第21話 ライン、テイシアとユイナと露天風呂に行く!
【秘湯の湯けむりと、微かな焦り】
その村の奥、木々の間を抜ける細い山道を進んだ先に、湯けむりが立ち上る小さな岩場がある。
昔、祖霊が湯を湧かせたと語られるその場所は、地元の者でもあまり立ち寄らぬ“隠れ湯”だった。
「へえ……温泉なんて、ちょっと意外ね。まさかこんな山の中にあるとは思わなかった」
呟いたのはユイナだった。狐耳を揺らしながら、草を踏んで進む。
隣ではラインが風呂桶とタオルを手に提げて歩いていた。
その後ろを歩くのは、白い浴衣を羽織ったアルテイシア。肩から覗く雪のような肌が、木漏れ日の下でほのかに輝いて見える。
――あれ? なに、あの色っぽさ。
ユイナは思わず視線を泳がせた。
(……いやいやいや、私だって負けてないはず。……たぶん)
ちら、と自分の胸元を見る。
(……たぶん)
テイシアは普段から清楚で整っていて、どこか近寄りがたいところがある。でも、浴衣に包まれた今日の彼女は……なんというか、色気がある。無意識に男の視線を惹きつけるような、天然の雰囲気というか……。
「なんだか、湯けむりって不思議ね。気持ちまでほぐれてくる気がする」
ふっと微笑んだテイシアの言葉に、ラインがぽんと彼女の頭を軽く撫でた。
「無理すんなよ、テイシア。ここにいる間くらい、ちゃんと休め」
その仕草に、テイシアが頬を赤らめて「うん」と小さく答える。
――なんだその甘い空気はぁぁ!!
ユイナは胸の内で叫んでいた。
(べ、別にいいけどね! そりゃ私だって、ラインのこと、ちょっといいなーって思ったことは……あ、いや、それは違うけど、ほら、同じ仲間として! ね!)
それでもモヤモヤは晴れなかった。
◆
湯船は岩をくり抜いた天然のものだった。程よい温度の湯が絶え間なく流れ込んでおり、硫黄の匂いも控えめで心地よい。
「こっちは女湯……って言っても、岩一枚で仕切ってるだけなのね」
ユイナは少し眉をひそめたが、気を取り直して浴衣を脱いだ。
テイシアも同じく浴衣を脱ぎ、タオルを肩に掛けてそっと湯に足を入れる。
「ふふ、あったかい……」
その姿がまた美しい。長い金髪が背に広がり、蒸気に濡れて少ししっとりとしている。頬はほんのりと桜色、瞳は潤み、肩のラインは……もう、完璧に“絵になる美人”だった。
「……なに、ス、スタイルが良い?」
思わず口から漏れたユイナの声に、テイシアは不思議そうに首を傾げた。
「え?」
「ううん、なんでもないっ。ほら、私たちで女子会しましょ、女子会! 男子は放っといて!」
「ふふ、ラインが聞いたら拗ねそうね」
「拗ねればいいのよ、むしろ!」
湯に肩まで浸かって、二人はぽつぽつと語り合い始めた。
話題は村での出来事、畑の手伝い、村の子供たちのこと、そして――ラインのこと。
「……ラインって、すごい人よね」
テイシアが静かに言った。
「優しくて、強くて、でもちょっと不器用で……時々、寂しそうな目をするの。だから、放っておけなかった」
その声に、ユイナは心の奥がチクリと痛んだ。
「……放っておけなかった、って……好きってこと?」
聞いてから、自分で赤くなる。なんてことを聞いてるんだ私は。
でも、テイシアはふわりと笑って、目を細めた。
「うん、好きよ」
あまりに自然に、あまりにまっすぐに言うから――ユイナは胸がざわついた。
「……そうなんだ」
言葉がそれ以上、出なかった。
湯けむりの向こう、岩の向こう側にラインの声が聞こえる。
「おーい、お湯加減どうだ?」
「いい感じよー!」
テイシアが笑顔で返す。
ユイナは一歩湯から出て、桶を頭からかぶった。
(……何やってんだ、私)
頭の中で、ぐるぐると思考が回る。
――私も、ラインのこと、ちょっと気になってるのかもしれない。
――でも、それって本当に“好き”なの?
――それとも、ただ負けたくないだけ?
テイシアの笑顔は、キラキラしていた。まるで満月のように――眩しくて、切なくなるほど。
◆
風呂上がり、山道を戻るとき。
ユイナは、先を歩く二人の背中を見つめていた。
テイシアがラインの袖をそっと引いて、笑う。
ラインも自然に彼女の手を取る。
――絵になってるなぁ、ほんと。
そう思いながら、ユイナは小さく息をついた。
「……次は、私が隣に並べるくらい、綺麗になるからね。覚悟しなさいよ、テイシア」
誰にも聞こえないように呟いて、狐耳をふるりと揺らす。
夜の山道に、三つの影が並んで揺れていた。




