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アイスに恋とスターチス  作者: 由寺アヤ
第二章 別れ
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十二話 光山高校卒業


 私達が必死に日本一を目指し、毎日過ごしてきた日々が今日で終わる。


日々の練習、トレーニング、朝練、昼練。

時間があれば部活のことを考えて生活をしていた。

中には私の様に恋愛をしていた人もいるだろう。

恋愛こそもスポーツの糧となり源になっていた。

私はそうだった。

岳が隣にいた時まではそうだった。


まさか今日という、みんなでたくさんの思いが込み上げる最後の最高の日に、岳がいないとは想像もしなかっただろう。


 光山高校では卒業式の日にだけ歌うオリジナルの曲がある。

その歌には『乾杯』と叫ぶ歌詞が入っている。

スポクラからすると、厳しい部活から解放される、日々のテストから解放される、これから先は色んな解放が待っている。

只今より自由になれると信じて、『乾杯』と天を仰ぎながら、涙を流しながら、解放の嬉しさと別れの寂しさを噛み締めながら叫ぶ。

私はこれを岳と一緒に叫びたかった。


できることなら、これから先の人生、岳にたくさんの祝福と乾杯が訪れる人生にしてあげたい。

私はそんな思いも込めながら、『乾杯』と叫んだ。

 



 卒業式の前日、式が終わってからでも岳に学校に来ないかと訪ねた。

岳にとっても色んなことがあった高校生活。

二年半という決して短くはない、ほとんどの高校生活をこの高校で私達と一緒に送ったのだ。


確かに岳はここにいた。

嫌な思い出よりも楽しかった思い出の方が遥に多いはず。それでも岳は躊躇った。


そして結局、岳があの事件後、学校に足を踏み入れる事は一度も無かった。

学校には私達を応援してくれている人がたくさんいる。それだけで十分だと岳は言っていた。


「本当は卒業式当日に渡したかったんだけど……」


岳は小さな花束と紙袋を持ってそう言った。

今私達は小さなカフェにいる。

カフェの中で紙袋と花束を私に渡そうとしている。

少なくても周りの視線は私たちに注目している。

岳の耳はりんごの様に真っ赤だった。


「ありがとう」


私は岳の全部が可愛くて愛くるしくて、心が満たされた。花に詳しいわけではないので、この花の名前は分からないが、今の雰囲気にピッタリの花だった。


ほんのり可愛らしいピンク色の花は、まるで岳のイメージとは遠く離れた色だけど、私にだけわかる岳の愛くるしい雰囲気はこの花と同じだった。


私は名前も知らないこの花を好きになった。




 卒業式が無事に終わり、教室に戻ってから担任の話を聞く。入学してから三年間同じメンバーで切磋琢磨した青春時代は幕を閉じ、みんなと涙でお別れした。


最後に涙で顔がぐしゃぐしゃなみんなと写真を撮る。このメンバーで良かった。

ここに岳はいないけど。

このメンバーだから乗り越えられた事もある。

横に岳はいないけど。


今でもたくさんの葛藤が湧き出ては消える。

それでも今も岳と一緒に過ごせてるのは、周りのみんなのお陰でもある。

だからあれもこれも運命だと信じ、そしてみんなも信じてる岳を私が一番に信じ、これからも頑張ろうと思った。


 私と岳にとっては何よりも、涼、陽咲、健太の存在が特に大きかった。

三年間一緒に過ごしてきた仲間であり、ライバルであり、私と岳を支えてくれた人たちだ。


 卒業式の次の日、私達は岳の専門学校合格と卒業祝いのパーティーをした。

と言ってもいつものファミレスで何時間も話すだけだ。店に入りいつもの様にドリンクバーを人数分注文する。


「おめでとう〜〜〜」


みんなが岳に向かってお祝いの言葉を言いながら、ジュースの入ったコップを合わせる。


ジュースを飲む前に岳に視線が集まる。


「……ありがとう」


照れくさそうに少し小さい声で岳が言った。


「みんなも卒業おめでとう」

「乾杯」


もう一度コップを合わせ、今度はジュースを一気に飲む。


「やっとみんなで乾杯できたよ」


陽咲が噛み締める様にそう言った。

こう見えて陽咲はバスケ部でキャプテンを務め、最後の全国大会は五位入賞という素晴らしい戦績を残した。そんなキャプテンが今までの日々に『乾杯』と噛み締めている。

この一年、相当のプレッシャーと闘いながら生活してきたのだろう。

 


「みんなに渡したいものがあって――」


岳は今日ずっとソワソワしていたのは、この為だったと今気づいた。


前もって私に一つ相談をしていたことがあった。


それはみんなに感謝の気持ちと、卒業祝いを込めてプレゼントを渡したいとのことだった。

岳が選んだ物ならみんな喜ぶよと伝えたが、みんなの欲しい物をプレゼントしたいと言い、少し前に一緒にプレゼント探しに行った。


これは岳がバイトを始めた理由の一つだった。


「がっくん……」


涼が自分の口を手で押さえながら、少し涙目になっていた。

その横で陽咲も驚きを隠せないでいる。

 

健太はいつも通りだ。


岳が一人一人に、綺麗に包装された袋を渡している。岳の色んな思いが詰まったプレゼントだ。


「僕がこうやって専門学校に合格できたのも、みんなのおかげ。周りは僕のことを色んな目で見るけど、みんなは違った。それが僕にとっての唯一の救いだった」


岳のこの言葉には流石の健太も感動したそうだ。

陽咲は岳を抱きしめたいけど、それは少し違うからと泣きながら私に抱きついてきた。

涼はすでに岳に抱きついていた。

私も本当にこのメンバーには感謝している。

 

 以前、岳から『もう誰も信用できない』とメールが来た時、私は慌ててこの三人に相談した。


「私らは岳を心から信じて、普段通りに接するしかないよね」


「まあ、そもそも岳が犯人だとは一ミリも思ってないけど」


陽咲と涼はそう言ってくれた。

健太は珍しく力強く『大丈夫』と言ってくれた。

 

私もこの三人に救われていた。


私達にとって、三人は宝物の様に大切な存在だった。





 四月――。

私達は希望を胸に大学生になった。



 

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