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第53話 辺境伯ポルヶ=ボンディーア拘束される

『剣聖の血脈 ―奥義継承の章―』

――剣に託した義、別れの城――


 ――夜明け前。


 ストロング将軍が静かに城を去ったその刻、ラインは最後の義務を果たすため、執務棟の奥へと足を進めていた。


 「ライン様、お待ちを。ここは危険です!」


 エイミーが制止しようとするのを制して、ラインは扉を蹴り開けた。


 「……待っていたぞ、剣聖の小僧」


 薄暗い部屋の奥、毛皮を羽織り、金細工に飾られた長椅子にふんぞり返っていたのは――


 辺境伯ポルヶ=ボンディーア。その顔は怒りと焦りに歪んでいた。


 「戦争はまだ終わっていない! 余には王国議会の裏書きがある! 城の譲渡など、私の許可なく――!」


 「民に増税を強いた上に、兵糧を私物化していたと聞く」


 ラインの声は冷ややかだった。


 「ストロング将軍もあなたのやり方に従っていたわけじゃない。もう終わったんです、辺境伯」


 「貴様ァ……ッ!」


 椅子から立ち上がろうとしたポルヶの首元に、ユイナがナイフを突きつけた。


 「動かないでくださいませ、殿下命令です」


 白銀の狐耳をなびかせて微笑む彼女に、ポルヶは悔しげにうめいた。


 「こ、こんな下賤の者どもに……!」


 「あなたの“貴族”は、民の犠牲の上に立っていた。もう、それは終わりです」


 ラインは兵に命じる。


 「ポルヶ=ボンディーア、辺境伯としての権限を剥奪し、軍法により拘束する。首都への引き渡しは後日。今は牢に」


 「貴様ァアアアア――!」


 兵士たちに取り押さえられ、縛り上げられたポルヶの叫びが城にこだまする。


 だが、その声に、誰も耳を貸す者はいなかった。


 


 ――翌日、昼。


 ラインは、エイミーやラービンたちとともに、地下倉庫を開け放った。


 そこには驚くほど大量の干し肉、穀物、塩漬け肉、薬草、粉ミルクまでがずらりと並んでいた。明らかに、城の規模を超えた蓄えだ。


 「これが……民に届かなかった食糧……」


 テイシアが声を震わせる。ユイナは憤りに尻尾を逆立てた。


 「こんなにあれば、冬を二度越せます!」


 ラインは頷くと、高台に上がり、広場に集まり始めた民たちに向けて声を上げた。


 「皆に伝える!」


 静まり返る広場。子供を抱えた母、農夫、老兵、傷を抱えた者たち――その目は希望と不安に揺れていた。


 「この城には、元辺境伯が貯めこんでいた莫大な食糧があった。これは、元々皆のものだ! 本日より、必要とするすべての者に配布する!」


 「……うそじゃろう」「ほんとうに、くれるんですか?」「子供にも……?」


 「子供にこそ、だ。命を守るために、剣を抜いた。俺は“剣聖”として、それを誓った」


 その言葉に、人々はついに理解した。


 ――戦が終わったのだ、と。


 ――この地は、変わるのだ、と。


 拍手が起こる。涙を流す者、腰を抜かして笑う者。

 やがて広場に設置された大鍋で、温かいスープが配られ始めた。


 それは、ラインが治める最初の“平和”の象徴だった。


 


 ――夜。


 天幕の中、ラービンが薪をくべながら、ふとラインに尋ねた。


 「……あのストロングって将軍。最後に何か、言っていきましたか?」


 「“義を貫け”、と」


 ラインは静かに答え、天幕の外を見た。


 夜空には無数の星が広がり、かつて戦火で煙った空が、嘘のように澄み切っていた。


 「彼がこの地に残したのは、傷じゃない。“誇り”だったんだと思う」


 その言葉に、ラービンもまた微笑んだ。


 「なら、あなたが背負うのは――剣だけじゃ、ないんですね」


 「そうだな。きっと……これからが本当の戦いだ」


 ――その胸に、祖父カールの教え、ストロングの剣、民の願い、仲間の想い。

 すべてを刻み、ラインは未来へ歩き出す。


 かつて“辺境”と呼ばれたこの地は、今や、希望の始まりと呼ばれようとしていた。



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