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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
第三章 出会い
15/33

十四話 大学生活


 この道を今までのママチャリとは少し違う、タイヤの小さな自転車で通学していると大学生になったなと実感する。



 葉桜が終わる頃、私の毎日のルーティーンが出来上がった。

と言っても、初めての一人暮らしが少し慣れ、ただ毎日同じような日々を過ごしているだけだ。

でもこれは私がずっと憧れていた生活とも言える。


 月曜日、九時に起床。

朝ごはんを食べて、授業の準備を鞄に詰め、十時半ごろに家を出て二限の授業を受ける。

入学してすぐは、今よりも三十分早くに家を出ていたが……。

今となっては授業が始まる十五分前でギリギリを攻めている。

それでも十分に間に合う。

二限、三限と陽咲と同じ授業なのでお昼は食堂で一緒に過ごす。

お昼休憩中に一旦、岳に連絡を入れて三限を受ける。

十四時四十五分、三限が終わり今日の予定は終了。


「今日は岳と?」


陽咲が教科書を片付けながらいつも聞いてくる。

その言葉でお昼休憩ぶりに携帯を開き、昼間に岳に送った返信を確かめる。


「今日は無理そうだって」


私は了解と岳に返信しながら陽咲に伝えた。

そうすると陽咲は喜ぶ。

月曜は私も陽咲も部活がオフだ。

なので毎週月曜の授業終わりの予定は、岳と会うか陽咲と過ごすかのどちらかだ。

たまに三人で過ごすこともある。

いずれにしろ夜には自分の家に帰ってくる。

こうして月曜日が終わる。


 火曜日、八時に起床。

火曜は私が一番好きな曜日だ。

九時には一限が始まるので、それに合わせて八時四十五分には家を出る。

途中で陽咲と合流し一緒に教室に向かう。

火曜日の陽咲との会話は決まっている。


「今日は何の気分?」

これはお昼に何が食べたい?と質問されているのだ。

そう。

火曜日は一限さえ乗り越えれば、二限は空き時間だ。だから次の授業まで約三時間くらい空く。

陽咲のアパートは学校からも近く、何より実は陽咲は料理が上手だ。

火曜日のお昼は一限が終わればすぐに自転車置き場に行き、陽咲の家に直行する。


「今日はね、丼の気分なんです」


私の注文にすぐにレシピが思い付き、要領良く作ってくれる陽咲は私の神様です。

足りない食材は帰りにスーパーで調達するので、今まで無理と言われた料理はないのです。

これぞ私が火曜日を愛する理由です。


四限が終了後、愛しの陽咲とはここでお別れです。

私は五限の教室に向かい、同じテニス部のハルと一緒に授業を受け、そのままハルと一緒に部活に行く。

十九時半には家に着き、こうして幸せな火曜日が終わって行く。


 水、木、金は何の変化もなくそれぞれ三つの授業を受け、お昼は陽咲と一緒にご飯を食べ、夕方には部活に行き十九時半頃に帰宅する。

 

 金曜の夜は岳と電話をしてお互いの近況報告をする。それと日曜日のデートの予定も立てる。

 

 岳はまだこの家に来たことが無い。

私はてっきり、もっと頻繁に家に遊びに来ると勝手に想像していた。

少し前に恐る恐る家に来ないのかと聞いてみた。


「遠いから行かないんじゃない。

反対されているのにそれを無視して紬と付き合ってる。許してもらえたら毎日でも通う」

 

すごく真剣な顔で話しているんどろうなと、電話越しでも想像できた。


「毎日来たらストーカーだね」

 

私の冗談にも岳は真剣に答えた。


「ストーカーではないよ」

 

でもその声は少し緩やかな気がした。

多分、岳は今少し笑っていると思う。

 

土曜日と日曜日は雨が降らなければ一日中部活だ。

十六時には終わるので、日曜日はその後に岳とデートをしている。

もちろん岳の中でのルールで、家にはまだ来れないので外で会う。

 

