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【絶対に許さない!】結婚間近の恋人を奪われ、さらに冒険者パーティーから追放、貴族の圧力で街にいられなくなった。お前らの血は何色だ!剣聖ライン=キリトの復讐は始まる!  作者: 山田 バルス
第2章 ライン、テイシアたちを守る剣聖

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第3話 テイシアから見たラインとカールの修行


剣聖の血脈 ―テイシア視点・継承の章―

 ――あの人は、今日、剣を継ぐ。


 朝日が砦の石壁を淡く照らし始めたころ、私は小さな寝息を立てる腹にそっと手を添えた。


 「もう、行ったのね……」


 ラインは私を起こさぬよう、音もなく部屋を出た。彼がそういう気遣いをするのは珍しい。きっと、今日という日が、彼にとってどれだけ大切な日かを知っているからだ。


 私はゆっくりと腰を上げ、窓の外を見やった。砦の裏山の方角、霧のように淡い朝靄が道を覆っている。


 そこに、彼がいる――祖父と共に。


 カール=キリト。フリューゲンの王配にして伝説の剣聖。威厳と静けさを兼ね備えた、まさに“守護者”という言葉が似合う人。


 彼がラインに奥義を授けるという。


 それは、ただの技術の伝承ではない。想いと覚悟、血と誇りを受け継ぐ儀式。


 私は手を胸に置いた。まだ鼓動が高ぶっている。まるで、誰かを送り出す母のように。


 ……いいえ、違う。これは、愛する人が“戦う理由”を新たに見出す瞬間を、ただ祈るしかできない自分への――覚悟。


 


 ◇


 


 あの人が初めて私の手を取ってくれたあの日から、すべてが変わった。


 追放され、誇りも、地位も、国もすべてを奪われた私に、唯一残っていたのは「生きたい」という願いだけだった。


 ラインは、それに応えてくれた。


 優しさでも、同情でもない。ただ、真っすぐに、「一緒に行こう」と。


 あの人がいなければ、私はとっくに諦めていた。王家の血を呪い、命を閉ざしていたはずだ。


 だからこそ――


 あの人が「守りたい」と願うものを、私は誰よりも知っている。


 それがこの国であり、仲間であり、そして私であり、今この胸に宿る子だということを。


 


 ◇


 


 私は足を運んだ。砦から裏山へ続く古道を、ゆっくりと、慎重に。


 お腹に手を添えながら、道場の近くまで来ると、不思議な静寂が辺りを支配していた。


 風が止み、森が息をひそめる。


 ただならぬ気配。剣の気配――それは、かつて城で何度か見た、カール殿の戦気によく似ている。


 私は木陰に隠れ、その場に身を潜めた。


 やがて、聞こえた。


 「――“守人ノ型・一ノ閃”」


 その声と同時に、空気が揺れた。目には映らぬ一閃。だが確かに“何か”がそこにあった。


 ほんの一瞬。なのに、永遠のように感じられる静寂の後、ラインの問いが聞こえた。


 「……今のが?」


 その声に、私は目を閉じた。


 驚き、畏れ、そして憧れ――少年の心から、何かが変わろうとしている音だった。


 


 ◇


 


 「守れ。テイシアを、子を、仲間を、そして――アールヴェリアを」


 カール殿の声が道場の外まで響いたとき、私はふいに涙がこぼれそうになった。


 不安だった。国を背負う覚悟を彼に課すことに、ほんの少しだけ、恐れていた自分がいた。


 けれど今――彼は迷っていない。


 まっすぐに受け止め、自分の中に飲み込んで、それでもなお前を向こうとしている。


 「……オレ、誓うよ」


 その一言で、私はようやく、深く息を吐いた。


 彼は、もう少年ではない。


 かつて私の手を取り、暗闇の中で共に走ってくれた青年は、今――誰かを導く存在へと歩み出している。


 


 ◇


 


 やがて、道場の扉が開き、ラインが姿を現した。


 私は木陰から静かに見つめる。その横顔に、迷いはなかった。


 剣を腰に下げ、朝日を背に、空を見上げるその姿。


 胸が高鳴る。涙が込み上げる。


 「……あなたは、本当に強くなったわね」


 彼に聞こえないほどの小さな声で呟く。


 でも、きっと届いている。今のあの人なら、風の音さえも剣に感じ取るはずだから。


 私はそっと、自分の腹に手を当てた。


 「大丈夫よ。あの人なら、あなたを守ってくれる。どんな未来が来ても」


 お腹の子が、小さく動いた気がした。


 私は笑った。どこか懐かしい気配が、風に乗って通り過ぎていった。


 それはきっと、かつての王国でさえ感じたことのない、未来の鼓動。


 


 ◇


 


 この国は、まだ脆い。


 建国から日が浅く、統治機構も不安定。周囲の諸国は様子を伺い、かつてのアレクサンダーの残党は今も地下に潜んでいる。


 だからこそ、“守る者”が必要だ。


 剣を持ち、ただ振るうのではなく――誰かの盾となれる者が。


 その役目を、彼は選んだ。自らの意思で。


 私はその覚悟を、誇りに思う。


 そして、彼が背負ったすべての想いを、支える者でありたい。


 


 ◇


 


 「……おかえりなさい」


 砦の門をくぐり、戻ってきたラインに、私は微笑みかけた。


 彼の眼差しは、どこまでも静かで、そして強かった。


 私の横を通り過ぎる風が、《星霞》の柄に触れ、かすかに鳴いたような気がした。


 それはまるで、祝福の調べ。


 新しい“剣聖”の物語が、今、始まった。

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