱い熱い灼熱の夏が終わり、夕日が見え始めるのも随分と早くなってきた。
大会も残り少なくなって来て、これからすぐにオフシーズンに入っていく。
時間が過ぎるのは本当に一瞬だ。
陽咲の足の調子はまずまずと言った所で、随分前に退院はしたものの本調子とはいかない。
未だにリハビリ三昧の日々。
最近やっと、少しだけならジョギングをしても良いと指示があった所だ。
「流石にもうリハビリ漬けの日々になってもいいでしょ」
これは陽咲が、私たちに許しを得た時に言い放った言葉だ。
陽咲が、涼はもちろん、私と岳と健太を集めて言った。
「私はリハビリをするけど、
これは前みたいに焦っているからするんじゃない」
だから心配せずに見守っていてほしいとお願いをされたのだ。
確かに今の陽咲を見ていると、悔しいとか苦しいという感情は無さそうだ。
ただただ今まで走り続けていたのに、急に動けなくなってウズウズしている様に見えた。
だからこれからは、陽咲のリハビリには干渉しない様に努力する。
いつの間にか話題は陽咲のリハビリから、私たちの大学でもうすぐ始まる学園祭の話に変わっていった。
学園祭と言うか、ほぼほぼハロウィンパーティーの様なものだ。
時期がその時期だからか、学生達は好きな仮装をして学園祭に一日を過ごす。
去年の学園祭は、陽咲が試合で行けなくて私も結局行かなかった。
だから今年の学園祭は、大学生になって初めてのお祭りだ。
お互い涼と岳を誘ったけど二人とも用事で来れないと断られた。
「やったね、二人でデートだ」
陽咲は私にしがみ付き、岳の方を見てから嫌味っぽく言った。
岳はその挑発にまんまと乗せられたのか、無理矢理私と陽咲を引き離す。
昔と比べると、本当に岳はみんなの前だと素直になったと思う。
自分の感情を押し殺さず、表に出せる様になってきた。表情も少しは緩やかになった。
そのせいか、昔は絶対に訪れなかった、街中で知らない人に話しかけられる現象が最近起こっている。
周りから見ても顔付きが変わって来たのだろう。
私は前の何を考えているか分からない、いつも怒っていると勘違いをされるけど根は真面目で、ただの空手少年時代の岳も好きだった。
でもやっぱり、周りから話しかけられる岳の姿を見ると無性に嬉しくなる。
そして少し感動する。
ただ道を聞かれたり、ティッシュ配りの方からちゃんと配られたり。
学園祭当日、何か仮装しようと考えたけどあまり時間が無くて結局そのままの姿で学校に向かった。
正門の付近では文化部の方達が、お化けのカチューシャを配布しており、私と陽咲をそれを付けて一日過ごした。
仮装しなくてもこれだけでハロウィンの雰囲気を十分に味わえた。
学園祭の時期には陽咲の膝は、軽いジョギングが割と長い時間できる様にまで回復していた。
「足、少しでも痛くなったら言ってよね」
何度も陽咲に言いすぎたのか、陽咲がため息をついた。
「後で痛くなったのがバレた方が面倒くさいからね」
多分これは私だけに言っているのではなく、涼と岳と健太も含まれるだろう。
私達は陽咲が呆れるほどに、あれこれと言いすぎた様だ。
「蘭は?」
「試合前で練習大変だから、
夕方のダンスステージだけ一緒に見るって」
陽咲は私の答えを聞いているのか聞いていないのか、自分から聞いて来たのに周りの出店に興味深々だった。
たこ焼き、焼きそば、カステラ、クレープ、焼き鳥……私と陽咲は目に見えた美味しそうな食べ物を買って買って買い続けた。
「陽咲って筋力がどうとかで食事制限言われたんじゃなかった?」
私はふと前に看護師から言われた食事制限の話を思い出した。
「今日はカウントされないでしょ」
陽咲はたまにこうだ。
日頃の努力は、当然の様に惜しまずに頑張る。
でもたまにそれはいいの?と思うことが今までにもたくさんあった。
本人が良いなら私はこれ以上何も言わない。
ただ昨日までの、我慢して我慢して努力してきた陽咲を私は慰めてあげたいだけだ。
