第6話 嫁テイシアと姑ベアトリスのお茶会
「嫁姑、初のお茶会」
アールヴェリア自由連邦の春は、やわらかな日差しと花の香りに満ちていた。北の砦の一角、テラス付きの応接間では、紅茶の香りと共に、ささやかな茶会の準備が整っていた。
「ふふ、これで完璧ね!」
ベアトリス=キリトは、自らの魔道具ポーチから取り出した銀製のティーセットに、軽く魔力を込める。ふわりと立ち上るのは、異世界茶“サリエンの薫り”。転生前の記憶を活かして作った逸品だ。
そこへ、少し緊張した面持ちのテイシアが姿を現した。
「お待たせしました、ベアトリスさま」
「まぁまぁ、そんなかしこまらなくていいのよ、テイシアちゃん。今日からは家族なんだから」
ぱちんと手を打ち、ベアトリスは椅子を指し示す。
「さあ、座って。妊婦さんは冷えるといけないから、クッションを二重にしてあるの。ほら、これ、獣毛混じりの高級品なのよ」
「え、ええ……ありがとうございます」
恐縮しながら座るテイシアを、ベアトリスは慈しむような眼差しで見つめた。
「お腹は、どう? つわりは? 夜は眠れてる?」
「はい、少し吐き気はありますが、皆が助けてくれるので……」
「それはよかったわ。でもね、無理は禁物よ。わたし、昔妊娠した時は――って、あら、あの頃はまだ魔導書と睨めっこしてた頃かしら。胎教にと、古代言語の詩を読み聞かせてたわ」
「……ラインに?」
「ええ。おかげで、あの子、3歳で《無詠唱初級魔法》を唱えたのよ。いま思えば天才よね」
(……いえ、妊娠期に古代詩の読み聞かせって)
内心突っ込みたくなるテイシアだが、微笑を絶やさずにお茶を口に運ぶ。
「……おいしい。香りが、すごく華やかです」
「でしょう? 転生前の世界のレシピをベースに、魔法で香りを引き出したの。テイシアちゃん、味覚が冴えてるわね。さすが我が嫁!」
「え……そんな、恐れ多いです……!」
テイシアの頬がわずかに紅く染まる。その様子を見て、ベアトリスは微笑を深めた。
「でも本当に、ラインがいい子と巡り合えて安心したわ。あの子、小さい頃から寂しがり屋でね。わたしとカールが政務で出払っていることが多くて……」
ティーカップを持つ手が、少しだけ震える。
「本当は、もっと一緒にいてあげたかったの。でも、あの子、自分で『家を出る』って言った時は、正直、寂しさと誇らしさとで泣いちゃったわ」
「……ラインは、わたしを何度も守ってくれました。今の平和は、彼のおかげです」
「……そうね。あの子が選んだ道を、わたしも誇りに思うわ」
ふたりは静かにティーカップを置き、春風に揺れる花々を眺めた。
やがて、ベアトリスは懐から小さな宝石付きの指輪を取り出す。中心に、青白い光を灯す魔石がはめ込まれている。
「そうそう、これ。贈り物よ」
「え……これは?」
「通信魔道具。《インスタント・リンク》って名前なの。わたしの指輪とつながってて、指で三回叩くと直接話せるわ。困ったことがあったら、すぐに知らせてね」
「魔道具……自作ですか?」
「もちろん。わたし、魔道具師としては“世界五本の指に入る”って言われてるのよ。転生者ですもの」
さらりとすごいことを言いながら、ベアトリスは指輪をテイシアの左手にはめた。
「ありがとう……ございます。心強いです」
「ふふ、姑として当然の務めよ。お嫁さんの不安は、ぜーんぶ取り除いてあげたいの。だって――」
ベアトリスはにこりと笑った。
「あなたはもう、“私の娘”なんだから」
その言葉に、テイシアの目が潤む。
「……はい。よろしくお願いします、お義母さま」
「まぁっ、“お義母さま”ですって……!」
うっとりと目を細めたベアトリスは、感動のあまり抱きつきそうな勢いだったが、思いとどまって優雅にお茶をすする。
ふと、その様子を廊下から覗いていた者がいた。
「……あの二人、予想以上に仲良くなってんな」
ライン=キリトは、頭をかきながらぼそりと呟いた。彼の横では、祖父カールが鼻で笑っていた。
「女は強いものよ。わしもお前の祖母にはよう頭が上がらんかった。……あれ、似てるのぉ」
「……オレの未来、波乱しかない気がする」
だが――それも、悪くはない。そう思えるだけの幸福が、そこにあった。
こうして、自由連邦にまた一つ、新たな絆が芽生えた。
それは、戦いでは得られなかった“家族”という名の宝物。
テイシアとベアトリスのお茶会は、笑顔と紅茶の香りに包まれて、穏やかに幕を閉じるのだった。




