第20話 村の子供Bから見た二人
「剣のお兄ちゃんとお姉ちゃん」
僕らが初めてそのふたりを見たのは、村の入り口の細い坂道でだった。
どこかよその人だってすぐにわかった。なにしろ、あんな剣を背負った人、見たことないんだもの。
女の人も、すごくきれいで、でもちょっと怖そうで――最初は誰も近づけなかった。だけど、村長さんが空き家に案内してから、少しずつ、少しずつ、僕らもそのふたりを知っていったんだ。
それから、僕らはあのふたりをこう呼ぶようになった。
「剣のお兄ちゃん」と「お姉ちゃん」って。
◆
最初に話しかけたのは、たぶんユリだったと思う。まだ5歳にもなってない、小さな妹みたいな子。
「ねぇ、それ、ほんものの剣なの?」
お兄ちゃんはちょっとびっくりしてた。でもすぐにしゃがんで、優しく笑った。
「そうだよ。これは、おれの“相棒”だ」
そう言って見せてくれた剣は、なんだか普通の剣とは違った。光っていて、でも、怖くなくて――不思議な感じだった。
ユリはきゃあって言って逃げたけど、しばらくしてまた戻ってきた。興味津々の顔で。
そうして、お兄ちゃんはよく僕らと遊んでくれるようになったんだ。
◆
剣の修行をしてるときもあったけど、畑仕事の合間には、僕らに薪の割り方や罠の作り方を教えてくれた。動物の足跡の見分け方もすごく上手だった。
「ほら、これはシルバーウルフの跡だぞ」
「えっ、本物!? そんなの来るの!?」
「たぶん、来ない。でも、もし来たら、おれが全部追い払うから大丈夫」
そう言って笑うと、なんだか本当に、どんな魔物が来ても大丈夫な気がした。
そして、お兄ちゃんが一緒にいると、みんなちょっとだけ勇気を出せるようになった。山の奥まで行っても怖くなくなったし、薪拾いの道も、迷わず歩けるようになった。
◆
そして、テイシアお姉ちゃん。
最初はちょっとだけ怖かった。すごく背筋が伸びていて、目も鋭くて――でも、それは違った。
花を摘むのが上手で、スープを作るのが上手で、絵本を読むのがすごくきれいな声だった。
「読んでほしいの? 仕方ないわね」
そう言いながら、いつも最後まで読んでくれるお姉ちゃん。膝に乗せてくれた日、僕は恥ずかしくて顔を真っ赤にしたけど、嬉しかった。
あと、内緒だけど、テイシアお姉ちゃんの作るお菓子、すっごく美味しい。村の誰よりも美味しい。
「ラインには甘すぎるって言われたけど、子供の舌にはちょうどいいでしょう?」
うん、ちょうどいいどころか、最高だった。
◆
ある日、夜に山の中で迷子になったことがある。僕と弟のカズと二人。
どこがどこかわからなくなって、泣きそうになってたとき、光が見えた。
「おい、ここにいるか!?」
それは、お兄ちゃんだった。松明を持って、険しい顔で走ってきた。
「大丈夫か!? ケガしてないか!?」
怒ってると思った。でも、違った。
「心配したんだぞ……!」
そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「ごめんなさい……!」
泣きながら謝ったら、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。あったかかった。
◆
僕らの間では、こんな噂がある。
「お兄ちゃん、昔はすごい騎士だったんだって」
「お姉ちゃんは王女様だったんだって!」
「ふたりはね、悪い人から逃げてきたんだって」
たぶん、本当だ。だって、夜にふたりで星を見上げているとき、時々、遠くを見てるみたいな目をしてるから。
けれど、そんな過去があったとしても、僕らには関係なかった。
だって、今ここにいるふたりは――
いつも笑ってくれる、優しい“家族”だから。
◆
冬が来て、雪が積もった日。
お兄ちゃんは雪の中でかまくらを作ってくれた。子供たち全員分の。
お姉ちゃんは温かいスープを用意してくれて、中でみんなで飲んだ。
「冷たくても、心はあったかいでしょ?」
そう言ったお姉ちゃんの笑顔を、僕は一生忘れないと思う。
◆
ある日、ふたりは村を出るかもしれないって話を聞いた。
まだ決まってないって、大人たちは言ってた。
でも――もし、出ていくことになっても。
僕らは、ずっとふたりを忘れない。
「剣のお兄ちゃん」と「優しいお姉ちゃん」は、
僕らの“英雄”だから。




