第72話 夜明け前の王都――グラン=ベルフィア
夜明け前の王都――グラン=ベルフィア。
その空気は、異様な静けさに包まれていた。街道に面した東門には、重々しい鉄の門が下ろされ、塔の上には警備兵の影が揺れている。
その静寂を破ったのは、突如として響き渡った号砲だった。
――ドォンッ!
ローデスの門から発射された狼煙と共に、地を揺るがすような突撃の号令が鳴り響いた。
「突入――!」
ラインの声がこだまする。城門の前には、密かに運ばれていた破城槌が姿を現し、鍛え抜かれた兵士たちがその背を押す。
ごうん、ごうんと門が軋む音。矢が飛び交い、魔術が炸裂する。
だが、その混沌の只中を駆け抜ける影があった。
「いくぞ――!」
ラインが、剣聖の力を解放する。全身を白銀の気が包み、跳躍と同時に城門の上へと跳び上がる。騎士の一団が迎え撃とうとするが、彼の刃が一閃するたびに、その勢いは削がれていく。
「ライン様が抜けた! 突入経路確保!」
城門がこじ開けられる。そこから怒涛の勢いで突入するのは、ファルティア村の民兵部隊と、辺境の混成部隊。
剣と槍がぶつかり合い、魔術の閃光が夜空を裂く。
市街地へとなだれ込む兵たちの中、テイシアは王女の威厳をそのままに、味方に号令を飛ばしながら進軍した。
「市街地は迷路のように入り組んでいます! 隊を分けて、四方から王城を目指します!」
「了解、テイシア様!」ユイナが応じ、すでに地下から潜入していた連携部隊が市街の裏手で反旗を翻した。
「今だ、蜂起せよ――!」
街のあちこちから鬨の声が上がる。王女派の貴族たち、魔導士ギルドの残党、そして民衆。抑圧されていた怒りが一斉に爆発するように、王都内は瞬く間に戦場と化した。
混沌の中、エイミーは敵の魔導師と火花を散らしていた。
「っ……! この数、予想より多いわ!」
魔術の連発に、体力の消耗は激しい。しかし、彼女の隣にはもう一人――ラービンがいた。
「こっちは任せて、姉ちゃん! 道を切り開いてやる!」
俊敏な動きで敵の背後を取り、煙玉と短剣でかく乱するラービン。エイミーはその援護を受け、最大級の雷撃魔法を放った。
「《雷霆の槍》――!」
雷光が敵陣を貫き、兵たちは瓦礫の中に倒れ伏す。
一方、ラインは王城正門前の広場で、王国騎士団と激突していた。
「貴様が……噂の剣聖か!」
現れたのは、王国騎士団長アヴェン。黒い鎧に身を包んだ巨漢の剣士。その剣は雷すら切り裂くほどの鋭さを持つ。
「貴様らの野望、ここで潰す!」
「それはこっちの台詞だ!」
激しい剣戟が火花を散らす。ラインの剣が風を裂き、アヴェンの剣が雷を帯びる。お互い一歩も譲らぬ攻防が続く中、テイシアとユイナが後方から援護に回る。
そして、ついに――。
「これで終いだあああッ!」
ラインが放った一撃が、アヴェンの剣ごと彼の身体を吹き飛ばした。騎士団長は広場の石畳に倒れ、その場の兵たちは恐怖に声を失う。
「敵将討ち取ったぞ――!」
勝利の声が広がる。王都の民衆は、それを聞いてさらに蜂起し、貴族の館が次々と制圧されていく。
そして――。
王城の門が開かれる。
門の奥から現れたのは、老いた侍従だった。
「……お待ちしておりました。王女テイシア様、そして剣聖ライン様。陛下は謁見の間にて、お待ちです」
静かに頭を垂れる侍従。その背後には、もはや戦意を喪失した王城の兵たちが膝をついていた。
戦いは――終わったのだ。
ラインは深く息を吐いた。
「……勝った、のか?」
「ええ」
テイシアが頷く。
「でも、これからが本当の始まりよ。国を、民を、私たちの手で治めなければならないのだから」
王都に、春の陽が差し始めていた。




