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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
第三章 出会い
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十六話 好きな人②


 私たちと蘭が初めて会い意気投合した日、健太はたくさんくしゃみをしただろう。


そんな健太に次に会ったのは大学に入り、二ヶ月に一回は会おうと約束したいつもの五人組が集まった時だった。


私たちのキャンプが終わり、私が陽咲の紹介で蘭と仲良くなった後の集まりだ。

 

「私たちは健太に怒っている」

 

今日は外に食べに行くのでなく、初めて陽咲の家にみんなが集まった。

そして陽咲が台所でたこ焼きの具材を切りながら怒っている。


「また何かやらかしたのか?出禁になるぞ」

 

涼が呆れながら言い、岳は笑っているいつもの光景だ。


「実はね、健太の幼馴染と同じ大学だったの」

 

私は陽咲の代わりに話し始めた。

珍しく、健太がすぐに理解したのか、口に入れようと持ち上げたたこ焼きがお皿の上に転がっていった。


「っあ……」

 

健太は何か頭で納得したのか一人で頷いている。

そしてそのまま黙ってたこ焼きを再び食べ始めた。

 

取り残された私たちは健太が何か話すと思い待っている。

しかしそれを無視して食べ始めたのだ。

やっぱり健太は健太だった。

 

陽咲の部屋に沈黙が流れる。


「いやいやいやいや」


追加の具材を持って陽咲がリビングにやってきた。

そして健太に物申す。


「何か言う事はないの、本当に出禁にするよ?」

 

他の三人も頷いている。

するとやっと健太が口を開いた。


「びっくりだよね。

気が合うと思うよ。蘭と二人」

 

そしてまたたこ焼きを食べ始めた。

この男はよっぽどたこ焼きが好きなんだろう。

 

しばらくはみんなで蘭の話になった。

その流れで高校三年の体育祭の話にもなった。

そしていつの間にか高校生活の話に変わっていった。


そして最後は珍しく陽咲の恋バナに話題が移った。

 

結論から話すと陽咲は蘭と仲良くなった事により、堀村空良への思いは完全に吹っ切れたとのことだ。


私たちはこんなに陽咲が健気に片思いを続けているとは知らずに驚いた。

陽咲は高校生の頃、体育祭で堀村空良と蘭が一緒に走った日、ずっと隣にいた健太も気づかない事に一人だけ気づいた。


私たちももちろん、気づかなかった。

その時にこれは無理だと片思いを諦めたつもりだった。でもそれは完全に諦められていなかったのだそうだ。


時は少しだけ流れ、大学生になり地獄キャンプで偶然にも蘭と同じグループになった。

そこで陽咲も蘭のことが好きになり、これは敵わないと感じたそうだ。

そして実はまだ心の奥に残っていた微かな片思いが、完全に無くなったと言う。


恋する乙女が話終わった後、私は陽咲を抱きしめた。


真面目な陽咲は、高校三年間思い続け、引退したらこの思いをぶつけようと考えていたそうだ。

そして引退の少し前の体育祭で蘭と話す堀村君の事を目の前にし、結局は思いを伝える事なく大学生になってしまったのだ。

 

涼は男の中で一番の陽咲の理解者だ。

そんな涼が陽咲を慰め陽咲の恋バナは終わった。

 

「今日は家まで送るよ」

 

この日は初めて岳が私の家の前まで来た日だった。

一人暮らしを初めてから五ヶ月くらいが経った。

今日は流石に夜も遅く、道は真っ暗で危ないので家の前まで送ってくれるそうだ。


「ありがとう」


私達はそのまま手を繋いで、暗い人影の無い道を歩き始めた。

 

不思議な気分だった。

もっと早くに岳とこうしてこの町を歩くと想像しながら大学に入学したが、それは今まで叶わなかった。

 

私は多分、断られるだろうなと思いながらも岳に聞いてみた。


「泊まってく?」

 

岳はこっちを向かずに、ただひたすら遠くを眺めている。


夏の虫が夜道で鳴いてる音が無性にうるさく感じる。

それと同時に私達の歩く足音が、真っ暗で街灯も無いこの道に鳴り響いている。


私の握られた手が更に強く握られる。

 

しばらくしてからだった。

岳がやっと言葉を発した。


「一緒にいたい。

……もう泊まってしまおうか」


凄く辛そうな声で岳はそう言った。

私は岳に酷いことを聞いてしまったのだろうか。

 

岳が今まで我慢してきたことが、私の一言によって崩れてしまう。後先も考えずに私のその場の感情だけで聞いてしまった。


「ごめん」

 

私は思わず謝ってしまった。

すると岳は慌てて私の顔を覗き込んできた。


「なんで紬が謝るの?

