第53話 戦勝の凱旋と次なる戦略
〈戦勝の凱旋と次なる戦略〉
朝日が差し込む謁見室には、澄んだ空気と共に、緊張と期待が混じった空気が漂っていた。
重厚な赤絨毯の上を歩く足音が止まり、ライン=キルトが一礼する。その隣にはテイシア、そして彼らと共に戦った仲間たちの姿。ラービン、エイミー、ユイナ、ミリーナ――彼らは王国軍の将・グロウザを討ち、敵軍を混乱に陥れた英雄たちだった。
「よくぞ戻った、剣聖よ。そしてその仲間たちよ――見事な戦果であった」
玉座に座る辺境伯レオネル・ヴァイスの声が、深く、城内に響いた。かつて王国に忠誠を誓ったこの老将も、いまや反逆者として立ち上がり、王都に牙を剥こうとしている。だがそのための一手を打つには、今まさに現れた若き剣聖の力が不可欠だった。
「グロウザの首級、ここにございます」
ラインが跪きながら袋を差し出す。侍従がそれを受け取り、玉座の前へと運んだ。布をめくると、戦慄を宿したままの顔が現れ、廷臣たちはざわめきを上げた。
「――これで、奴の名に怯える必要はない。よくぞ討ち取ってくれた」
レオネルは深く頷き、立ち上がった。
「この勝利に応じ、報奨を授けよう。剣聖ライン=キルトよ――汝には、我が軍の特別指揮官の地位を与える。今後の戦では、我が軍の進退を委ねることになる」
「光栄に存じます」
ラインは静かに頭を垂れた。だがレオネルの視線は、次にテイシアへと向く。
「そして王女テイシア。汝の魔法は雷の如く戦場を切り裂き、王家の誇りを改めて世に示した」
テイシアは一礼し、短く言葉を返した。
「わたくしは、祖国を取り戻すまで、魔法を捧げるのみ」
その毅然とした言葉に、廷臣たちは再び息を呑む。辺境伯の軍が、確かな柱を得たことを誰もが実感した瞬間だった。
そして、いよいよ会議が始まる。
「……さて、これよりが本題だ」
レオネルが再び玉座に腰を下ろすと、地図が広げられ、参加者たちはその周囲に集まった。
「王国軍はグロウザの死と共に指揮系統を失い、一時的に後退した。だが、これは一時の猶予に過ぎぬ。再び整えば、連中は容赦なく攻めてくる」
ユイナが地図を指し、口を開く。
「今こそ、流言を活用すべきです。剣聖ラインと、王女テイシア――この二柱の存在を、王都近辺や他の貴族領に知らしめましょう。『王国軍は無能』『辺境伯軍は無敵』『王女はすでに奪還された』……こうした情報が浸透すれば、敵の士気を削ぐだけでなく、我々に寝返る貴族も現れるはず」
「確かに、民も貴族も、噂には敏い。とくに、“剣聖”の力と“正統の王女”の名は強力な武器になる」
エイミーが補足するように頷く。
「しかも、あの奇襲作戦の詳細が外に漏れれば、“王国軍を一夜で潰した”という印象を植えつけることもできる。心理戦としては最適です」
ラービンがにやりと笑い、耳をぴくりと動かす。
「なら、わたしとユイナで流言飛語を広めてくるよ。抜け道や情報網は山ほどある。嘘を真実のように聞かせるのは得意だからね」
「その間、我々は次なる戦地へと向かう」
地図の中でもひと際目立つ要地――王都への中継地点である「ダンバリー伯爵領」の城郭が指し示される。
「ダンバリー伯は、王都と辺境を結ぶ軍事の要。ここを落とせば、王都との補給線は寸断される」
ミリーナが真剣な面持ちで続けた。
「ダンバリーの兵は数にして五千、だが貴族としての野心も強い人物。力を見せつければ、降伏する可能性もある。あるいは、無傷で手に入れることすら……」
テイシアが静かに言葉を重ねた。
「勝つだけではなく、魅せなければならない。力を、正義を、そして我らの未来を」
その言葉に、ラインが頷く。
「俺たちはその先にある王都を見据えている。ならば、このダンバリーは必ず落とす。そして、勝利と共に、希望を広めていく」
レオネルは立ち上がり、腕を広げた。
「我が領土の存亡、いや王国の未来は、貴様らに懸かっておる! ……進め、剣聖よ。進め、我らが王女よ!」
その声に応じて、謁見室は大きく揺れたように感じられた。
こうして、王国再興の狼煙はさらに高く掲げられた。
――ダンバリーを制すれば、王都は目前。
そして、真の戦いが、始まろうとしていた。