【第一章完】 第76話 ラインの正体?
第一部 最終話
「剣聖の血脈」
春の風が、辺境伯領の高台を吹き抜ける。砦の上に広がる青空は、まるで過ぎ去った戦火を忘れさせるかのように、穏やかで晴れやかだった。
そんなある日、王城に一報が届いた。隣国――フリューゲン王国より、公式の使者が訪れるというのだ。
謁見の間に集まった面々の表情には、緊張が浮かんでいた。中でもテイシアは、眉根を寄せたまま一言も発さず、ただ前を見つめている。
フリューゲン王国は、この地に生まれつつある「自由連邦」の構想に対し、明確な態度を示していない。もし彼らが反対の意思を示すなら――
最悪、戦争もあり得る。
「くっ……」
小さく息を吐いたテイシアに、隣に立つラインが静かに手を置いた。そのぬくもりが、張り詰めていた彼女の肩をわずかに緩ませる。
「大丈夫だ。俺が話す」
「……でも、万が一のことがあれば」
「その時は、俺たちが守る。それだけさ」
その言葉に、テイシアはこくりと頷いた。
やがて、大扉が開かれる。
現れたのは、二人の人物。
一人は、金糸のような髪をふわりと揺らし、気品を漂わせた中年の女性。身にまとうのは、王侯貴族のみに許された深紅の礼装。もう一人は、銀髪を後ろで結んだ、年老いた剣士。背筋はぴんと伸び、年齢を感じさせぬ鋭い眼差しで堂々と場を見渡していた。
誰もが言葉を失う中、金髪の女性が突如、声を上げる。
「ラインちゃん!」
その瞬間、彼女は音もなく駆け出し、ラインに向かって一直線に――
「えっ――」
「会いたかったよ、ラインちゃん!」
次の瞬間には、ラインの胸に飛び込んでいた。
会話も礼もない唐突な再会劇に、謁見の間は凍りついた。
「なっ……何を――!」
テイシアが咄嗟に立ち上がり、女性を引き離そうと手を伸ばす。
「離れてください! 彼は、わたしの主人です!」
だが金髪の女性はラインに抱きついたまま、じっとテイシアを見つめた。
「あなたがお嫁さん?」
「……はい。わたしのお腹の中には、彼の子がいるのです」
静かな言葉が、空気を変えた。
ラインの目が見開かれる。
「えっ!? なぜ、今まで……」
「安定期に入るまでは、内緒にしておきたかったの」
その言葉に、金髪の女性の瞳がぱっと輝いた。
「まぁ! 私、おばあちゃんになるのね!」
「え……?」
テイシアが戸惑いの声を漏らすと、女性はにこやかに微笑んで一礼した。
「ごめんなさいね、自己紹介がまだだったわ。私の名は、ベアトリス=キリト。フリューゲンの侯爵夫人にして――ラインの母よ」
「……!」
衝撃が走ったのは、テイシアだけではなかった。
そして、隣の銀髪の老剣士が一歩前に出る。
「わしがラインの祖父、カール=キリト。フリューゲンの剣聖と呼ばれた男じゃ。孫の剣の腕前、余も誇りに思っておるぞ」
重々しく語られたその言葉に、誰もが息を呑んだ。
カール=キリト――その名は、かつてフリューゲン国を支えた伝説の剣士。前女王の王配として名を馳せ、今も多くの武人に尊敬される存在。
「ライン……あ、あなた……貴族だったの……!?」
テイシアの声はかすれた。
そしてただの貴族ではない。王に近しい血を引き、剣聖の家系に連なる者――それが、ライン=キルト。
ラインは、気恥ずかしげに頭をかいた。
「いや……昔、家を出たから、今さらどう名乗るべきか分からなくてな」
「おまえはおまえの道を歩いた。それが答えじゃよ」
カールが朗らかに笑った。
こうして、フリューゲン王国と自由連邦は新たな同盟を結び、緊張に満ちた謁見は、和やかな祝福の場へと変わっていった。
◆
それから数日――
辺境の砦には、平和な時間が流れていた。
テイシアのお腹はまだ膨らんではいないが、その命の鼓動は確かに宿っている。
ラービンは早くもベビー服を用意し始め、エイミーは胎児の成長に効く魔術薬の調合を手伝っている。ユイナは「お義姉さん、名前はもう決めたの!?」と嬉しそうに尋ね、ミリーナは密かに日記に子育ての心得を書き記していた。
皆の笑顔を見つめながら、ラインはふと、一人空を見上げた。
高く、どこまでも果てしない空。
(この平和が、いつまでも続きますように)
祈るような気持ちで、彼は剣を腰に帯びる。
かつての激闘、仲間たちとの出会い、別れ、そして再会――
それらすべてが、今の彼を形作っている。
決して忘れない。あの痛みも、喜びも、剣を振るう意味も。
だからこそ、彼は歩き続ける。たとえ新たな嵐が訪れようとも、今度は守るために。
そう、これはまだ始まりに過ぎない。
ライン=キルトとその仲間たちの旅は――
これからも、続いていく。
第一章 完
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新連載始めました。こちらも良かったらよろしくお願います。
【婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの復讐劇が今、始まる! 】
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