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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
第三章 出会い
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十七話 思いがけない出来事


 今年の冬は一段と寒く、一日だけだが朝から雪が積もった日もあった。


雪国に縁の無い私達にとって、朝起きて雪が積もっていることは非日常的で気分が上がる。


その日は陽咲と一緒に雪だるまを作った。

私達は寒くて凍えそうなのに長い時間、家の外にいた。


「今年は本当に寒いね」

 

そう言いながらも雪を手の上に乗せては落とすと言う、何の意味も無い動作を陽咲は永遠にしていた。


「もうすぐ試合でしょ?バスケの体育館って寒いの?」


「冬の体育館は舐めると痛い目に遭うよ」

 

この日は何となく『怪我には気を付けないと』なんて普段しない会話をした。


まるでおばあちゃんの会話の様に、気を付けないとねとお互い言い合ったばかりだった。

 



 冬は身体が固まって急に動くと怪我の元になることは、スポーツ選手なら誰もが知っている。


それに彼女のことだ。

事前の準備は決して怠らない。

試合の何日も前から、試合の日の荷物を準備するくらいだ。


部活から家に帰ってきても、ストレッチは絶対に欠かさない。

バスケの為に生きている様な人だ。

バスケが大好きだからこそ、長年続いているルーティーンが彼女には出来上がっている。


それでも人は突然、どうしようも無い出来事が起こってしまう。


これは決して彼女の準備不足が原因ではない。

それだけは一番近くで見てきた私が断言できる。

これは本当に仕方の無い出来事だ。

 



 陽咲の怪我の知らせは涼から届いた。


今日の大会は涼の大学も同じ会場で試合をしていた。


陽咲は試合中に、突然立てなくなったと涼が言っていた。

担架で運ばれていく時に膝を抑えていたから多分膝の損傷だろうと。

あの様子だとしばらくは――。


涼はすでに試合が終わり帰ろうとしていたが、陽咲の試合が始まったので見ていたそうだ。

 

私はすぐに病院の名前だけ聞き電話を切り、隣にいた岳に話した。


今日はこれから岳と映画を見る予定だった。

チケットを買ってポップコーンとジュースを買い終わり、館内に入って行く所だった。

 

良かった。

館内に入る前で。

携帯を鞄に入れる前に連絡が来て。

携帯をマナーモードにする前で。

 


私達はすぐに陽咲と涼のいる病院に向かった。

 

病院に着けば、車椅子に乗った陽咲と涼が受付のソファにいたのが見えた。

私は流れてきそうな涙を堪えて二人の元に駆け寄った。


「むぎむぎとがっくんまで」

 

そう言いながら陽咲が涼を睨んでいる。

恐らく陽咲のことだから私達には言わないでと涼に釘を刺したんだろう。


「陽咲に言われる前に紬に電話してて」


涼は言い訳をしているが明らかに覇気が無かった。


『大した事ないからわざわざ来なくても良かったのに』

 

陽咲は多分そう言ったんだろう。

その言葉は途中で涼の大きな声によりかき消されていった。


「大した事だよ!全治六ヶ月以上の怪我は」

 

やっぱりそうかと、涼の言葉を聞いて確信に変わった。

恐らく陽咲は膝の半月板損傷だ。

 

陽咲はその日、検査入院をして後日手術をすることになった。

しばらく入院生活が続きそうだ。


その間、私はもちろん涼も頻繁に見舞いに行った。

私たちはできる限り陽咲が一人にならないように、交代で陽咲の病室に通った。


私たちは陽咲が落ち込まない様に通っていたつもりだったが、肝心の陽咲はいつも通りの陽咲で驚いた。


手術が無事終わりリハビリ期間に入った陽咲。


試合の日から約二ヶ月が経ったくらいだ。

流石に落ち込んで弱音を吐くかなと思い、たくさん慰めの言葉を考えていたのに、その言葉を披露する事は永遠に来そうにない。


 今日は健太と二人で陽咲の所に行った。

いつも通り病室で話して、時間になれば一緒にリハビリの部屋に行って私たちは陽咲を見守る。


今日もいつも通りに陽咲は健太に呆れながら、それでも楽しそうに昔話をしながら時間が過ぎていった。


「あ、そろそろ行かないと」

 

健太が時計を見て急に立ち上がった。


「何か予定あるの?」


「蘭と会う。空良も」

 

私の質問に健太はバカ正直に答えてくれた。

聞いた私も悪いけど、私は健太の背中を思いっきり叩いた。わざわざ堀村君の名前を出さなくても...。


「また蘭と一緒に来るよ」


「剣道部は忙しそうだから、無理しなくて良いって言ってるのに」


陽咲が少し申し訳無さそうに言ってるのが気になった。

もしかして私達が頻繁に来ているのも――。


「私も帰るね」


今日は私も帰る事にした。


二人で病室を出てエレベーターを待っている時だった。


「すみません、陽咲ちゃんの友人の方ですよね?」

 

