第70話 女性陣みんなの想い
「焚火と、心の温度」
夜風が頬を撫でていく。
空は澄みわたり、辺境の空気は乾いていた。ローデスの門を落とした直後、私たちは前線を離れ、小高い丘に張った仮設の野営地で一晩の休息をとっていた。
火の粉がぱちぱちと音を立てて舞い上がる。
その火を囲むように、私たち五人――私、テイシア、ユイナ、ラービン、ミリーナ――は毛布を羽織って腰を下ろしていた。
「戦のあとは、やっぱり静かな夜がいちばんだね」
そう言ったのはラービン。焚火に照らされた耳が、柔らかく揺れていた。
「この静けさ……落ち着くな」
テイシアが頷いた。その声には、いつもよりわずかに柔らかい響きがある。
戦場の猛将である彼女も、こういうときはふと、女性らしい仕草を見せる。それを目の端で捉えながら、私は湯気の立つマグを両手で包んだ。
「ねえ、聞いてもいい?」
火の揺らぎを見つめながら、私は口を開いた。
「……みんな、ラインのこと、どう思ってるの?」
空気が、少し止まった。
テイシアがゆっくりとマグを置く音。
ユイナの膝の上で揺れる金色の髪。
ラービンが自分の耳をくいっと押さえたしぐさ。
そしてミリーナの視線が、ちらりと私の顔を探る。
「……やっぱり、気になってた?」
ユイナが小さく微笑んだ。
私は頷いた。
「私は……ラインに命を救われた。それ以上に、心を救ってもらったの。でもそれだけじゃ、済まなくなってきてて……」
言葉にしながら、自分でも胸の内が少しずつ整理されていくのを感じた。
「私も……同じだと思う」
テイシアが静かに言った。
「ラインは、私にとってただの盟友じゃない。剣を並べる相手じゃなくて、共に生きる相手……そう感じるようになったのは、いつからか分からないけど」
その横顔は、どこか切なく、優しかった。
「……でもね、」
テイシアは火を見ながら続ける。
「彼は、自分のことを簡単には人に話さない。心の奥を、見せない。だから、私はそれを剣で守ろうって決めたの」
「……わかる」
私もそっと呟いた。
ラービンが、少し俯いたままぽつりと言った。
「ラービンも、ラインのこと好き……だよ。最初はただ優しくしてくれたから。でも、今は……うーん、なんだろ。もっと深い……」
彼女は言葉を探すように耳を揺らした。
「……あったかい人って思った。たまに、すっごく遠くを見てるけど。ラービンは、その遠くに一緒に行きたいって思ってる」
その言葉に、私の胸がじんとした。
それぞれが、ラインという男に惹かれていく理由が違うのに、どこかで通じ合っている。
彼の「孤独」に触れて、そこにそっと寄り添いたいと思う気持ちが、みんなを結びつけているようだった。
「私は……」
ミリーナが、膝に置いた手をぎゅっと握った。
「彼に出会って、初めて王族じゃない自分を見てくれたと思ったの。剣でも、地位でもなく、ただの私として」
彼女の目が揺れていた。
焚火の赤が、その瞳に映って小さく燃える。
「だから、傍にいたいと思った。たとえ彼が私を選ばなくても、きっと……私は、この想いを持ち続けると思う」
その強さに、私たちは少し息を呑んだ。
誰もが彼に惹かれていて、けれど誰もが――無理に奪おうとはしていない。
「……私は、ラインのことが好き」
私は改めて口にした。
「でも、他の誰かを選んだとしても、後悔しない。だって、私は彼の未来を信じてるから」
テイシアが頷いた。
「私たち、変な関係だね」
ユイナが苦笑する。
「普通、恋のライバル同士ってもっとギスギスしてるもんでしょ?」
「それだけ……ラインがまっすぐな人ってことだよ」
ラービンが小さく笑った。
「嘘をつかない。誰にも優しいけど、ちゃんと境界線を守ってくれる。そんな人だから……好きになるんだと思う」
「でも、最後は……どうなるんだろうね」
ミリーナの呟きに、誰も答えられなかった。
未来のことは分からない。
彼が誰を選ぶのかも、それとも誰も選ばないまま進み続けるのかも。
でも。
「……それでも、私は一緒に歩きたい」
私が言った。
「恋じゃなくてもいい。想いが伝わらなくても、私は彼の助けになりたい。それが、私が選んだ道だから」
誰かが静かに頷いた音がした。
火は、まだ赤く燃えていた。
それぞれの胸の内にある、秘めた想いを映すように。
争うでも、奪うでもなく。
ただそっと、焚火のように、ラインのそばで――灯りでありたいと思った。




