第1話 ライン 恋人を奪われたうえに追放される!
「この街に俺の未来はない!」
――剣士ライン、怒りと悲しみの旅立ち
冒険者として名を馳せることを夢見て、血と汗と剣を捧げてきた。
幼い頃から剣を握り、ようやくパーティが中堅として名が通るようになったこの頃、ライン=キルトは手応えを感じ始めていた。
……その矢先だった。
「悪いけど、ここで終わりにしましょう、ライン。あなたには……未来がないもの」
恋人であり、冒険者パーティの仲間でもあった魔術師アイリスが、そう言い放った時、ラインは何を言われているのか理解できなかった。
「……どういう意味だ、それは」
アイリスは視線を逸らし、パーティのリーダーであるグレイが代わって口を開く。
「すまない、ライン。お前の剣の腕が信用できないわけじゃない。だが……今回、新たに加わることになった“彼”が条件を出してきたんだ」
「“彼”?」
聞き返すまでもない。今、貴族の道楽で冒険者を気取っている、あの男――デビリール=ダンバリー伯爵家の令息だ。
小手先の魔法と派手な装備を振りかざし、貧乏くさい冒険者の中でやたらと目立っていた。金とコネで危険な任務を避け、戦果だけを誇る男。
その男が言ったというのだ。「アイリスを専属魔導士にする。だが、あの“しがない剣士”とは縁を切ることが条件だ」と。
「私……選んだの。ごめんなさい、ライン」
目を伏せるアイリスの言葉に、ラインの胸は張り裂けそうになった。
何も言えず、何も聞こえず――店の扉を開け、ふらふらと外へ出た。
気がつけば、ギルドの前に立っていた。
まだ陽が高い。依頼掲示板の前に人だかりができている。
ラインは、呼吸を整えて掲示板に目をやった。これまで何度も挑んできたように――ひとりででも、やってやる。
その時。
「おっと、それには手を出すな。これは“ダンバリー様”が押さえた案件だ」
受付にいた熟練冒険者が声をかけてきた。その後ろには、にやけた顔のギルド職員が控えている。
「すみませんねえ、ラインさん。最近、伯爵家からの圧力がありまして……あなたに依頼を渡すのは、ちょっと……」
「……何だって?」
「つまりですね、“あの方”に逆らいたくないんですよ。分かってくださいよ。あなたみたいな無名剣士のために、ギルド全体が目をつけられるのは困るんで」
声を押し殺して笑う職員たち。
胸の奥から、何かが爆ぜた。
「アイリスに……パーティも未来も奪われて……今度はギルドの依頼までか」
呟きながら拳を握る。
怒りに燃えるようなその手を、無理に開いて背を向けた。
夕刻。人通りの少ない裏道。
ラインは古びた宿に戻り、荷物をまとめた。冒険者登録証、傷だらけの剣、使い込まれた鞘。これだけあれば十分だ。
「……もう、いい」
かすれた声が漏れる。
誰かに理解されたいと願っていた。認めてほしかった。努力は報われるものだと信じていた。
だが、それは幻想だった。
貴族に歯向かえば、全てを失う。それが“この街”――貴族が支配する街の現実。
だが、だからこそ、ラインの中に燃え盛るものがあった。
「見ていろ、アイリス……ダンバリー……」
怒りと悔しさを鞘に込めて、背に背負う。
このままでは終われない。このまま終わってたまるか。
夜明け前、ラインは街を出た。
東の森を越えた先にあるという辺境の地。そこには、古の剣技を継ぐ者がいるという噂がある。
そんなもの、以前のラインなら鼻で笑っていた。
けれども今なら信じられる。
剣は裏切らない。剣だけは、努力に応える。
心の奥に、静かに炎が灯る。
これは終わりではない。ここからが始まりだ。
この世界が、貴族のものだと言うならば――それを根底から覆してやる。