今日は部活が早く終わったので、一度は行ってみたかったショッピングモールに来た。

田舎から都会に出てきた私たちにとって、このショッピングモールはとても憧れていた。


陽咲には『そもそもあそこをショッピングモールって言ってる時点で田舎丸出し』と指示を受けた。


たくさんある店を二人で手を繋ぎながら見て回った。気に入った服があったけど少し値段が高くて断念した。これも良い経験だ。


楽しく歩き回った後は、夜ご飯を一緒に食べた。

夜ご飯は私の大好きな天丼と岳が好きな蕎麦がある店に入った。

二人で分け合って天丼と蕎麦を一緒に食べた。

 

 高校時代、二人でファミレスに行くと、いつも私の残り物を岳が食べてくれた。

でも最近は運動をしていなくて食べるとそのまま脂肪に変わると言い食べてくれない。

そんな文句を言いながら、私達は駅に向かって歩き出した。


 岳はいつも家の近くまで送ってくれる。

でも決して家の前までは送らない。

そもそもいつもお別れするコンビニまででも岳はかなりの遠回りなのに。

だからせっかくここまで来たんだったら……と思うこともある。


そして別れ際に必ず『家に着いて鍵閉めたら連絡して』と言う。


だから私は言われた通りに家に着き、鍵を閉めてから岳に連絡を入れる。


「別に一人暮らしなんだから親にバレないのに」


私は少しだけの不満を呟いた。

 

キスやその先なんて夢のまた夢。

付き合って四年目なのにまだ手を繋ぐ事以外したことが無い――。

 


ん?

……そう言えば、一度だけキスをしたことがあった。




 

 私の中ではすごく充実した一週間だ。

月に一度は五人で集まろうと話はしているが、中々予定が合わずにまだ集まれていないのだけが問題点だ。


主に岳と健太が忙しいみたいだ。

相変わらず涼だけは一番忙しいはずだが、誘えばいつでも飛んでくる暇人だった。

 

でも、やっと予定が合い、来週にみんなでご飯を食べる予定だ。

ゴールデンウィーク明けにやっと会える事になったのだ。

その他には、私はたまにテニス部のみんなともご飯を食べに行ったりする。


こうして私の一週間が終わる。





「これって、将来に意味があるのかな」

 

今は水曜日の四限、世界の歴史の授業中だ。

この授業終了まで、まだ三十分以上はある。


この曜日、この時間、おじいちゃん先生の優しい声、授業内容……全てが眠気に襲われる水曜の魔の四限。

いつもはおでこと机の距離が無い陽咲が、今日は背筋を伸ばし真剣な顔でシャーペンをカチカチしている。

しかし授業内容は全く聞いていない。


そんなに姿勢良く何を考えているのかと言うと、彼女はこの授業を受ける意味があるのかどうかを、真剣に考えている。


私はこの珍しい光景が貴重で、すぐに携帯を出し写真に収めた。

そしてもう一度、陽咲は私に聞く。


「この時間、意味ある?」


とても真剣な顔で聞く陽咲に、我慢してた笑いが込み上げてきた。


「いつか役に立つんじゃない?」

 

私は必死に笑いを我慢し、陽咲に伝えた。


「それなら聞いてようかな」


陽咲が私の言葉に納得したのか、今度はきちんと先生の話を聞き始めた。

 

しかしその後すぐに、机と陽咲のおでこは仲良しになった。

それからチャイムが鳴るまで、陽咲のおでこはずっと机と引っ付いていた。


「今度の集まり、どこに行きたい?

二人で決めて良いって」


五限の教室に向かう途中、久しぶりに五人で集まる時の予定を立てた。


私もそうだが、陽咲は私よりももっと行きたい場所ややりたい事があるので、こう言う場合は基本的に悩むことは無い。

今回は二人とも同じ案が出たのですぐに決まった。


「やっぱり最初は焼肉でしょ」

 

焼肉は私たちが出会った原点でもある。

大学最初の集まりは焼肉に決まった。

次の授業中も陽咲はノートを取らずに携帯でずっと焼肉屋を検索していた。

なぜこれで、テストの点数は高いんだろうと不思議に思うくらい、陽咲は授業の話をあまり聞いていない。


高校の時も健太曰くそうだった。

 

授業が終わるチャイムが鳴ると、まるで今まで真剣に話を聞いていたかのように教科書とノートをトントンッと揃え鞄にしまう。


私たちはそれぞれの部室に向かって歩いて行った。

 

