第47話 ミリーナ・ヴァイス、ラインとテイシアを想う。
ミリーナ・ヴァイスの想い
私はまだ若く、父のように国の行く末を案じるには未熟だと自覚している。けれど、この地に生きる人々の笑顔を守りたいという思いだけは、きっと誰にも負けない。
そして、今日。私はひとつの出会いを得た。
父の執務室に招かれた五人の旅人。その中心にいた男――ライン=キルト。そして、彼と共に歩む女性のひとりが、私の従姉にあたるアルテイシア=フォン=アレクサンダー、通称テイシアだった。
彼女の存在は、幼い頃から噂に聞いていた。王族の血を引きながら、表舞台にはめったに現れない、どこか影のある存在。母の姉であるアナスタシア様は、かつて王と婚約していたという。けれど、その王が平民を見下した言動に対して諫言をした結果、婚約は破棄され、母はこの辺境の地へ嫁ぐこととなった。
その代わりに王と結ばれたのが、テイシアの姉。けれど、その結婚生活が幸福だったとは到底思えない。王の側室という立場は、形式上は高貴だが、実際は政略と権力のはざまで心を押し潰される日々だったと聞く。
だから、テイシアが王族でありながら貴族社会に溶け込まなかったのも、自然なことだったのだろう。誰も信じられず、心を閉ざし、ただ静かに生きることを選んだ少女。その姿を思い浮かべるたび、私は彼女を哀れに思うと同時に、どこか親近感のようなものを覚えていた。
けれど、今日対面した彼女は、想像していたよりずっと強く、美しかった。
透き通るような白い肌に、凛とした瞳。けれどその奥に宿るのは、ただの高慢さではなく、深い信念と誇り。そして何より、彼女はライン=キルトという男の隣に立ち、彼を信じて疑わない目をしていた。
……ライン。
彼は不思議な人だった。
父の前でも臆せず、けれど礼を失わず、自らの意志で語り、仲間を守る覚悟を見せた。剣士としての腕も確かなのだろうが、それ以上に、言葉のひとつひとつに「誠」があった。嘘をつけない、あるいは、つく必要のない生き方をしてきた人間――そんな印象。
私は父から彼の活躍の断片を聞かされていた。鉱山に潜む王都の内偵部隊を排除し、危険を顧みずに任務を果たした。そこに報酬や名誉のための下心は一切なく、ただ、正しいと思うことをした。
その「正しさ」がどれほどの代償を伴うのかを、私は痛いほど知っている。だからこそ、彼のように堂々と、自分の選んだ道を歩む者に、私は惹かれた。
しかも彼は、テイシアを「守るべき存在」としてではなく、共に歩む「対等な存在」として見ていた。あの強く、誇り高きテイシアを、ひとりの女性として、信じ、寄り添っていた。
そんな関係に、私は一種の憧れすら覚える。
自らの信念で歩み、互いを支え合う関係。血筋や地位ではなく、心と心を繋ぐ絆。そんなものが本当に存在するのなら、私もいつか――と、ふと夢を見てしまう。
けれど、私は辺境伯の娘。いずれ父の後を継ぎ、この地を守る責務を負う立場だ。
だから、あの二人のように自由にはなれない。
でも――
だからこそ、私は思うのだ。
彼らがこの地にとどまってくれるのなら、私は喜んで歓迎したい。テイシアがようやく見つけた居場所を、この地で築けるのなら、私はその傍にいて見届けたい。
それが、従姉としての誇りであり、ミリーナ・ヴァイスとしての覚悟でもあるから。
私はまだ、ラインのすべてを知っているわけではない。けれど、彼の目を見て、信じられると思った。
人を守りたいと願い、それを行動に移せる人。己の剣を、誰かのために振るえる人。
それが、テイシアが選んだ男――ライン=キルト。
彼ならきっと、この荒れた時代を変える力になる。
そして私自身も、彼から多くを学び、いつかこの地を守る者としてふさわしくなりたい。
従姉の誇りを胸に、私は静かに決意を固めた。
この出会いが、未来へ続く第一歩になることを、心から願いながら――。




