第40話 ユイナ、物思いにふける!
テーラ村の神社の裏手、小高い丘に腰を下ろして、ユイナは夕暮れの空を見上げていた。
濃い茜色に染まりはじめた雲の切れ間から、弱々しい光が漏れ落ちてくる。狐の耳がふるりと揺れた。 風が、まだどこか冷たさを含んでいて、彼女の白い裾をさらさらと撫でていく。
「……ふたりも、仲間になったんだね」
ぽつりと、誰にも届かない独り言を口にした。
テイシアの存在に気圧されていたあの時から、随分と時間が経ったような気がする。ラインと初めて対面したあの神社の境内。彼の隣に立つテイシアの圧倒的な存在感に、ユイナは無意識に身をすくめてしまっていた。
美しさ、強さ、そして何より“特別”という空気。
あのときの自分が抱いた劣等感は、今でもはっきりと思い出せる。
だが、今はその隣にさらに二人の少女が加わった。
魔術師エイミーと、兎の獣人の斥候ラービン。
どちらもまた、ラインのために剣を取り、魔力を振るい、命を懸けて戦う“仲間”だ。
「私は……どうなんだろう?」
問いかけても、答えは風の中に消えていくばかりだった。
ユイナは、彼の仲間なのか。ただの協力者なのか。
今はまだ、線が曖昧で──だからこそ、不安だった。
エイミーは美しく聡明で、魔術の知識に長けている。それに、ラインに対して深い信頼を寄せているのが言葉の端々から伝わる。冷静沈着で、誰よりも先を読もうとするその瞳の奥に、時折ちらりと見える感情。
それが、羨ましいと思った。
一方のラービンは、まだ幼さの残る少女のように見えるけれど、戦場では誰よりも的確に、素早く動く。彼女の小さな体からは想像できないほどの胆力と判断力がある。
それもまた、ユイナにはないものだった。
「……ずるいなあ、私」
膝を抱えるようにして、ユイナは額を乗せた。
仲間が増えることは、喜ばしいはずだ。
実際、力が増すことは悪くない。エイミーの魔術は戦況を一変させる力があるし、ラービンの敏捷性は索敵や罠解除の際に大きな助けになる。彼女たちの加入によって、ラインの旅は格段に安全で、確実なものになるだろう。
──それでも、心のどこかが軋んだ。
あのとき、神社の社務所で彼と再会した瞬間、ユイナは確かに感じていた。彼の瞳が自分を認めてくれたこと、あの目が自分を“仲間”として見てくれたことに、胸が熱くなったのだ。
けれど、今はどうだろう。
視線はエイミーに、言葉はラービンに、そして想いはテイシアに──。
「私、ちゃんと見てもらえてるのかな……」
ぽつりと漏れたその呟きは、自己嫌悪にまみれていた。
私は、誰かと比べて、勝とうとしている。
そんなつもりはなかったのに。彼を手伝いたくて、力になりたくて、ただ一緒に歩みたくて。
けれど現実は、気づけば他の女性たちの言葉や視線に敏感になっている。彼が誰を見て、誰に笑っているのか、そんなことばかり気にしてしまっている。
「はぁ……」
耳がしょんぼりと垂れた。
そのとき、背後から小さな足音が聞こえた。
「ユイナさーん!」
振り返ると、ラービンが手を振りながら駆けてきた。ふわふわと揺れる耳、きらきらと輝く目。まるで小動物のように天真爛漫で、その存在そのものが春の陽気のようだった。
「何してるのー? ご飯もうすぐだって、エイミーさんが言ってたよ!」
「……ああ、そうなんだ。ありがとう、すぐ行くよ」
返事をしてから、ユイナは微笑んだ。自分でも不思議なくらい自然に、微笑めた。
「……ね、ラービンちゃん」
「ん?」
「あなたは、ラインのこと……どう思ってる?」
唐突な問いだったが、ラービンは少し首を傾げてから、ニッと笑った。
「だーいすきだよっ!」
あまりにもあっけらかんとしたその答えに、ユイナは肩の力が抜けたように、ふっと笑った。
「うん、そっか……」
「でもね、ユイナさんも好きだよ! やさしいし、強いし、かっこいいし」
ラービンは無邪気にそう言って、手を握ってくる。
「……ありがと」
小さな手の温もりが、ユイナの凍えていた心を少しだけ溶かしてくれる気がした。
たぶん、まだまだ不安もある。嫉妬も、羨望も、なくなることはないかもしれない。
だけど──
「私も、仲間になりたいな」
そう呟いた声は、前よりも少しだけ、力強かった。
ユイナは立ち上がり、ラービンと手をつないだまま、村の方へと歩き出した。
赤く染まった空の下、夜の帳が静かに降りてくる。
その先に、また新しい何かが待っている気がして、ユイナの足取りは少しだけ軽くなっていた。