そう言えば、少し前に別に隠していた訳ではないけど蘭に岳の高校時代の出来事がある噂でバレてしまった。
バレてしまうと言う表現もあまりよくないかもしれないけど、バレてしまった。
私は二回生になると、初めて大学に入って告白をされた。
部活動に所属している人で、地獄キャンプの時に私のチームの一つ隣のチームだった。
少し話したことがある程度で最近告白された。
高校の時は岳と付き合っていたことは周りもみんな知っていたし、岳が学校を辞めてからは私に告白なんて縁の無い出来事だった。
大学に入ってからもどこかそれの延長線の様な気がしていて、まさか自分が告白されるなんて思いもしなかった。
もちろん、岳がいるし断ったけどその少し後から私と岳の噂が流れ始めた。
私は知らなかった。
蘭が教えてくれるまでは。
いつだっただろうか。学科が違う蘭とは普段あまり学校内で会う事は無いのに、その日はたまたまお昼の時間が被り一緒に食堂でご飯を食べた時だった。
蘭は申し訳なさそうに話し始めた。
蘭は何一つ悪く無いのに。
『テニス部の紬って子には前科持ちの彼氏がいる』
『矢波は実は裏で男に金を貢がせている』
久しぶりに感じたこの感情は虚しくも、あの頃を思い出させる。
本当に嫌だった苦しかったあの時期に戻ってしまう。
私は恐らく噂しか聞いてない蘭に一から説明した。
蘭は優しく抱きしめてくれた。
「剣道部は大丈夫。私がいるから」
なんて頼もしい友だろう。
少しでも分かってくれる人がいるだけで、救われる事を私は知っている。
知らない人たちは勝手に言わせとけばいいと思う反面、これは私では無く、岳がこの様に言われていることに対して反論したくなる時が何回もある。
この感情は私以上に陽咲や、そして涼と健太もそうだっただろう。
私と岳が散々悪口を言われようと、何も言い返すことができずにいたはずだ。
そしてそれは今もまた同じ状況だった。
陽咲には言わなくても耳に入るのは時間の問題だと思っていた。
そしてやっぱり、その日はすぐに来た。
別の日、私と陽咲が食堂でご飯を食べていた時だった。
恐らく、後ろに本人がいると思っていないのだろう。
一つのグループが私の話をしていた。
テニス部、矢波、彼氏。
この三つが揃えば完全に岳と私の噂話だ。
随分と盛り上がっている。
陽咲は痺れを切らして、席を立ち上がったが私はそれを全力で止めた。
「前科があるから、
周りに彼氏がいるって言えないんだよ」
妙にそこだけ大きく聞こえたそのセリフは、私と陽咲の怒りに更にアクセルを入れた様だ。
陽咲はわざと大きな音を立てながら立ち上がった。
そのグループは驚いたのか、陽咲の方に視線が集まる。
更に大きな音を立てながら荷物を片付け、陽咲はそのテーブルを睨んで食堂を後にした。
私もそれに続き堂々とテーブルの横を通りすぎたが、立ち止まって考えてみた。
高校の時も同じ様なシチュエーションは何度も遭遇してきた。
その度に、捜査が続いていたあの頃は私の口から反論することは出来なかった。
私たちは結局何も言い返すことができなかった。
でも、今は違う。
胸を張って何度でも言える。
何度でも否定できる。
私はもう一度振り返り、噂話で盛り上がるテーブルの前まで戻った。
そして持っていたお盆をそのテーブルに叩きつけ、言ってやった。
「テニス部の矢波です。
盛り上がっている噂話ですが、何一つ合っていないので、それでも良ければ話の続きをどうぞ」
もう一度お盆を持ち、できる限りの綺麗な姿勢で陽咲の元に戻った。
陽咲は満面の笑みで私を迎えてくれた。
「最高」
「ちょっと言い過ぎたかな……」
「足りないくらいだよ」
「だよね!」
私たちは達成感に満ち溢れながら食堂を後にした。
それでも噂が完全に無くなる事は無かったが、その分顔も覚えられてしまった。
だから私と陽咲が直接噂話を耳にする事は無くなった。