今日は水曜日だけど、明後日に提出の課題が二人とも終わっていないので、部活終わりはすぐに陽咲の家に行って泊まる予定だ。


「簡単な物しか作れなかった」


「オムライスは簡単じゃ無いよ」


二時間後、私は自分の家に着き泊まる用意をして陽咲の家に向かった。


玄関を開けると同時に美味しいケチャップの匂いが私を迎えてくれた。

陽咲からすると、オムライスは簡単で少し申し訳ない様な顔をしている。


部活から帰ってきて、この短時間でオムライスを二人前完成させるのは素晴らしい。

おまけにスープまで付いている。


「あぁ、ここに住みたい」


私はオムライスを頬張りながら呟いた。


「ルームシェア良いね」


陽咲も乗り気だ。


「でもがっくんいるから無理か」

 

陽咲はすぐに諦めた。

岳が私の家に何回も泊まっていると思っているんだろうなと勝手に想像した。


「一回も無いんだよね。岳が家に来たこと」

 

陽咲が目を丸くしながら私の顔を覗いている。

すごく驚いている様子だ。


私だって驚いてるよ。


まさか一人暮らしを始めて一ヶ月、岳が一度も私の家に来ないなんて。


少しの沈黙が流れた。

多分、陽咲は何か考えているんだろう。


「親に許しを貰ってから……とか?」

 

陽咲の言葉に私は小さく頷いた。

陽咲は笑っている。

『さすが岳だ』と呆れながら笑っている。

『頑張って我慢してるんだね』と笑っている。


そしてまた何かを考えている。


でも今回は顔がニヤついている。

私はそんな陽咲を無視して、オムライスを食べていると、急に鞄から携帯を取り出し誰かに電話をかけ始めた。

陽咲の顔はまだニヤついたままだ。


『もしもし?今度泊まりで旅行に行こ。

うん、うん。がっくんとむぎむぎと、うん、はーい』


旅行を決めるには会話が短すぎないか?

こんなんで会話が成り立つのはきっと涼くらいだ。


陽咲が携帯を机に置くと、その画面には『バスケ少年』と表示されていた。やっぱり涼だ。


「旅行が決定しました。

いつになるか分からないけど」

 

陽咲はオムライスを食べながら言った。

私は少し心配しながら陽咲を見つめていると、


「大丈夫、絶対連れて行くし、絶対来るから」

 

そう言ってくれたけど少し不安だった。

陽咲が思い付いた案は素晴らしい。

でもこれも岳に断られたら私には打つてなしだ。


しかし陽咲の絶対と言う言葉にはどこか信頼があった。どんな時だって陽咲の言葉は信用できた。

 

 

 岳が高校を辞めそうになった頃も、陽咲は私を励ましてくれた。

結局は辞めてしまったけど、それでもあの時期に必要な言葉を私に掛けてくれた。

そして誰よりも私達を応援してくれている。

 

私にとっての幸運は、陽咲が私の味方で私の友達で一番近くにいてくれることだ。


「そろそろ親にも許してもらわないとね」

 

それと同時に、一旦遠回しにしていたこの現実が急に重荷になった。



 陽咲の言葉で目が覚めた。


岳が光山高校を退学してから大学に入学するまで、岳が高卒認定を取り専門学校に進学が決まった時、何度も許してもらおうと私達は努力した。


でも証拠も無く、何も解決しないまま岳はたくさんの大人に否定され、最終的には周りの大人たちを信用できずにたくさんのことを諦め、高校も大好きだった空手も辞めてしまった。


岳はあの時、全てを諦めてしまった。


肝心の笹原も海外に逃亡留学し事件はそのまま、岳の容疑が晴れることなく終わっていった。

 

事実は岳と笹原だけが知っている。

もしかしたら岳だって何も知らないかもしれない。

私に本当のことは分からない。

私にできることは岳を信じることだけ。


それでも私一人が岳を信じたところで、周りの視線は何も変わらない。

どうすることもできなかった。

こうして、ほとんどの人は岳を疑ったまま、ただただ時間だけが過ぎていった。


ほとんどの人の頭には、勝手に岳のイメージが出来上がってしまう。

 

そして不幸にも、そのほとんどの人の中に私の両親も入ってしまっていた。

 


 そうだった。

私達はまだ、何も許されていなかった。


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