私たちは一人の看護師さんに声を掛けられた。


「少し時間ありますか?」


その女性の看護師さんは少し深刻な顔をしていた。

健太はすぐに携帯を開き、電話で誰かに『遅れる』とだけ言って電話を切った。


「大丈夫ですよ」

健太の言葉に看護師さんは少し安心したのだろう。

私たちは別室に移動し話を聞いた。


「陽咲ちゃん、友人さん達が来てくれてる時は凄く楽しそうで、リハビリも頑張ってくれているんです。

実は皆さんが帰った後、すぐにまたリハビリを始めるんです。

でも一切弱音を吐かないで、黙々とその日のメニューを永遠にやり続けるんです。

トレーナーさん達も最初は凄いねって褒めてたんですが、最近は何かに追われている様にトレーニングをしていて……」


私と健太は顔を見合わせながら言葉に詰まった。

何か知っていますか?と聞かれても本当に何も知らなかった。


私たちは首を横に振るしかなかった。

陽咲がいつも通りすぎて。

あんなに大きな怪我をしていつも通りな訳が無いのに、それでも陽咲ならポジティブな性格だからと私たちも何も思わなかった。

そして看護師さんは付け足した。


「私たちの前でも元気に接してくれるんです。

驚くぐらい前向きで。でもある日、夜中に泣いているのを一人の看護師が見つけて、それから毎日実は夜になると泣いていたんです。昨日の夜も。

彼女のメンタルは恐らく限界なはずなんです」

 

私はどうしたら良いか分からなくて、ただただ陽咲を思うと涙が止まらなかった。


そもそも私は出会ってから陽咲の泣く姿をほとんど見たことが無い。

陽咲は我慢強い女性でもあると、私が勝手に決めつけてしまっていた。


本当は陽咲だって極普通の女の子だった。


「僕達に何かできる事はありませんか?」

 

看護師さんも一緒に考えてくれたが、はっきりとした解決策は無い。それでも看護師さんは私たちにこう言ってくれた。


「陽咲ちゃんの心に寄り添えれば、少しでも気持ちが楽になれば、何か変わるかもしれないです。

ヒトは自分の中に持っている感情を言葉にできず、その感情を閉じ込めてしまう事によって、いずれはその感情の行き場を無くしてしまい最終的に自己嫌悪になってしまう習性がある生き物だと思うので」

 

陽咲が何を抱えているのかは大体分かる。

そしてそのことを私たちに話せないのも、なんとなく分かる気がする。

 

健太と私は結局その日具体的な解決策は思い浮かばずそのまま解散した。

 

私は家に帰り、今日の事を岳に相談した。

すると岳は少し考えてからこう言った。


「それ……僕に任せてもらえないかな」

 

意外だった。岳がそんな風に言うとは考えていなかった。


その数日後、岳は一人で陽咲のお見舞いに行った。

 

そしてさらにそれから二週間が経った頃だろうか。

私はしばらく陽咲にどんな顔で会えば良いのか、なんて声を掛ければ良いのか分からなくてしばらく陽咲の元に行けていなかった。


「もう大丈夫だと思う。

陽咲はもう大丈夫。やっぱりあいつは凄いよ」

 

岳が何をしたのか、陽咲に何があったのか全く見当も付かないまま勝手に事は解決した。

 

陽咲に会いに行くと、前に話てくれた看護師さんが私の所に来た。


「本当にありがとう。

やっぱり私達ではダメだった。友達が一番ね」

 

そう言って、笑顔で去って行った。

でも良かった。もう大丈夫なんだ。

 

 


 それにしても岳は一体、陽咲に何をしたんだろうと尋ねても教えてくれない。

初めて隠し事をされてしまった。

陽咲に聞いても教えてくれない。

 

私はこの地球上の中の一枚の落ち葉分くらい、二人を嫌いになった。

 



 陽咲が手術をしてどれくらい経っただろうか。

リハビリもズル休みをするくらいになった頃、明日で退院する日に私と岳で最後のお見舞いに行った日の事だ。


「あっ」

 

岳が病室に入るなり、立ち止まった。

視線の先には居るはずも無い涼の姿があった。


「おつかれ」


涼は何事もないかの様に棒読みで言った。


「涼いたんだ」

 

私は少し疑問に思いながらもいつもの椅子に座った。


「練習が思ったより早く終わって、さっき来たんだよ」


涼が陽咲の横でペラペラと話している。

別に私達は何も聞いてもいないのに。


私と岳は見慣れない涼の行動を少し疑った時だった。

 


「付き合ってる」


「えっ?」


陽咲の言葉に三人は同時に聞き返した。

それと同時に三人は動きを止めて陽咲を見つめ返した。


「だから付き合ってる」


「誰と誰が」


私と岳は未だに動きが止まったままだったが、涼はゆっくりと陽咲から離れようとしていた。

そんな涼を陽咲が思いっきり引っ張りこう言った。


「私たち」


私は息まで止まりそうなくらいに驚いた。

横にいた岳を見たが岳も固まっている。


「……陽咲のタイプと真逆」


私が今発することのできる精一杯の言葉はこれだった。

驚きすぎて頭が回っておらず、一番最初に思い浮かんだ感想がこれだった。

 

しばらく三人で涼を見つめた。

そして陽咲が一言。


「何が起こるか分からないね」

 

こうしてこの世にまた新しいカップルが誕生した。



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