第28話 ダンジョン7階層、エイミー
地下六階層の凍える迷宮を突破したラインたちは、開かれた黒曜の階段を下り、第七層へと足を踏み入れた。
そこは一転して、重く湿った空気に満ちた世界だった。天井は高く、天窓から微かに光が差し込むような構造で、壁は岩と根で構成されている。地下深くにありながら、どこか自然の胎内に包まれたような感覚すらあった。
「……空気が違う。魔力も揺らいでる」
テイシアが低く呟く。
「何かがいるな。しかも、相当な強敵だ」
ラインもまた、剣の柄に自然と手を添えていた。
彼らは慎重に前へと進む。道は錯綜し、時折崩れかけた階段や蔓に覆われた岩の橋を渡る必要があった。途中、小型の魔物たちが襲ってくるものの、戦闘のたびにラインたちの結束は深まり、動きにも迷いがなくなっていった。
やがて、霧のかかった開けた空間に出た瞬間、テイシアが悲鳴を上げた。
「……あれは! エイミー!?!」
霧の中、岩陰に倒れている一人の女性がいた。
ボロボロのローブ、血に染まった手、そして今にも意識を手放しそうなほど衰弱した姿。それはまさしく、エイミー――かつて王都副魔術師団に所属していた才女の面影を残していた。
「エイミー!!」
駆け寄るラインとテイシア。エイミーは微かに顔を上げたが、その瞳に焦点はなく、まるで夢の中にいるかのようだった。
「誰……? わたし……もう……」
「喋らなくていい! 今、助けるから!」
テイシアはすぐに回復魔法を詠唱し、ラービンが背負っていた携帯用のポーションや食料を取り出す。
エイミーは弱々しく咳き込みながら、ポーションを喉に流し込まれると、わずかに呼吸が安定し始めた。
「二……隠れて……眠れなくて……」
その呟きに、三人は胸を締め付けられる。
「エイミー様……私たちが来ました。もう大丈夫です」
ラービンが静かに、しかしはっきりとそう告げると、エイミーの瞳にようやく生気が戻り、彼らの姿をしっかりと見た。
「ラービン……それに、あなたは……誰?」
「俺はライン、リリイにお願いされて助けにきた」
エイミーは涙を浮かべ、震える声で笑った。
「リリイのお願いで……助けに、来てくれたんだ…………」
そのとき――
「侵入者を確認。警戒モードへ移行」
低く響く無機質な声。それと同時に、霧の向こうから巨大な影が姿を現した。
岩石と鋼鉄の身体を持ち、無数の目が煌々と輝いている。その中心には、赤く脈打つ魔力の核が浮かんでいた。
「ダンジョンボス……この階層の守護者か!」
ラインは剣を構え、テイシアとラービンも臨戦態勢に入る。だが、エイミーは立てる状態ではなかった。
「エイミーを守れ! 俺が前に出る!」
ラインの声と同時に、ボスが咆哮を上げる。音波と共に地面が揺れ、岩壁が崩れかける。巨大な腕が振り下ろされ、ラインは剣で受け止めつつ後方へ跳んだ。
「テイシア、援護を!」
「行くわよ、ラービン!」
テイシアの魔法陣が展開され、炎の槍が放たれる。同時にラービンは俊敏に側面へと回り込み、短剣でボスの関節部を狙う。
「硬すぎる……! でも、あの核が弱点よ!」
テイシアの叫びに応じて、ラインは跳躍し、剣に全魔力を込めた渾身の一撃を振るった。
「これで……終わりだ!!」
剣が核に命中し、閃光と爆音が広がる。ボスの巨体が崩れ落ち、地鳴りと共に沈黙した。
「終わった……」
息を切らすラインに、テイシアが頷き、エイミーの手を握る。
「あなたを置いていったりしない。絶対に」
こうして、3人はようやくエイミーに出会えた。第七層の地で繋がれた絆は、かつてないほど強固なものとなっていた。




