第11話 ライン、試練の洞に挑む!
ライン、試練の洞に挑む!
朝露に濡れた木々の匂いが、隠れ里フィエルに広がっていた。陽はまだ低く、東の空をかすかに染め始めたばかり。
ラインはその静かな時間に、村長の屋敷を訪ねた。
「……剣聖の力について、聞かせてください」
長老は目を細め、湯気の立つ茶をゆっくりとすすった。
「ふむ。いきなり重い問いじゃの。なにゆえ、それを知りたい?」
ラインは真剣な眼差しで、答えた。
「俺には、守りたい人がいる。アルテイシア、そしてこの村の人たち……。そのために、力が欲しいんです」
しばらくの沈黙の後、長老は小さくうなずいた。
「剣聖の力。それは、選ばれし者だけが辿り着ける道じゃ。無理に手に入れようとして得られるものではない……が、そちに資格があるかどうか、確かめる手段ならある」
そのときだった。
屋敷の縁側に座っていた狐が、突然ぴたりと動きを止めた。
次の瞬間、全身が金色の光に包まれ、その姿が眩い輝きとともに変化していく。
目を見張るラインとアルテイシアの前に現れたのは、狐耳と尻尾を持つ銀髪の少女だった。
「久しいな、人の子よ。我が名はユイナ。森に仕える神獣にして、かつて剣聖を導いた者」
少女――ユイナは、小さく微笑む。
「そなた、力を求めるか?」
「……はい」
「ならば、我が案内しよう。剣聖の記憶が眠る“試練の洞”へ」
ユイナが手をかざすと、空中に魔法陣が浮かび上がった。木々の中に隠された道が、一本の光の線となって伸びてゆく。
「さあ、ついてこい。心せよ、そこは“心”を試される場じゃ。剣の腕だけでは通れぬ」
ラインとアルテイシアは視線を交わし、うなずいた。
こうして、三人は試練の地へと足を踏み入れた。
◆
森の奥深く、獣道すら消えた密林の先に、それはあった。
黒く裂けた岩肌の間にぽっかりと開いた、巨大な洞窟の口。
そこからは冷気が吹き出し、ただならぬ気配が漂っている。
「ここが……」
「剣聖の記憶が刻まれた地、“剣聖の洞くつ”じゃ」
ユイナはそう言うと、ラインに向き直った。
「中に入るのは、そなた一人。試練を乗り越えねば、剣聖の鍵は授けられぬ」
アルテイシアが心配そうにラインの袖を握る。
「……気をつけて。私はここで祈ってる」
「必ず戻る。俺は、逃げない」
ラインはそう言い残し、洞窟の中へと踏み入った。
◆
中は暗く、冷たく、静まり返っていた。だが、次第に目が慣れてくると、壁に刻まれた模様や、古い剣のレリーフが目に入ってくる。
やがて、最初の試練が現れた。
〈心の幻影〉――
それは、ラインの過去の記憶が形となって現れる場だった。
かつての仲間の嘲笑、裏切りの声、自らの無力さ。
「どうせ、お前なんて……剣聖にはなれない」
「誰も、お前を必要としてない」
幻影が囁き、剣を抜こうとする心を鈍らせる。
だがラインは、目を閉じ、心を深く沈めた。
(俺には……アルテイシアがいる。あの笑顔を、守りたいんだ)
その想いが、幻影を貫いた。
次の瞬間、幻影は霧のように消え、奥への道が開かれた。
◆
第二の試練――〈命の剣〉。
それは、一振りの剣が突き立てられた石の祭壇。
「この剣を引き抜け。ただし……その刃は、生と死の境を越える」
試すのは覚悟。
ラインはゆっくりと剣に手をかけた。
過去への未練、恐れ、弱さ――すべてを断ち切る覚悟。
「……俺は、前に進む」
剣を引き抜いた瞬間、眩い光が洞窟全体を満たした。
剣が消え、代わりにラインの胸に熱が灯る。
それは、剣聖の鍵。
選ばれし者に与えられる、力の核だった。
◆
洞窟を出ると、アルテイシアが駆け寄ってきた。
「おかえり……!」
「……ああ、ただいま」
ユイナが微笑み、神々しい光の中で言った。
「そなたは、鍵を手にした。剣聖の力を継ぐ者として、これから試され続けることになるじゃろう。だが忘れるな。その力は“誰かを守る”ためにある」
ラインはうなずいた。
「……そのつもりだ」
こうして――ラインは、剣聖の力を得るための第一歩を踏み出したのだった。




