十話 期末テスト
私達にとっては最後の期末テストだろうか。
私は最後のテスト期間にして、最大のピンチを迎えている。
まさか最後の最後で岳のいないテスト期間になるとは想像もしていなかった。
付き合う前から始まった図書室でのテスト勉強。
今回、岳がいない私を見かねた三人が一緒にテスト勉強をしようと誘ってくれた。
ファミレスで奇遇にも、文化祭終わりに来た時と同じ席に案内された。
今日はいつもの席順とは違い、勉強が苦手な私の隣に陽咲、私と同じレベルの健太の隣に涼が座った。
陽咲はもちろん、こう見えて涼も頭が良く成績は上位だった。
「岳も呼ぶ?」
一旦、休憩が欲しいと願った私と健太に渋々休憩時間をくれた陽咲が言った。
岳と私は実は隠れて付き合っている。
結局あの時、別れると言う選択は私達には無かった。
私の両親は交際を反対し、岳は学校を退学しクラスのみんなも別れたと思っているだろう。
クラスでも岳の話をしなくなった今、この三人だけは私達を応援してくれている。
時間は止まってはくれない。
私達が前に進むには、選択し続けなければいけない。
「まだ塾だと思う」
いつも塾が終わると連絡が来るのだが、今日はまだ連絡がないので恐らくまだ残って自主勉強でもしているのだろう。
「がっくん頑張ってるね」
「トレーナーになるって決めてからはずっと受験勉強してるね」
岳はあのまま選手を続けることもできたが、大好きだった空手を辞めトレーナーになる道を選んだ。
岳の中で空手を辞めると言う事は、一大事だ。
本当にたくさんの葛藤があって、最終的に出した決断だろう。
私は心の底から、岳のその決断を応援したい。
今私の目の前にいるみんなも同じ気持ちだ。
そんな岳は今、元々頭が良く普段から勉強もしていたのに、今までの非にならないくらい勉強に時間を費やしている。
私はそんな岳を一番近くで見守り、一番近くで応援している。
「親はまだ反対?」
健太が聞いてきた。
「うん。いつかは分かってくれるよ」
私は願望も込めてそう答えた。
いつになるか分からない。
でも必ず、いつかは分かってくれる。
そう信じている。
「私らは全力でずっと二人の味方だから」
陽咲のその言葉は何よりも心強く、私と岳が頑張れる糧になっている。
それほどに味方がいることは、すごく大きな原動力の一つだ。
「そう言えば、やっぱりあの噂は本当らしい」
「笹原の海外逃亡留学」
涼の後にすぐ陽咲が付け足した。
私も何回かその噂を耳にしたことがある。
笹原もあの事件以降、すぐに学校に来なくなった。
私は笹原に聞きたい事がたくさんあったのに、気づいた時にはもう笹原の姿を見る事は無かった。
それほど、笹原に向けての目は厳しかった。
私達には味方がいる。
数は少ないが味方がいる事に変わりは無い。
でも笹原の味方は、味方と呼んでいいか分からない大人ばかりで、本当の味方は恐らくいなかっただろう。
そして流石にその様子に笹原も耐えれなかったんだろうか。
私にはこの三人や、テニス部のみんな、少しでも私たちの味方がいる。それだけで十分幸せだった。
紅葉が綺麗に色づいてきた頃、私は部活を引退した。引退してからは部活の参加は自由だ。
受験勉強や大学側に提出する課題などある人は学校に残って勉強をする。
私は岳と時間が合えば、部活には行かず二人で一緒に勉強をした。
でも最近アルバイトを始めた岳は滅多に合う時間がない為、大学でもテニスを続ける私は結局部活に参加している。
今日は久しぶりに岳と時間が合い、一緒に勉強する日だ。
「これプレゼント」
唐突に渡された、その可愛く包装された袋を持ちながら岳が私を見つめる。
岳が初めて貰った給料でプレゼントを買ってくれたそうだ。
「ありがとう。開けていい?」
私は嬉しいはずなのに、『貢がせてる』と言う言葉が一瞬頭の中をよぎった。
このような噂があった事は岳には言っていない。
袋の中にはマフラーが入ってあった。
岳は少し照れながら私の様子を伺っていた。
私はマフラーを見て思い出した。
「私もプレゼントあるの」
岳が驚いた表情をしている。
私はまるで話を変えるかの様に、プレゼントを渡した。
「がっくん、自転車通学だから手、冷たいでしょ?」
「ありがとう」
岳の顔は曇り一つ無い笑顔だった。
学校を退学し、少し気持ちが楽になったのだろうか。それとも何もかもを諦め、楽になったのだろうか。
私も岳からプレゼントを貰った時に心の底から喜びたかった。
岳に『ありがとう』と伝えたかった。
でもできなかった。
ただ純粋にプレゼントを貰っただけなのに……。
それでも岳の笑顔を見ることができる今では、そんなことはほんの小さな出来事、かすり傷程度だった。
時間がこのまま止まればいいのにと小さく願うほど、平凡で当たり前で幸せな時間が続いた。