そう思うのは当たり前だ。僕もずっとそう思ってる」

 

これ以上に無いくらい優しい声で岳は言った。

私の好きな、私にしか分からない岳の声だ。


「早く認めてもらわないと」

 

力強く言ったその岳の言葉は、私の心にも強く突き刺さった。


まずは両親に認めてもらわない限り、私達は前に進めない。

 



 高校生のあの日から私達は止まったままだ。


私のアパートに着くまでは、私の知らない高校生の時の話を岳がしてくれた。

 


 岳が最後に学校に来た日、私はその日に限って朝練が長引き、他のクラブよりも遅く教室に着いた。


岳は私が教室に着くほんの少し前に先生に呼び出され、会えないまま学校を辞めてしまった。

私が教室に行く前の話だ。

 

岳はあの日、登校はしたもののクラスでみんながどんな反応をするのか、どんな目で見られるのか少し怖かったそうだ。


教室のドアを開け一歩足を踏み入れるのに勇気がいっただろう。

でも教室のドアを開けるといつもの顔があって安心したそうだ。


「がっくんおはよ」


そこには、朝練が終わり制服に着替え終わった健太と、朝練終わりに直行で来たのか、まだ練習着の格好をしている涼と陽咲の姿があった。


「元気だった?

聞いてくれる?私の新品でお気に入りのタオル、涼が勝手に汗拭いたんだけど」


陽咲が勢いよく、朝から涼の文句を岳の前で大声で言い始めた。


「これ陽咲のタオルなの?涼のだと思って借りてる」

 

水道で手を洗って私達の教室に入って来た健太が、陽咲の新品のタオルで手を拭いている。

 

三人は何も無かったかの様に他愛無い会話をし、いつも通りの朝の学校での会話を周りに聞こえる様にわざと大きな声で話してくれたそうだ。


「流石にいつも通りすぎて笑うしかなかった。

あの時、久しぶりに笑ったんだ」

 

岳は今、嬉しそうに、楽しそうにその時の話をしている。


「みんなありがとう。迷惑かけてごめん」

 

岳が三人にそう言うと、陽咲の涼と健太への怒りが収まった。


「岳は何も心配しなくて良い。

自分の事だけ考えていたら良いんだよ」


「周りの事なんか、気にする必要ない」

 

陽咲は岳の肩を叩きながら励ました。


「心配かもしれないけど、

紬には俺たちが付いてるから」

 

涼の言葉に岳はもう一度『ありがとう』と伝えた。


「死にはしないよ。俺たちがいる」

 

健太の言葉は意外と岳に刺さったそうだ。


「僕は多分、健太のその言葉で今までの緊張や顔の強張りが一気に解けたと思う」

 

そう話している岳の顔を見ると、少し思い出し笑いをしていた。

多分その時も今と同じ顔をしていたんだろうなと思う。


「その後に悪い知らせがありそうな顔している先生に呼び出されて、――」


「私はその後に教室に着いたんだね」

 

岳は静かに頷いた。


「今でもこうして集まりに呼んでもらえて、

僕はあいつらに何をしてあげれるだろうか」

 

私は考えた。

なんて答えたら良いだろうかと。


「岳が岳でいる事が、大事なんだよ」

 

結局私は私の考えを言葉にした。

でもきっと、私が思っていることはみんなも思っているだろう。

それに、みんなは決して岳に何かして欲しくて今も仲良くしている訳ではないと思う。


ただ岳が好きだから一緒にいる事を選んでいるんだと思う。

あの三人はそういう人柄だ。

私が大好きな友達想いで、岳想いの人達だ。

 

この気持ちが岳にも伝わると良いなと思った。

本当に今も昔も三人は私達にとって必要で唯一無二な存在だ。


「僕はあの日、三人に励まされて安心して学校を辞めれた。あの朝があったからドン底からでも前に進む事ができた」


岳はあの日を思い出しながら、いつか恩返しがしたいと感謝した。


「紬もいっぱいありがとう」

 

家の前に着き、岳は私を抱きしめながらそう呟いた。

 

これまでにも数え切れないくらいの感謝の言葉や謝罪の言葉を岳は私にしてくれた。

早くその感情から解放してあげたい。


でもこれは私がどうにかして解放できることでも無いと気づいてからは、私も同じように岳に感謝の気持ちを伝えている。


「岳もいっぱいありがとう」


結局岳は、マンションの前まで来て私がマンションに入って行くのを見届けてから、部屋には上がらずに帰っていった。

 

私は携帯でいつも通りにメールを送る。

『鍵閉めたよ』

 

すると岳からもいつも通りのメールが届く。

『お疲れさま』

 

こうしてまた一日が終わっていく。

 

私達にとって何か良い変化がある事を願いながらまた一日が過ぎていく。



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