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まさかの来客

 五月中旬のとある休日。

 悠のバイト先である喫茶店は、お昼時のピークを迎えてんてこ舞いだ。

 悠の住むアパートから徒歩で十分ほど。閑静な街並みにひっそりと佇むその喫茶店は、外観からは喫茶店とは分かりにくいが、メニューが豊富かつ店内の落ち着いた雰囲気が評判となり、老若男女問わず人気の穴場となっている。

 「悠君、この料理あそこのお客さんに! あ、あと、運び終わったらあちらのお客さん用のパスタ作ってくれる?」

 「了解です、ついでに空いたテーブル片付けておきますね」

 店内で忙しなく手を動かし続ける二人の従業員。

 厨房で懸命にフライパンを振っている女性の指示を受け、バイトの悠は料理の盛られた皿を器用に運んでいく。

 「お待たせいたしました。自家製ベーコンのガレットとカルボナーラでございます」

 テーブルに皿を置いて丁寧にお辞儀をすると、すぐさま空いたテーブルを片付け、新たに来た客を席に案内する。そして、女性と厨房を交替して料理をする。

 ——これらの作業が、一切の淀みなく繰り返されていく。

 一年以上に渡って二人三脚で店を回してきた二人は、まさしく阿吽の呼吸といった具合で淡々と客を捌いていった。

 「やっと落ち着いてきましたね……」

 「疲れたぁ……ほんっと、今日は特に悠君がいてくれてよかったよ~」

 「いえ、こちらこそ沙羅さんが冷静に指示くれたので助かりました」

 何とかピークを凌ぎきった二人は厨房で互いを労っていた。

 悠が沙羅さんと呼ぶ女性——彼女こそがここの店長である白石しろいし 沙羅さら

 黒髪清楚を体現したような凛々しくも可愛らしいルックスが特徴的で、一見して女子高生にすら見えるほどの若々しさを保っている。

 (これで三十代だって言うんだから、世の中分かんないよな……)

 「悠君、今変なこと考えたでしょ?」

 「そ、そんなこと……あっ、俺フロアの清掃してきますね!」

 疲れていそうな沙羅の顔をジッと見つめる悠だが、少しばかり無粋な考えを見透かされると、誤魔化すようにササっとフロアへ駆けて行った。

 以前、『三十代にはとても見えませんよ』と、その若々しさを褒めるつもりで言ったことがあるが、どうやら沙羅は"三十代"の部分が引っかかったらしく、ドヨンと落ち込まれてしまったことを思い出した。

 (女の人って本当に年の話に敏感なんだな……気を付けよう)

 そんなことを考えながら、客の減ったフロアの掃除をしていると——リンリンと、入り口のドア鈴が鳴った。

 「「いらっしゃいませ」」

 その音に反応して、悠と沙羅がドアの方を振り向く。

 ——若い、大学生くらいの女性が四人。

 悠は手にしていた掃除道具を隅に置き、彼女らを席へ案内するために入口の方へと駆け寄る。

 「四名さ……ま!?」

 彼女らの前にやってきて、余所行きの声で応対する悠。

 しかし、前に立つ三人の背に覗いたツヤのある金髪と、そこに縁どられた端正な美貌に声は上ずり、せっかくの営業スマイルも歪められてしまう。

 思わず瞠目して押し黙ってしまう悠だが、その視線の先にいる美少女——乃亜もまた同じく動揺しているようだった。

 『なぜここに!?』と、言葉にせずとも明らかに狼狽する悠。

 しかし、そんな様子に首をかしげる他の三人の視線に気づき、コホンと咳払いして表情を繕った。

 「失礼いたしました……。四名様ですね、あちらのお席にどうぞ」

 何とか平静を装い、四人を空いている席に先導する。

 ——脇の辺りから気持ちの悪い汗が噴き出るのを感じ、脚も心なしかプルプルと小刻みに震えだしている。

 悠は空いているテーブルの前で足を止めて彼女らに着席するよう促すと、再びぎこちない笑顔を貼り付けた。

 「ただ今、お冷をお持ちいたします」

 そう言って、縋るようにカウンターへと戻る。

 すると、何やら様子のおかしい悠に沙羅が声をかけた。

 「悠君、どうしたの? 何か動きがロボットみたいだけど……」

 「あ、その……実はあのお客さんの中の一人が顔見知りでして」

 「あ~、そういうことね。ふふっ、悠君にもそういうとこあるんだ」

 「そりゃ気まずさくらいありますよ……」

 「なら、あの卓の接客代わってあげよっか?」

 「……いえ、さすがにそこまでは。仕事に私情を持ち込むのもアレですし、沙羅さんも疲れてるでしょうから休んでいてください」

 少し心配そうにする沙羅を押し切り、悠は人数分のグラスに水を注ぐ。

 ——ドッドッとうるさい心臓を窘めるように深呼吸をしてから、彼女らの席に向かった。

 「お冷になります。ご注文お決まりになりましたら、お声がけください」

 それでも収束しきらない緊張が微かに悠の口を速めたが、先ほどよりかは落ち着いた対応であった。

 軽く頭を下げ、わき目もふらずにカウンターへと戻る。

 「ねぇねぇ」

 「はい?」

 悠がホッと一息ついていると、沙羅が肩が触れるスレスレのところまで距離を詰めてきて、何やら興奮気味に耳打ちしてくる。

 「悠君の知り合いって、あのかわいい金髪の子?」

 「そ、そうですけど……何で分かったんですか?」

 「だってあの子、さっきからずーっと悠君のこと見てるよ?」

 「……え?」

 気になって、こっそり横目で乃亜の方を見てみる。

 ——すると確かに、あちらも悠の方を横目で見つめていた。

 「ね、ね!? あの子、本当にただの知り合い~?」

 「やめてくださいよ。本当にただの知り合いですから」

 からかうような沙羅の問いかけに、悠はアハハと苦笑しながら返した。

 しかし沙羅はそれでも納得がいかないようで、しばらく悠を質問攻めにしていると——『すいませ~ん』と声がかけられた。



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