第39話 ユイナと合流する。そして
夜が明け、旅人たちは再び歩き出した。
森を抜けた先、薄曇りの空の下に現れたのは、辺境伯領の端に位置する小さな村――テーラ村だった。
村には堅固な城壁も門番もない。代わりに、草木と自然に囲まれた静けさがあった。
村の住人たちは、外からの来訪者に特別な関心を寄せることもなく、穏やかに生活を送っているようだった。
「……ここが、ユイナさんと約束した場所か」
ラインが呟き、村の奥にある森の神社を見やる。
小高い丘の上に立つその神社は、朱塗りの鳥居に囲まれ、清浄な空気に包まれていた。
鳥居の先に見える拝殿の奥、社務所と呼ばれる建物が待ち合わせの場所だ。
「狐族を崇めているって聞いてたけど……本当だったんだね。なんだか空気が違う」
エイミーが神妙な顔で鳥居をくぐると、テイシアも静かに後に続く。
「信仰の力って、やっぱりすごいわ。結界……まではいかないけど、ここだけ時間がゆっくり流れているみたい」
「ユイナさんって、どんな人なの?」
ラービンが耳をぴょこんと動かしながら問いかけると、ラインは少し考えてから答えた。
「……信頼できる、狐族の斥候だ。昔、辺境で困っている時に助けられた。冷静で知的だけど、情に厚いところもある」
社務所の前に立つと、木製の扉がすっと開いた。
「久しぶりね、ライン」
現れたのは、銀色の髪に金色の瞳、長い尻尾を持つ狐族の女性――ユイナだった。
艶やかな巫女装束を身にまとい、背筋を伸ばした立ち姿はまるで神使のように神秘的だった。
「ユイナ……! 無事で何よりだ」
ラインが歩み寄り、手を差し出すと、ユイナは微笑みながらそれを取った。
「無事なのはあなたのほうじゃない。例の“事件”、もう王都からも話が来てるわよ」
「……やはりな」
一行は社務所の中に案内され、炉が焚かれた小さな和室に腰を下ろす。
卓を囲み、湯気の立つ茶を手に取ると、ユイナが静かに口を開いた。
「辺境伯爵――レオネル・ヴァイス。彼は今、王国の圧力に耐えながらも、自由を守るために動いている。だけど、王家の直属部隊が徐々にこの地にも侵入してきてる」
「レオネルは……王国に従っていないのか?」
「むしろ逆。彼は反王政の急先鋒よ。だけど、彼のやり方は“静かに”従わない。だからこそ、内通者の疑いもかけられている。今、最も危険な立場にいる人物よ」
ユイナは懐から一枚の地図を取り出し、卓に広げた。
そこにはテーラ村を含む辺境伯領の地形と、王国軍の進軍ルートが詳細に記されていた。
「問題はここ。王国軍は、ここから侵攻してくる。正面から攻め込む気はない。市民の混乱を恐れてるのか、暗殺者や傭兵を使って中枢を狙うつもりみたい」
ラインが眉をひそめた。
「それで、俺たちに何をしてほしい?」
「辺境伯の信頼を得て、“証明”してほしいの。あなたたちが、王国の犬ではなく、信じるに足る存在だと」
エイミーが目を見開いた。
「でも……その“証明”って、どうすれば……?」
「まずは、北の鉱山跡へ行ってもらう。そこには王国の内偵部隊が潜んでるって情報がある。彼らを排除できれば、伯爵に対する強いメッセージになるわ」
ラービンが不安そうに顔を上げる。
「罠の可能性は……?」
「あるわ。でも、あなたたちならできると見込んでの提案よ」
ラインは皆の顔を見渡した。
テイシアは静かに頷き、エイミーも決意を宿した瞳で返す。
ラービンも一瞬ためらったが、ラインの視線に気づき、小さく頷いた。
「……よし、行こう。ここまで来たからには、もう戻れない。俺たちは、ただの逃亡者じゃない。未来を選ぶ力を持っていると、証明しよう」
「ええ……。あなたたちのその想い、必ず届くわ」
ユイナが小さく微笑んだ。
その夜、社務所の縁側で、ユイナとラインが並んで月を眺めていた。
「……ライン。あなた、本当に変わったわね。前はただ、剣だけを信じてた」
「今も信じてるさ。ただ、それが“誰かを守るため”に変わっただけだ」
ユイナの尾がふわりと揺れる。
「いい答えね。……でも、覚悟はしておいて。もし伯爵の屋敷に入るなら、“彼女”に会うかもしれないわ」
「彼女……?」
「レオネルの娘――ミリーナ。あなたと似た瞳をしてる。あの子は、戦の“鍵”になるかもしれない」
「……会ってみたいな。話せるものなら」
ユイナは視線を月に向け、ぽつりと呟いた。
「……どうか、あの子も誰かに救われますように」
そして、夜が更けていった。
翌朝、ラインたちは北の鉱山へ向けて、再び歩き出す。
テーラ村の風に背中を押されながら、未来へと踏み出すために――。




